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眠くなる薬

 風邪を引いて医者から処方された薬は乱暴な言い方をすれば麻痺を誘うものだった。脳の中枢に働きかけ咳をし過ぎないように促す。少しくらいの喉の腫れにいちいち反応するなというのであろう。

 これには副作用があって、倦怠感や眠気をともなうと薬剤師が説明してくれた。他にも便秘などいくつかの症状が現れることがあるとも言った。そう言われても飲むしかない。いまは風邪を治すことの方が優先されるのだから。

 果たして服用後は極めて眠くなった。仕事なので寝るわけにもいかず何とか起きていると次々に幻覚が起きる。そこにいない人の姿が見えたり、声をかけられたりする。私は夢を覚醒時にあまり覚えていないのだが、これは醒めながら夢を見ている状態と察した。いくら我にかえってもまた繰り返すので、いつもと違う共有空間で仕事の続きをした。副作用とはかくなるものと思い知った。

 服用中は運転や機械の作業をするなという注意は疎かにできないものと再確認した。

不安のなかで立ち現れるのは

Photo by Maisa Borges on Pexels.com

 何かに対する不安感を多くの人が共有したときに大きく時流が変わることがあるらしい。特に危機感を利用して人々の気持ちを扇動する存在が現れたとき危うい展開が起きやすい。世界の歴史をみても、天災や戦争などによる危機的状況の中に一見救いの道を示すように見える言葉を並べ、象徴的な行動を見せることで「信者」を獲得する者が出現する。それはある時は宗教者であり、資本家であり、政治家であり、独裁者であることもある。表す姿は様々でも多くの人々の行動に影響を及ぼすことは変わらない。

 恐怖の中では頼りになる何かが欲しくなるのは当然のことである。その中で誰かの言葉や行いに救われるということは多い。私たちの日常は大体同じことの繰り返しであり、次に何が起こるかある程度の推測ができる。あるいはできると思い込んでいる。ところが、限界状況においてはその予測が全くできない。どこに進むのかわからない船にのっているのと同様に、展開が見えない時間は極度の不安と焦燥が噴出する。そんなときに、私に任せれば大陸に必ず着くという者が出現すれば救われる気になる。それに根拠がなくても盲従してしまう。

 こういう事態はいつかは起こる。そういう時に茫然自失とならないようにすることが肝要だ。かなり難しいのは確かだが、少なくとも過去に起きた同様の事態がどのように起き、どこに落ち着いたのかを知ることには意味がある。その意味で歴史を学ぶことは大切なのだろう。どんなに知識があってもその事態にならなければ結局どうなるかは分からない。それが事実だろう。でも何も知らないより、知っておいた方が救いにはなる。

風邪の崖の上

 これまで周囲の人が風邪などの不調を訴える中で、何事もなく過ごしてきた。しかして、どうも今回は怪しい。初期症状が出つつある。ただし、ここから巻き返した経験は数多い。ある意味大切な節目にある。

 今日はとても暖かった。地域によっては夏日になったらしい。師走半ばにして夏日とは酔狂にもほどがある。そして来週から一気に冷え込むのだという。健康体でも気温差に対応するのは大変だ。やはり、気候変動。起きているらしい。

 このおかしな天気に、狂いまくっている体感センサーをどうしたらいいのだろう。風邪の先触れを追い返すことができたらやらなくてはならないある仕事の山の登頂を敢行する。途中で怠惰の熊に襲われないように祈るばかりだ。

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デザインの素晴らしさ

 身の回りのものにちょっとしたデザインを施している人に憧れる。このデザインというのは外装の工夫とか、色合いとか模様といった外見上の要素がまずある。大量生産された製品でも一工夫することで唯一無二のものになる。

 さらに行動様式についても独自のデザインをしている人がいる。工程の工夫や振る舞い方に技が見られる。これも大切なことだ。

 デザインを施してオリジナルなものを作る。これは私たちの生活の知恵として昔から伝わってきたもののはずだ。既製品の完成度が高すぎる中でそういう考え方を忘れているだけなのだ。

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自分を安く見積もるな

 若い人たちにはこういうことにしている。謙虚さは忘れてはならないが、自分を低く見積もることはやめようと。今の成績を語るのではなく、これからの可能性を語ろうと。

 最近はなんでも資料が揃い過ぎていて、すぐに他者と比較しようとしてしまう。そしてそれができるような気がする。あたかもパソコンのスペックを比較するように、自分の立ち位置を考えてしまう。そして、大抵の場合、実態よりも低く自分を見積もる。

 人々を悲観的にさせたテクノロジーは残念としか言いようがない。でも、この見積もりには未来の成長分が勘定されていない。また、今後の価値基準が変化することも織り込まれていない。

 だから、言いたいのだ。自分を安く見積もらないことは大切だと。特に若い世代はデーターで判断することが当たり前のことになっている。ただそのデーターはあくまで過去のものであることを忘れてはならないと思う。

気候変動対策で日本が低評価

 アラブ首長国連邦のドバイで開催中の国連世界気候変動枠組条約締約国会議で相変らず日本の評価が低い。この時期に合わせてNGOが発表する化石賞で2位に「表彰」されるなど、国際評価は厳しい。

 日本が低評価になる理由の一つとして化石燃料に水素やアンモニアを混焼する技術がごまかしと評価されていることがある。グリーンウォッシュというらしい。この技術を海外に輸出していることも評価を下げている。今のトレンドは化石燃料をいかに使わないようにするのかであり、使い方の工夫をするというのでは評価されないようだ。

 ただ、日本にとって再生可能エネルギーへの転換は容易ではない。原子力発電に関して慎重にならざるを得ない国土にあって、何ができるのかを考えなくてはならない。

早朝の清掃ボランティア

 早朝に出かけた日のことである。駅前にある地下通路を静かに清掃する人が二人いた。路面にこびりついたガムか何かを剥がし取って、手持ちのペットボトルに入れた水で流していた。根気のいる作業である。彼らは清掃をボランティアで行っている人たちらしい。

 こういう行為を見ると自分も何かできないかと思う。昔見た「ペイフォワード」(Pay It Forward)という映画を思い出す。子どもが考えた善意のリレーで世界を変えるという発想を体現化したものだった。もちろん映画としてのストーリー展開でできすぎた内容であるのは仕方がない。善意は無意識のうちにリレーするの可能性がある。ただ、それがすぐに起きるのか時間がたってからなのかは分からない。ボランティアの姿はそのきっかけになる可能性があることは確かだ。

 私自身は何かをしなければという思いはあってもそれがなかなか実行できないでいる。せめて、ごく小さな親切から始めてみたい。それを行う勇気として清掃ボランティアの姿を覚えておこうと思う。

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似ている似ていない

 誰かに似ていると言われることが時々ある。最近は減ったが、芸能人に似ているとも言われた。残念ながら二の線ではない。言われて必ずしも嬉しくはない類のものだ。顔の類形というのは怪しいもので、人によっても年齢によってもかなり異なる。どう見ても似てない人をそっくりだという人がいる。逆に私にとっては瓜二つだと思うのに同意が得られないこともある。

 似ているかどうかの判定基準が人によって違うということだ。物差しになるものが違う。輪郭と背丈が同じなら同一人物としてしまう人がいる。髪型とか眼鏡の一致で区別する人もいれば、ほとんど見分けのつかない姉妹を見分けられる人もいる。似ているいないはその判断に個人差が大きい。

 私自身も出会う人をかなり単純化して認識している気がする。どこかであったことがあるなどと勝手に考える。曖昧な人物認識の中で日常生活は成り立っていることになる。

 スマートグラスなどができて人物の認識が厳密になされるようになったら私たちの生活はどんなふうに変わるのだろうか。曖昧な方がいい気がする。

眼鏡屋のこだわり

 ものに対するこだわりはほとんどなく、ブランド品に固執する発想自体に疑問を感じてしまう私だが、眼鏡に関しては妙なこだわりがある。町には安価ですぐにできる眼鏡の量販店がある。たいていは海外製のフレームとレンズだが品質的には悪くはない。しかし、ものを見る目の補助道具としてはやはり日本の製品を使いたいなどとなぜかナショナリズムが発動してしまうのだ。

眼鏡

 私の眼鏡のフレームにはいちいち日本製、鯖江生産を示す文字が入っている。私のような頭の固い人間には訴求力がある印字だ。ただ、こうしたことがちょっとした安心感と根拠のない矜持を生み出しているのだから、量販店の倍以上の価格を払っても買ってしまうのだ。ものを買うというのはこういうことかもしれない。ただ、裕福ではない私は買ったものを極力丁寧に扱って出費を抑えることに努めなくてはならない。

 ひいきの眼鏡屋には時々、フレームのゆがみを直してもらいにいく。いまのフレームにしてからはほどんど曲がらなくなったので実はあまり意味がない。次の眼鏡を探すということを建前として眼鏡店のにぎやかしを引き受けている

寒の前の暖

 昨日の日中は上着を着た身体には汗ばむほどの暖かさだった。今日はさらに気温が上がるらしい。そして土曜は急降下する。寒の前の暖である。

 魚津に住んでいた頃、嵐の前は少し気温が高かった。気圧の関係か何かわからないが僧ヶ岳がやけに大きくせり出して見えたら、翌日は荒れることを覚悟しなくてはならなかった。雷鳴とともに風雪が来る。場合によっては相当の積雪になることもあった。

 その経験が関東にも応用できるか否かは分からない。低気圧の東進に伴って、吹き込む風が南から北に代わり、大気の大幅な交換があることは同じなのだろう。土曜日の予想最高気温は13℃、日曜日は11℃でこの時期の身体にはかなり低く感じるはずだ。

 手袋はコートのポケットに入っているが、マフラーはまだ出していない。そろそろ出番なのかもしれない。