
今朝はかなり気温が高く、今年になって初めてコートを着ずに出勤した。電車の同乗者も同様だ。予報によると関東南部は夏日近くまで気温が上がるかもしれないとのこと。極端に振れる一日となりそうだ。
日々の思いを言葉にして
タグ: 季節

最高気温が20度を超えるらしい。花粉飛散が本格的になりそうだ。私は対策薬を飲んでいるが、それでも今日は覚悟しなくてはならないかもしれない。
花粉症の知識がまだ世間に周知されていなかった頃、アレルギー性鼻炎は不治の病としてもう少し深刻に考えられていたような気がする。多くの人が耳鼻科に通い、点鼻薬を吸入した。私もその経験を持つが苦い思い出だ。
不治の病といえるがどうかわからないが、この歳になっても根本的な解決はできていない。ただ、予防の知識や抗アレルギー薬が発達したことで以前のような問題はなくなった。それでも薬を飲むと軽い頭痛に悩まされたり、喉が渇きすぎたりするのは厄介だ。
スギ花粉の量が多いのは林業による植林の偏りが影響しているとされている。昭和期に加工がしやすい杉を大量に植林したことが日本の植生を変えてしまった。それで高度成長期以降に花粉症が問題になったという。林野庁は花粉飛散の少ない品種への切り替えを計画的に行っているというが、更新にはかなりの年月が必要なのだそうだ。
風が吹けば桶屋が儲かるそうだが、こればかりは困る。儲けはほかのことで得るのが良いと思う。

気圧配や置が冬型に戻ったせいで今朝は気温が下がり強い風が吹いている。問題なのは昨日との気温の差だ。絶対的な温度以上に今日は寒さを感じる。
この季節は季節が進退を繰り返す。低気圧の位置により、南からの風が吹き込む時間がすぎると、今度は強烈な北風が入り込む。そこに激しい気温差が生じるのだ。東京では脊梁山脈の存在のために雪は降らないが、日本海側には時に激しい風雪が起きる。今日もそのような現象のようだ。
体感というのはつくづく変化の実感であると思う。大きな変化があった時に私たちの感覚は鋭敏になる。変化がないと感じなくなっていく。その事実を最近は実感している。

今年の旧暦3月3日は、4月3日だそうだ。それなら桃の花も頃合いだろう。ひな祭り以前にこの日は禊の呪術が行われた日であり、宮中では曲水の宴が開かれていた。
平城京左京三条二坊宮跡庭園にはかなり前に訪れた。その頃は発掘したままの形であったが今は本当に水が流れているらしい。文字通りの曲った複雑な流路を見て深く感動したことを覚えている。家持もここで詠歌することがあったのではないかと。宴席歌と庭園の関係について関心をもったのはこれを見たからだった、
曲水の宴は観光行事でしか行われなくなった。ただ、その原点である禊の考え方はどこかで続いている気がする。流し雛も環境問題に反するのでそのままの形ではできない。ならば現代文明の粋を集めて架空の川を作り、そこに穢れを流したい。流した穢れが別の誰かを穢すことがないよう。注意深く設計して。
雛人形の抱える歴史をこの機会に思い返したい。
バレンタインが告白の日となった歴史はさほど古くはない。もともとキリスト教圏で行われていたバレンタインデーの習慣は性別にかかわらず、贈るものも特に限定されず愛を伝えるためにプレゼントをする習慣があったという。日本に導入するにあたって製菓業者が女子が男子に物を贈る習慣のない日本の新しい行事として宣伝したのが始まりだったという。いまは告白の目的でこの行事を過ごす人は少ないと思われるが、愛情の確認というよりはつながりの維持のための手段として定着している。

チョコレートの原料であるカカオ豆の生産国はアフリカと中南米、インドネシアなどである。生産者の報酬は少なく、甘味どころかかなり苦いものであると言われている。フェアトレードの運動はさまざまな方面でみられるがこのカカオについてもそれを考えなくてはならない。私たちが楽しんで食べているお菓子の歴史を考えなければならないのだ。
カカオは特殊な環境に育つため、日本では生産できないとされてきた。それが小笠原諸島の母島で栽培に成功したらしい。現在は少数生産のためプレミアム扱いだが、日本でも生産が可能になれば新たな可能性が生まれるかもしれない。
チョコレートをめぐる物語はまだいろいろありそうだ。

日本海側で大雪になっているという。私は元住民であるが離れてかなりの歳月が過ぎて感覚を失いつつある。いま思うと大変だが心躍る一時でもあった。
私が住んでいた期間にも何度か大雪となったことがある。もっとも困ったのは玄関が雪の重みで開かなくなったことだった。幸い悪戦苦闘の上比較的短い時間で脱出できた。その昔見た二階から出入りする事態になるまでの雪はなかった。そこまでの豪雪は経験していない。
車庫から車が出せなかったり、除雪している間にまた積もったり、帰りが心配になったりという思い出はいま考えても当時の困惑が思い出される。
雪国の皆さんにはくれぐれもお身体大事にしていただきたい。雪は恵みをもたらすものと昔から信じられていた。幸多からんことを。
北京で冬季オリンピックが始まった。開会式は国家の威信をかけた演出がなされるものだが、今の中国のありかたの縮図を見たようで興味深かった。隠されたメッセージも数多くあった。
開会のカウントダウンが24節気で行われたのは日本人にとっても興味深いものであった。そのすべてを知らなくとも立春、夏至、秋分、冬至や雨水、大暑などのどこかで聞いたことがある節気の名前が出たことは親しみ深いものであった。

実はこの節気というものは古代中国の中原地域の気候を基準として命名されており、日本の気候とはずれがある。それでもこれが使われているのは中国の文化的な影響力の強さを意味するものである。時間的に我が国は古代中国の文化圏にあることをこのイベントは再認識させる効果があった。
中国の文化的な蓄積はやはり大きい。しかし、現在の中華人民共和国がその正統であり、他国のものは亜流と考えるのは間違いだ。二十四節気もそうだが古代中国から受け継いでいるものは、現在のどの地域のものに対しても共通の祖先であり、本家分家ではない。
日本の節気には土用や八十八夜のような雑節と呼ばれるものもある。日本の気候との齟齬を埋めるための工夫である。このような考え方はおそらく、他の国や地域にもあるはずだ。それを亜流とするのではなく、適応と考えるのが文化史的には正しい。
文化の話になるとどうしても歴史的な展開と、価値観の話が混同される傾向にあるが、この点は峻別しておかなくてはならない。
予想以上の積雪になった。といっても雪国経験者に言わせれば大したものではない。ただ、除雪のインフラや住民の経験がない関東南部の住民にとって今朝はかなり危険だ。降雪が一部解けて放射冷却現象のために凍結している。うっかりいつものように歩くと転倒する可能性が高い。
靴底にグリップがないものは今日はやめた方がいい。またあっても過信はできない。坂道などが凍結している場合は最大限の注意が必要だ。歩くときには少々不格好でも重心を落として小股で歩くのが鉄則だ。歩道橋などはできれば避けて遠回りをした方がいい。自転車、バイクも今日はやめた方がいい。あなたの運転がうまくても周りに巻き込まれる可能性がある。
冬に札幌の町を歩いた時、凍結した路上をヒールの高い靴で歩いている女性を多数見た。信号が変わりがけに小走りになることもあったが実に自然だった。滑り止めをつけているのかもしれないが、むしろスケートのようにわずかにエッジを効かせていたのかもしれない。そういう達人になれば別だが我々はまねしないほうがいい。
今日の午前中こそ不要不急の外出はやめた方がいい。でもそうもいかないという人は手袋を忘れずに。そして転倒しても落ち着く。他人が転倒しても笑わない。次は自分の可能性が高い。