100均に並ぶ「日本製」

 本体価格が100円のものが並ぶ量販店、いわゆる「100均」でこのところ顕著な変化が起きている。かつてはそのほとんどがMade in Chinaだったのだが、少しずつそれ以外のものが増えつつあるのだ。もちろん「日本製」も増えている。

 人件費の問題でどうしても中国製品は安価になる傾向が長く続いた。だから、安価なものとなると中国製ということになっていたのがこれまでだ。かつては粗悪品が多く、価格をとるか品質をとるかで、割り切りが求められた。最近は中国製品の質も向上し、かつてのような粗悪品は少しずつ姿を消している。というよりより良い品質の中国製品が、劣悪な中国製品に打ち勝っているということだ。日本製品はその意味では眼中にないという扱いを受けてきた。

 日本人の賃金は国際的には異例と言えるほど、上がらずむしろ逓減傾向にあるという。ものに対してカネをつぎ込むことができない国民は、質より安さを選ぶようになってきた。その結果、人件費が安く、技術の吸収力も優れている中国に市場を奪われ続けてきた。いま身につけている衣料のほとんどが中国製であり、家電やそのほかの製品の中に中国製は圧倒的に多い。中国依存が問題視されるとベトナムやインドネシア、バングラディシュなどの新たな生産国が増えてきた。

 そのなかにあって、特に最近「日本製」も少しずつ増えているように感じる。国内生産したものを国内で消費して経済を回すことはある意味理想的ではある。ただ、日本製の経済的勝利とはどうも言えないようだ。他国のコストも少しずつ上がり、対して日本円の価値は相対的に下がってしまったので、安価に生産できるようになったということである。その差が少なくなると、最近の日本人が妄信する日本製は優れているというバイアスが働き、海外製品より売れるようになる。つまり、貿易上の事情により、日本製を復活せざるを得ない現状にあるといえるのではないか。

 100均の日本製品であることの表記はかつては「国産」か小さな文字で「Made in Japan」であったが、最近は目立つ配色で「日本製」とある。日本製品であるというブランド力を利用しようとする戦略であることは明らかだ。書くいう私も「日本製」を選びがちなのだが、生産者への対価として正当なものが支払われているのか少々気になっている。

空想する力は

 空想する力はとても大切だと思う。できるはずがないとあきらめてしまえばそれ以上のことは起きない。あらゆる困難な条件をもし克服できたとしたならばと考えることが大事なのだ。こうした発想法は日本では漫画やアニメの世界ではすでに成功例を積み上げている。ありえないことを創作の域、芸術の域まで高めている。

 でも、それがほかの領域に及ぶのかといえばそうでもないようだ。実用的な分野においては最近の日本の力は衰退気味にあるように思える。資金力がないとか、開発に対する意欲の低下があるという。この評価が本当に的を射たものなのかは分からない。多くの人がそのように考え、その人数の割合が少しずつ増えているようなのが問題だ。

 ありえないことをまじめに考え、あきらめずに実現をしていくこと。それが私たちの先輩のしてきたことだった。何とか豊かになりたい、家族を幸せにしたいと思う気持ちが不足していた技能を帳消しにし、それ以上の成果をもたらす。これは我が国の隠れた歴史の跡である。歴史上の勝者が織りなしていく表舞台と、その背景にあり、実は人間の生活感覚から多少逸脱しても実現することだけを信じて空想を続けること、それが今後の時代を拓くのだろう。

激しい雨

 明日から連休で仕事が終わらないのに、強制的に退勤させられたあと、外はかなり強い雨が時折り通り過ぎていた。激しい雨は一部で交通機関に影響を及ぼしているようだ。

明日から何をしようか。そんなことを考えさせない雨の中で、そうだ最近読めていいない本でも読むか。短い話でも書いてみるか等といろいろ思いついては、そのまま流していつの間にかうやむやになっている。

 昨年のこの時期もそんなことを考えながら何も出来なかった。特別なことはせずに過ごそうと考えている。

新しいものの考え方が生まれれば

 これからの時代はいわゆる自己責任の競争世界ではうまくいかないのかもしれない。漠然とそう考えている。個々人が切磋琢磨して自由競争を生き残るというやり方はこれまでの資本主義社会の理想であった。でも、ここまでグローバリズムが進み、高度情報社会になってしまうと、少しのことでは競争の勝者にはなれない。町で一番の人が、県で一番になる確率も低いが、それが国家レベルになり、世界レベルになると勝てるのはごく少数であり、大量の敗者ができてしまう。

 それでは皆で一定の幸福感を得るためにはどうすればいいのか。まずは才能ある人の挑戦を促進し、その足を引っ張らないことだ。成功者は自分が成功した背景に自分の才能だけがあるのではなく、社会的な様々な要因が手助けになっていることを自覚できるようにするべきなのだろう。成功したものはその利益の一部を地域、世界に還元することが当たり前のように考えられるようにすべきだ。

 こういう理想論を述べると実現不可能という批判が当然出てくる。自分ができないことができる人がいれば妬ましく思うのが人情だし、成功者はそれが自分だけの力と過信して富を独占しようとする。こういうこれまでの人間の心理をどのように克服するのか。それが教育の力なのかもしれない。また個人の力が、集団の力に寄与し、それが新たな世界を切り開くという史観も何らかの形で共有しなければならないのだろう。

 教育の力と述べたが、それは学校だけで行われるのではない。日常の会話の中でもそういう精神を口にする人が増えれば社会が変わる。文学が発生源になるか、いわゆるインフルエンサーと呼ばれる人の中から出てくるのか分からない。それがうまくいったときに人間の歴史は次の段階に進むのだろう。個々人の利益を奪い合う今日の現状が続けば、いずれは破滅につながるのかもしれない。

つつじ

 ツツジが見ごろになっている。街路樹として植えられていることが多く、その鮮やかな色彩は桜とは違う派手な印象だ。英語ではazaleaと言うそうで、鮮やかなピンクの色のこともこの名で言う。韓国の진달래もこの仲間で春を告げる植物と言われているそうだ。躑躅とも表記されて、俳句の大切な季題の一つである。

 万葉集にもツツジが歌われた歌がある。

水伝ふ礒の浦廻の岩つつじ茂く咲く道をまたも見むかも(巻2)
風速の美穂の浦みの白つつじ見れどもさぶし亡き人思へば(巻3)

 これらはどちらも死者を悼む歌に詠まれている。ツツジには哀悼の意味を感じさせる何かがあったのだろうか。

物思はず 道行く行くも 青山を 振り放け見れば つつじ花 にほえ娘子 桜花  栄え娘子 汝れをぞも 我れに寄すといふ 我れをも 汝れに寄すといふ 荒山も 人し寄すれば 寄そるとぞいふ 汝が心ゆめ(巻13)

 愛しい女性の描写にツツジが使われているから、恋歌の表現にも使われていたのだろう。おそらく元首は古くから日本にあって様々な文学の材として使われてきたことがうかがえる。
 シャクナゲもツツジの仲間なのだそうだ。近隣の庭にさくシャクナゲもそろそろ見ごろになる。

自分事として読む

 いわゆる読解力というのは書かれていることを自分の問題として捉えられる力ではないか。単に字面を追っても意味は分からない。さらにもう少し文法的な理解ができていたとしても、結局他人ごととして捉えている限り、書かれていることの意味はつかめないということだ。

 国語が苦手という人にするアドバイスの一つに、読んだことを自分の言葉で誰かに話してみてほしいということがある。これは実はかなり難しい。筆者が書いたこと自体は複雑で多岐にわたるメッセージであり、その論述にたどり着くまでの幾多の苦難を乗り越えた結晶なのだから無理もない。ただ、難しいことをそのまま丸呑みしようとしても、結局理解できなことにはならない。

 そこで完全は無理として自分はこのように読み取ったということを自分なりの表現でまとめ直すことを進めている。私の授業ではノートのページの半分をあえて開けさせて、授業内容を聞いたあとにそれを自分の言葉に直す欄として指定している。これを繰り返すことで理解は深まる。注意しなくてはならないのは教師なり、講演者の言葉そのものを羅列したり、矢印などを使って図式として書くのではなく、あくまで文章にすることだ。できれば誰かほかの人に読んでもらい意味が通じているか確認してもらうとなおいい。

 この作業をするためには読みを自分事として行う必要がある。他者の文章なり話を自分のことばの文脈に置き換えて新たに表現し直さなくてはならないのであるから。単なるコピーアンドペーストでパッチワークのような文章を書くのとは違う。読解力を高める方法としてはこれが手っ取り早い方法だ。全く同じことが、社会人向けのノートの取り方という種類のベストセラーにはたいてい書かれている。ノートは写すものではなく、自分の考えを定着させるために文章をまとめ直すものである。

昔の話はしない

若い人たちと話すとき、つい今の世代は恵まれている自分はこんなに苦労したという話をしたくなる。でも、止めておくことにしている。昔は昔の苦労はあったが現在の条件こそ異なれ大変なことには変わりない。比較することに意味はない。

ある時期まで、若い世代の苦労話というのが軽薄に聞こえて仕方なかった。何を甘いことを言っているんだと思った。この感覚は世代ごとに繰り返されるようで、昭和後半の私の経験は、先輩たちにはかなり甘いものに見えたことだろう。戦争の経験のない世代は同じ日本人とは思えないほど価値観が違ったはずだ。

 その先輩たちも、明治の人々からは幸せ者と思われていたはずだ。時代は巡り、世の中が発達しても、それぞれの時代に苦労はあり、悩みがあったはずなのだ。

 だから、現代の若者の感じている苦難を軽く見積もるのは止そう。彼らの生活の背景となっている時代というものは、登場人物を明るくも暗くも照らし出す。自分だけ過去の世界に逃避してあれこれ批判しても新次元は見えてこないだろう。

作家の草稿

 作家の残した草稿を見ると創作の形跡がうかがえるのが面白い。いまはコンピューターで原稿を書く人が多いからそれはできない。昔の人は原稿用紙にいきなり書いてそれを何度も推敲するからその跡が紙面に残っている。それを見ることで最初に構想したことと後から付加、削除したこと、並べ替えたことなどが伺えるのである。

 原稿用紙にパズルのように書き込まれたさまざまな思考の跡を見ると、作品は初めから出来上がっていたのではなく、何度も書き直されて今の形になっていることを実感することができる。そこから思うに、私たちも初めから完成形を作り出そうとするのではなく、まず考えたことをとにかく形にして、そこから何度も作り替えることが大事だということが分かる。

 紙に書くことの意味の一つはこのように思考の跡をそのまま残せるということではないかと考えている。もちろんデジタルにも過去の訂正の跡を残せる機能はあるが、直感的に思考の形跡を残せるのはやはり紙面であると痛感したのであった。

出来ないこと

 人生をポジティブに過ごすことの大切さは誰にでも理解できるだろう。だから、できれば弱気は晒したくはない。何があっても我関せずが理想である。

 でも、そんなことは出来はしない。我々はいちいち傷つき、いちいち反省する。それが建設的なことのように考え、毎日を切り抜けていく。

 でも、出来ないことは出来ないと潔く認めることも大事なのかもしれない。いい加減なことを重ねていてもやがて化けの皮が剥がれるよりは、できませんでしたと認めて次のことを考えた方がいい気がする。

Words

 懐かしく思う楽曲に偶然接することがある。F. R. Davidが歌うWordsには最近出会った。誰もが共感しやすい純粋な気持ちを、透明感のあるボーカルで歌うこの曲は学生時代によく聴いた。当時、流行っていたギター関係の雑誌に楽譜が掲載されたのでコードも分かったので歌ってみたこともある。

 最近までこの曲の作者がユダヤ系フランス人であることを知らなかった。歌詞が分かりやすい英語であるのは母語ではなかったからなのか。分かりやすい歌詞は語学力のない私にも何とか理解できるのもだった。Words don’t come easy to me. How can l find a way to make you see I love you. Words don’t come easy. は繰り返されるフレーズだが若いころには切なさを実感できた。

 1982年のリリースというからもうかなり昔の曲だ。その頃は自分自身が歌詞のような思いにとらわれる瞬間が何度もあったが、いまはそれを懐かしく思い出すばかりだ。なんでも言語化して効率を上げるべきだと繰り返す言説を少々煩く感じることさえある。