ワールドベースボールクラシックは日本が優勝したことで野球熱は復活するのだろうか。気になることはそうは言ってもやはりアメリカの下部組織のような役割であることは、変わりがないという事実だ。
日本のプロ野球のレベルを上げるためには外国人登録枠をもう少し広げてもいい。そして二軍の地方分散と地位の向上を目指すべきではないか。
今回の国際試合で活躍した各国の選手が日本でプレーする姿をみたい。ウラディミール・バレンティンのように日本で開花する人材もいるかもしれない。
日々の思いを言葉にして
投稿者: Mitsuhiro
通知表に何を書かれたか。それを覚えている人は少ないだろう。小学生の時の一言で性格を書かれたコメントは大概納得がいかなかった。親にはうなずかれても自分ではそうは思わなかった。そんなによくも悪くもないと思った。
人の気質なりコンピテンシーなりをそんなに簡単に言い表せるはずはない。書けたとしてもそれは一人の視点から見たもので、神の視点によるものではない。もしあなたが親ならば、そのことを踏まえて子に助言すべきだ。
逆にこんな見方もできるという可能性を示したものとして捉えるならば意味が出てくる。生徒自身の考える自分と、親が我が子に対する見方とは別に他人からはどのように見えているのかを知る一つの材料とすればいい。それは絶対的なものではない。人の評価など自身も含めて容易ではない。色々な視点を集めてようやく全体の中の一部分が照射される。そういうものだろう。
仕事のデジタル化が少しずつ進んでいる。その結果、これまで時間がかかったことがかなり短縮できるようになってきた。いまのところ採点が機械化したことで、小テストを行いやすくなったということがある。ただ、これが学習の効率に結びついているのかどうかはまだわからない。目的の確認が必要だ。

教員の仕事を少しだけ楽にすることに関しては成功した。ほんのわずかだが、過去に比べるとかなり楽だ。定時には帰れないが、理不尽なほど遅くはならない。ただ、教育のデジタル化が生徒の立場でどれほど意味があることなのかは常に検証していかなくてはならないだろう。テストはすぐに帰ってくるがどうもきちんと復習はできていない。テストもルーティンワークの一種と考え、知識を一過性のものにしてしまう。そもそも問題を解くことの喜びを感じられない。そういうことがないかということを考え直すべきなのだ。
そのためには、省力化した分の余裕で何ができるのかを考えるべきだろう。いまのところ、私はそれを面談に費やすべきだと考えている。教員の最後にして最大の仕事は生徒諸君の学習意欲をあげることに他ならない。どんなに良い教え方をしても生徒が聞き流してしまえばそれまでだ。だから、自分で学べる工夫をしていくことにすべての叡智を傾けるべきなのだ。できることといえば学習方法への助言と、それよりも大きいのが個々の生徒に注目していることを伝えることだろう。
生徒の数が多い中でどうやって面談を行うか。私の日程も結構詰まっており、不規則だ。それを解消するのはやはりスケジュール管理ソフトなどを活用するほかあるまい。それをどのように行うのか。この春休みの課題として考えていくことにしたい。

私の職場では4月からマスクの着用義務がなくなった。ようやく自由に仕事ができると思いきや意外にも当面つけ続けることを考えている人は多い。3年もマスクをつけ続けたための弊害もある。
もちろん、いまだコロナウイルスの感染の恐れはなくなっておらず、一定の予防効果があることは捨てがたい。私にとっては花粉症の方がその何倍も恐怖である。今シーズンは飛散の量が多めらしく、周囲に症状が出ている人が多数いる。花粉症シーズンが終わってもまだマスク着用を続けるのかがこの話題の問題点になるのだろう。
マスクの着脱が個人の判断であるかどうかを私は問題にしたいのである。パンデミックの前から季節に関わらずマスクをしている人はいた。それには体質的な問題もあれば、精神面での要因もある。何から自分の身を守るのかは疫学だけでは語れないのだ。それを認めることがこれからも大切なのだ。
危惧するのはいわゆる「マスク警察」を自任する人が勘違いを起こさないことだろう。自分とは異なる少数派をあたかも犯罪者のごとく排斥する行為は、残念ながらこのパンデミックが露呈してしまった。今度は脱マスクに関して行き過ぎた行動をすることはないだろうか。
同調性が極めて強い私たちの国民性は新しい局面に移行するとき様々な問題を引き起こす。慎重さが奏功することもあるが、対応が遅れたり、少数派を傷つけたりする負の局面も多い。個々人が判断することの大切さを現在の状況は求めているのだ。
日本の文化を一言で言うならば雑種と言うことなのだろう。こういうと国粋主義者には必ず批難される。だが、雑種こそ最強であることは様々な事例から明かされている。
雑種と言わずにハイブリッドといえば少しはいいのだろう。一つの色に染め上げない選択こそ、この国の叡智である。ただ、単なるごちゃ混ぜではなく、何らかの秩序を求めるのが日本らしさだ。日本風というのは素材とか方法論ではなく、他に根源のあるものをミックスしてもそこに一定の美意識を持ち込み整然としたものに見せることなのだろう。
だから、ほとんど日本らしい要素がないものであっても、でき上がったものは他国にはあまりないユニークなものになる。それが和風の本質なのだ。
こうしたことは日本に限らずどの国、地域にもあるはずだ。ただ日本の場合はこの混ぜ合わせの度合いが深く細やかだということになろう。
日本の発言力が低減しているという考えがもし当たっているとするならばこのハイブリッドの能力を発揮できていないことによるものだ。下手に他国に合わせる必要はない。しかし、つねに他国の文化を取り込む寛容さと貪欲さは必要だ。
球場に歓声が戻ったのは大変うれしいことだ。WBCの中継では久しぶりに声を出しての応援風景も見られた。鳴り物入りの応援は日本の野球の特徴であり、野球の魅力の一つになっている。
ただ、私たちは無観客試合の中継を通して打球音や、選手たちが味方に檄をとばす声などを聞いてしまった。それは野球のもう一つの魅力を思い出させてくれた。このスポーツはかなり大きな音がするスポーツであり、またチームワークが大切でかなりメンタルな面が強いということを。
実際に野球をしている人ならばこのことは知っているはずだ。ただこれまでテレビを通してしか試合を見たことがない多くの人たちにとって、選手の声を直接聞いたり、グラブに吸い込まれるボールの音などは知りようもなかったはずだ。
華やかな応援と打球や捕球の音を聞く楽しみはどのように共存できるだろうか。私は新たな応援スタイルが生まれることを期待している。それは投手が投球モーションに入ったら鳴り物をとめることだ。ボールがミットに入るか打ち返されたらまた盛大に応援すればいい。
このスタイルが定着すれば野球はもっと魅力的になる。応援する人は常に選手の動きを見ていなくてはならないし、ともに試合を盛り上げるという自覚が必要になる。単なる自己満足ではなく、選手の気持ちを盛り上げる真の応援になるはずだ。プロ野球でそれができればアマチュアの試合も変わるはずだし、海外でも模倣するリーグが現れるかもしれない。
十八九の頃、郵便配達のアルバイトをしたことがある。もっと割のいい仕事はあったのだがなぜか肉体労働がしたかったのである。
業務は郵便番号ごとに郵便物を仕分ける仕事と、ポストにはいった郵便物を収集すること、それに配達だった。
仕分けの仕事は大まかなことは機械がやるが、集合住宅の部屋番号ごとの区分けなどは手作業で行われていた。バイトはその補助を行った。私が働いた郵便局は東京の中でも人口の多い地域だったのでこの仕事だけでも大変だった。職員(当時は郵政省の管轄だった)は私の何倍もの速度で仕分けしていたのたのを覚えている。悪筆で数字が読めなくても何号室と瞬時に教えてくれた。大体の住人の名前を覚えているかのようだった。
ポストからの収集は結構プレッシャーがかかった。郵便車を交通量が多い路上に長くは停められないということで、運転する人とポストの鍵を開け、郵便物を取ってくる人とに仕事を分けられる。私のような学生は当然、取ってくる方の仕事が割り当てられる。いまのようなレターパックはなかったが、それでもかなり大量の郵便物が詰まっていることもあった。するとかなり重いのである。雨の日は特に大変で濡れないようにするのが一苦労だった。運転手の中には時間がかかると不機嫌になる人もいて謝ってばかりいた。理不尽な怒りをぶつけられたこともある。要領の悪さを嘲笑されることもあった。
配達は自転車で集合住宅それも大型マンションの配達を託された。大抵は入り口に共同の郵便受けがあり、その中に郵便を入れていく仕事だった。かなりの家が氏名を表示しておらず、部屋番号だけが頼りだった。中にはほとんど受け取りがなされず、満杯になっているものもあって、無理矢理詰め込んだこともある。
細かいことは忘れてしまったが、もらう給与の割には大変な仕事であった。家庭教師などすればその何倍もの金が短時間で手に入ったが、なぜかそれは好きではなかった。いま教員をしているというのに。
自転車で配達をしていたとき、細かな雨が降ったことがあった。予報ではそれほど降るとはいっていなかったので雨具を借りることもなく出てしまった。郵便は蓋を締めて防水できたが自分は濡れる。焦りもあってペダルを漕ぐ力を強めると自然と汗が流れた。3月下旬の頃だった。
春の雨静かに落ちて郵便を配る男の汗に変はれる
という短歌を作って当時入っていた短歌の会で披露したら、集まっていた年配の方々にとても褒められた。こういうことは何年経っても覚えている。それだけでこのバイトをした意味があったのかもしれない。
この季節になると時々思い出す。いまはネット時代で郵便の量はその当時から比べるとかなり減ったはずだ。仕分けも機械読み取りの制度が高まって人力の範囲は減っているに違いない。今となっては自転車で配達など数日でも無理かもしれない。何もかも懐かしい。