台風の余波

 台風10号は九州の西の海上を北に進み、今日にも朝鮮半島に上陸する。台風は上陸するかいなかではなく、暴風域に入ることで危険性が増す。九州でも多数の怪我人が出ている。また広域で停電が発生しているらしい。

 東京は台風から離れているがこの規模になると遠隔地にも影響が及ぶ。今朝も急に激しい雨が降ってきた。この傾向はしばらく続きそうだ。気温も上がるので不快指数も上がることになるだろう。

 日本は数々の天災がある国土だが、台風や豪雨による被害は統計的にはもっとも大きなものに違いない。それなりの備えと覚悟はあるが、なれてしまってはいけない。この事実が国民性の形成の大きな要因であると改めて考えている。

考えさせる、失敗させる

 主体的な行動をとる訓練をさせるのが教員としての私の課題だとこのごろ痛感している。日本の教育は受動的な人間を育成するには長けているが、自ら発信する生徒を生み出していないとはよく言われることだ。一律に同じことをすることをよしとする教育方法では自分で考える力はつきにくい。

 ならば何でも生徒任せにすればよいのか。それも違うだろう。生徒同士で語らせてそこから成長させる効果はもちろんある。なにかいい発見があるかもしれないし、まったく何もないかもしれない。場合によっては低きに流れることもある。ただそれを傍観しているだけでは教員としての存在価値は小さなものになる。ただ座らせて、監督する。それならば教員でなくてもできる。私たちがやるべきことは生徒の思考を発動させることであり、それを促進する触媒となることだ。それにはいわゆるコーチング的な要素も必要になるだろうし、メンター的な役割もいるかもしれない。場面によって様々な役を演じ分ける役者にならなくてはならないと感じている。

 かつては尊師と仰がれればあとは弟子が勝手に自己研鑽してくれるような風土があった。しかし、現代のように多様化し、高度に情報化された時代では無条件に尊敬されるような存在にはなれない(少なくとも私は)。ならば、学習意欲を刺激するような様々な方策を繰り出していくしかない。

 生徒に主体意識を持たせるには自分で考えさせ、失敗してもいい風土を作り、できたことはどんなことでも評価することを続けていくのがいい。褒めるというだけではなく、場合によっては助言も必要だ。どちらにしても既定の枠内のなかに押し込めるのではなく、伸びていく方向に従って指導法を変えていくしかない。

 私がいつも思うのは自分が引退したあとのこの国、この地域、世界を託せる人物を作るという考えである。自分より劣った人物を育成しているのではない、自分をはるかに超えていく人材をたまたまこの時期に教えているのだと考えることにしている。そうした敬意が今の教育には欠けているように感じるからだ。

最強台風

 台風9号は日本には大きな被害はなかったが韓国には甚大な被害をもたらしている。だがこれで終わりではないようだ。

 続く10号は九州に接近しており、上陸の可能性もあるという。そして問題なのは最大瞬間風速が80メートルに達するかもしれないという予報である。仮にこれが本当だとするとコンクリート製の建物でも安心できない状態になるらしい。

 このところの東京の天候は温帯の都市とは思えない。

夜のランニング

 ちょっとした用があって公園の中を通り抜けた。すると設置されたランニングコースに何名かの人たちがジョギングをしている。もうすぐ9時になろうかという時間にかなりのランナーが汗をかいている。

 外出自粛の要請はなくなったといえ、感染対策の風潮は蔓延しており、運動不足になりやすい。リモートワークをしている人は通勤という運動の機会さえもない。私たちは経済的生産者である前に生き物であり、体調を維持する上では何らかの行動が必要だ。それがランニングである人もいる。

 走っている人の大半は社会人と思われる男性だった。この公園は最近整備されたので走路も照明も揃っている。こういうところがもっと必要になるのかもしれない。

トップ人事

 次の首相が誰になるのか。大きな問題だが、我が国の場合は意外にもあっさりと決まりそうだ。

 自民党はいくつかの派閥の連合で構成されており、党内に党があるといってよい。それは強みでもあり、弱みでもある、一つがくじけてもすぐに他から人材を出せる反面、それを見込むあまりに新しい政策を展開することは難しい。強いリーダーシップよりは多くに納得される平均的な能力を持った人物が選ばれやすいのだ。

 誰が次の首相になってもそれほど大きな政策転換はない。ならば癖のない、人のよい人を首相しておこう。そんな選び方が我が国のリーダーを決めている。今回は党員参加の選挙もしないようだ。ごく少数の人たちで決まることになる。

 政治的空白ができないのは強みだ。だが、これでいいのだろうか。次の人材がいない現状を私は単純に危惧している。

北に進む台風

 現在、日本の近海に2つの台風が存在している。9号はすでに南西諸島に大きな影響を及ぼしており、10号も週末に本州を縦断するようだ。気になるのは予想進路だが、どうもいつもと違う。

 気象ニュースが伝える予想進路はほぼ北に向かって列島を横切っている。今の時期であればフィリピン沖から南西諸島に沿って北東方向に進むことが多いはずだ。それがどうも今年は異なるようだ。

 10号についていえば発生点からやや北西方向に進んだあと、北北西に進路を変えて九州方面に向かうという予報だ。予報進路はさまざまな要因で変わることが多いのでまだ何ともいえない。ただ、過去の経験で対処できない可能性もあることを覚悟しておく必要がある。

避難

 避難訓練の後の講評で同僚の教員が話したことはかなり印象的なものだった。哲学に達するものかもしれないと感じた。

 津波のような差し迫った脅威が予測できるとき、人はいかに行動すべきだろうか。テンデンコという教えはまずおのれを守れということと理解している。いくら肉親を救うためといっても引き返してはいけない。失う命が倍になるだけだという訳だ。それも正論だ。

 ただ、ごくわずかな可能性にかけて人命救助に走る人は愚かなのだろうか。無謀という括りで纏めてよいものだろうか。それには大きな疑問がある。

 容易には決められない選択を私たちはいつも迫られている。正解は分からない。

8月尽

 公私ともに激動の月となった8月が今日で終わる。本当に色々あった。大半が人生初めての経験であり、繰り返したくないことも多数あった。

 その影響は今後も続くはずだ。長期的に残り続けるものもある。ただそれもいつかはそれとわからなくなってゆく。すべての物事は流転変容するとは古来からの教えであり、科学的にも説明されている。

 月という時間の単位を考案したのも叡智なのかもしれない。何かが変わるかもしれない。そんな予感を与えてくれるのだから。

台風が来る

 これまで台風が全く来ていない。観測史上でもまれなことらしく、異常気象の一つの現象かと言われている。台風の原動力と考えられる海水温の上昇は十分にあり、ここ数日、列島は猛暑に見舞われている。それなのに台風が来ないのは極めて異常である。

 ところがついに今度の台風9号は本州に上陸するかもしれない。最近の台風は規模が大きかったり迷走して思わぬ方から接近したりする。その被害は甚大だ。来ない方がいいに決まっているが、一方でようやく本来の気象現象が起きるという思いもある。

 台風のエネルギーはものすごい。2018年の台風18号は関西国際空港を機能停止させ、しばらく孤立させた。2019年の台風19号は東日本に大きな爪痕を残し、多数の死者行方不明者を出している。ここ数年の台風は来れば猛烈であるというのが特徴だ。

 自然の脅威に対してできることは少ない。ただ気象レーダーや予測進路の解析能力の向上によって事前に備えることは可能になっている。せめて危険回避の行動を少しでも早くとることを願うばかりだ。

転機

 安倍晋三首相が健康上の理由で辞任を表明した。流動性が高かった日本の指導者の中で長期にわたって政権を担当していただいたことに感謝したい。

 安倍内閣の功績の一つにアベノミクスと自称した金融緩和策がある。人工的になだらかなインフレーションを起こし、国民の生産性を上げるという政策だった。残念ながら結果は出ず、消費税だけが上がってしまったのは失策だった。

 だが、よきにつけ悪しきにつけ、実態以上の生活水準を送っていられているような錯覚を与えてくれたことは功績なのではないか。もし、この政策がなければ国勢の衰退をもっと多くの人が感じて混乱が起きていたかもしれないからだ。

 次の指導者がどのような方針に転じるのか分からないが、国際的競争力が急速に減退している我が国の現実を踏まえた発言をしてくれる人を切望する。いまの生活水準を今後も保つこと自体が困難な局面にあること、ただ国民の意識の変革や、行動を変えることで復活のチャンスはあること、そのためのバックアップを政策とすることなどを力強く語ってもらいたい。

 力のあるリーダーの損失はマイナスが大きい。しかし、ここまでの閉塞感を打開する絶好の機会でもある。