猛暑続きでうんざりしている。ただ、その中でもきれいな花を咲かせる百日紅は夏を彩る心の救いの一つだ。サルスベリの名の通り、樹皮が剥げ落ちたような姿をしているのだが、この暑い中でも勢いは衰えていない。南国を思わせる花も今の季節には向いている。別に夏だけの花ではないが、今年に限っては酷暑に立ち向かう樹木として考えることにした。
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ワルナスビ
近々の公園を散歩していたら、茄子のような紫色の花と葉をもった植物が群生しているのを見つけた。よく見ると白い花もある。花自体はそれなりに美しい。実はかなり前からこの植物のことが気になっていた。どうして茄子がこんなにもたくさん植えてあるのだろうかと。こぼれ咲きにしては多すぎる。
そこで例のGoogleレンズで検索をかけたところこれがワルナスビということを知った。北米原産の外来種で全国各地に分布しているのだという。ワルナスビは悪茄子という意味である。その悪とはこの植物に含まれる毒性のことを意味している。葉も実も食用にならないどころか中毒死の可能性すらあるという。ジャガイモの芽にも含まれるソラニンという物質がそれを引き起こすらしい。プチトマトにも似た実をつけるが口にしてはならない。
さらに悪であることに、ナス科の植物であるためこれがはびこると本当のナスやジャガイモなどに連作障害をもたらすという。またニジュウヤホシテントウなどの害虫を呼び寄せることも問題になる。この意味でも食えない植物なのだ。4、5年前から私はこの植物を認知してたものの、実はもっと昔からあった。1906年に牧野富太郎が発見して命名していたという。20世紀の終わりごろには問題化されており、すでに積年の悩みであったということになる。鍬や耕運機ですきこんでも分断した根からまた発芽するというたくましさもこの植物の厄介なところだ。農薬なども効きにくく、根まで影響力のある除草剤をまく必要があるそうだ。
身近な雑草にもさまさざまな物語があり、それがまたいろいろな影響を他に及ぼしている。ワルナスビの名を知ってしまった以上、この花を見かけると気になって仕方がないことになる。
ノカンゾウ
百合に似たオレンジの花が固まって咲いていた。ノカンゾウの名は以前調べたことがあったので知っていた。鮮やかな色の割には地味な花だ。
この花には別名がある。忘れ草という。嫌なことをはやく忘れたいときにこの花を身に着けたらしい。
忘れ草 垣も繁みに植えたれど 醜の醜草 なお恋にけり
万葉集のこの歌がノカンゾウのことだとしたら、その時代から園芸の対象になっていたことが分かる。忘れたくても忘れられない恋心への対策には役不足だということになる。
この植物は薬効があることも古くから知られていた。貧血や不眠症などに効果があるらしい。この手の苦しみを忘れることはできるようだ。
私もこの花を植えてみたい気がする。忘れたいのは恋心ではないが。
ねむの木
合歓木が咲いていた。ドライブの途中で信号で停止したとき、そこから見える住宅の庭木として確かに合歓木があった。
ただ、その名前がどうしても思い出せなかった。初めに思いついたのがマンサクだった。しかしこれは春に咲く花で、今の季節には合わない。夏先のトキワマンサクなるものを検索したが全く違う。
検索という方法は便利だが思考を邪魔することもある。春、ピンク、筋のような花びら、庭木などいろいろなキーワードを試してみた。志賀直哉の短編小説に出てきたのを覚えていたので、それを検索しようと思ったが却ってわからなくなってしまった。
検索するのをやめてしばらく考えたらふと思い出した。ねむの木だ。合歓木と書く植物だった。思い出したらもうそれ以外には考えられなくなった。実物を見たのは久しぶりだったので忘れていた。夜は花が閉じるのでねむの木というらしい。でも、よく考えてみれば夜の木の姿を見たことがない。今度見てみたいと思った。ただ困ったことにどこで見たのかを思い出せない。
梅雨の気配
ハルジオン
斜面
無意識の選択
新緑の季節である。万緑といってもいい。緑に励まされ、力をもらえる気がする。ここ数日心身のバイオリズムが下降している私にとって、この光景は何よりもありがたい。
草原に目を凝らすとすすきの穂が残っている。この植物は強いので枯れても形が残ることが多い。しかし、それに気づく人は少ない。私も最近発見したのであり、しかもすぐに忘れる。風薫る季節とすすきの亡骸は結びつかない。そういうものはたとえ視界に入っても認知の枠からは除外される。
私はよくものを見ているようで、実は見たいものを見ている。現実そのままを見ることは難しく、ある程度の枠組みの中に入ったものを捉え、そうでないものを取り除いているのだ。写真に撮った風景の印象が変わることがあるのはそのためだろう。
今は風景に癒しを求め、そこから得られる何かを期待している。考えてみれば歳時記の季語と言うのものはそうした見たいもの感じたいもののリストなのかもしれない。
