投稿者: Mitsuhiro

まだ降りたことがない駅に行き

 東京や神奈川を走る電車は相互乗り入れをしているものが多い。中にはかなり長い運行距離を持つものもあり、うっかり乗り過ごすと悲惨である。

 車内に掲示される路線図もかなり広範なものとなっていることもある。どこまで続くのだろうと思う。そういう路線図を見るといろいろな妄想が浮かんでしまう。

 気まぐれでまだ乗ったことがない路線に乗車して、名前すら知らなかった駅で降りたら何が始まるだろう。もしかしたら世界観が一変するような出来事が起きるのではないか。あるいはそこには誰もおらず次の電車来るまでには恐ろしく長い時間があって途方に暮れるのではないだろうか、などと。

 実際にはそんなことはあるまいし、試してみる勇気もない。ただ、身近にある冒険の旅をいつかはしてみたいという思いだけは募るのだ。

自分のいない世界を見渡して

 自分がいない世界のことを考えたことがあるだろうか。思考の原点である自分がいない世界というのは現実的ではない。たとえその場面に自分がいなくても、それを考えている自分は確かに存在するはずだからだ。

 でも敢えて別宇宙かそんなものがあって、そこに自分を退避したとして、自分のいない世界をみられたとしたらどうだろう。それがかつて関わりがあったがいまは関係がなくなったとしたならばどうだろう。きっとそれは恐ろしく寂しく切ないものをもたらすに相違ない。

 自分がかつて生きていた世界に、自分はすでになく、そこに存在していたことすら誰も覚えていない。自分なしに日常生活は営まわれ、そこに何の問題もない。本当に自分はかつてその世界にいたのだろうかと疑わしくなる。別世界からの観察を続ける勇気は潰えるかもしれない。

 それでも何らかの事情で懐かしい世界を見続けなくてはならないとしたならばそれはかなり辛いことになる。しばらくしたらこう考えるかもしれない。結局、自分の存在などどれほどの価値があったのだろうかと。これは苦しい結論である。

 ただ、さらに時が経てばこう考えるかもしれない。自分の存在は小さなものであり、自分がいなくなっても世界はびくともしない。ならばやりたいことをやればいいのではと。そういう段階に達する時が遠い未来に来る。

 別世界に移動した私にもその世界で生きていかなくはならない。それがどんなに幸福なものでも、あるいは過酷なものでも、その中でなんとか生きていく必要がある。そのときに元の世界を見て得たことを活かすべきなのだ。

悲恋の文学

 かつて万葉集を研究していたころ、相聞には悲恋もしくは不如意の恋愛模様が描かれていると諸学者が述べている著述に接した。

われはもや安見児やすみこ得たり皆人の得難えかてにすといふ安見児得たり

 のような恋愛の成就を高々と歌うのは例外で、大抵はかなわぬ恋、離別、死別、旅による遠距離恋愛の思いなどが歌われている。「孤悲」という万葉がなが使われている例もあり、確かに悲恋は文学になりやすい。

夏の野の繁みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものそ

 という坂上郎女の歌のようなものが圧倒的に多いのだ。

 この伝統は時代が下っても引き継がれる。王朝和歌でもほとんどが悲恋もしくは相手の不誠実を嘆く歌が大半だ。百人一首は43首の恋歌を含むが、これもほとんどすべてが悲恋の様相である。

嘆きつつひとりる夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る

 藤原道綱母の恨みがましいほどの恋情の訴えは「蜻蛉日記」で描かれた背景を知ると一層味わい深いものになる。恋歌は読者の同情を呼びやすい。恋愛感情は人間にとって共通の思念であるからだ。でも、同時に恋愛は個々別々のものであり、きわめて個人的なものでもある。すべてが違うがその根本に共通するものがあるというのが特徴だ。

恋の行方を知るといへば 枕に問ふもつれなかりけり

 室町時代の「閑吟集」の歌謡も「つれなし」の感情を歌ったものである。こうしたことはいまだに引きずっていて、いわゆるポップスの歌詞もほとんどがうまくいかない恋を歌っている。

もう一度さ 声を聴かせてよ めくれないままでいる夏の日のカレンダー 
ただいまってさ 笑ってみせてよ 送り先もわからない忘れものばかりだ
ココロが壊れる音が聴こえてどれだけ君を愛していたか知って
もう二度とは増やせない思い出を抱いて 生きて… (「幾億光年」Omoinotake

 軽快なリズムと展開の多い楽曲に乗せて歌われる最近のヒット曲も歌詞だけ読むと未練の歌である。こういう内容の歌を私たちは自然に受け入れてしまうのだろう。古典文学を読んでいるとその深奥に本質的な要素を発見することがある。これをもっと考えることが必要だ。

伴走様々

 視覚障がい者などがマラソンなどのコースが不定形なレースに参加するとき、ガイドする人を伴走者ということがある。ランナーの目となるためにはその心理を察し、様々な配慮をする必要があるという。視覚障がい者は歩幅が自然に小さくなるが、アスリート級になるとそれもなく、伴走する人もそれと同等もしくはそれ以上の走力が求められる。

 この伴走という概念は比喩的にいろいろな場面に使われるようになっている。私の業界では教員は生徒の伴走者であるべきだという表現が理想として語られる。走るのは生徒であり教員は牽引するのではなく、あくまで伴走するのだということだ。instructorやteacherではなくfacilitatorであれというのと同じような比喩であるといえる。

 理想としては素晴らしいのだが現実には伴走はかなり難しい。本人がやる気を出さない限りそもそもスタートしないし、その人の気持ちを察することは困難だ。それができると言う人は多いが実は自分の考えを押し付けていることが多い。伴走には徒労が多く、効率とか生産性といった物差しでは測れない。

 私はそろそろ引退するから好き勝手にいうが、伴走者になるなら覚悟しなければならないと思う。ランナーが成果を発揮できなくても、それは仕方がない。伴走者としてやるべきことをやったならそれで満足すべきなのだ。ただレース後にランナーにいうべきことがある。今日のレースの結果は途中経過に過ぎない。次のためにまた練習しようと。ランナーにエンディングを見せないことこそ伴走者の務めなのだろう。

神は自認しない

 昭和の歌謡曲の有名な歌詞もしくは台詞にお客様は神様ですというのがあった。高度経済成長期の商業の場面でもこのフレーズはしばしば援用されていた。日本の接客サービスの良さはあるいはこのマインドセットが影響しているのかもしれない。

 ただし、これはサービスをする側の心得、もしくは目標のようなものであって顧客側が神様を自称したらおかしなことになる。サービスを受ける側の態度が尊大になると様々な弊害が起きる。

 カスタマーハラスメントと言われる迷惑行為は、残念ながら中高年層に多いのだという調査結果が出ている。本来なら若い世代を導くはずの中高年がトラブルの主人公になってしまっているのだ。

 その原因の一つは目まぐるしく発展し変化を遂げた技術についていけてない焦燥にある。昔なら店員が平身低頭で接客していたのにいまはセルフで何でもやらなくてはならない。その説明もないのに若い世代はすぐに順応するが、年配者はそうはいかない。だから、サービスの不十分を感じ、それが怒りにもなる。

 神のごとく特別な態度は実は何もできない焦りでもあるのだ。我々は神を自認してはならない。それをした瞬間から、人間とは通じ合えない孤独な存在になってしまうのだ。

 私はカスハラを起こす世代にある。最近の機械任せの状況は人手不足や、経費節減のための策であることは承知している。しかし、やはり物を売る側の奉仕と、買う側の感謝は忘れてはならないと思う。怒れる老人に眉を潜めているだけでは解決しない。そういうあなたも将来同じようになるかもしれない。奉仕と感謝の精神を再認識する必要がある。

梅雨入りは遅れるのか

 梅雨入りは少し遅くなるかもしれないらしい。週間予報は日曜日が雨の可能性が有るが、概ね晴れか曇りのアイコンが並んでいる。

 流石に来週になるとほぼ曇りか雨で、その辺りに梅雨になったと報じられるはずだ。東京の梅雨入りの平均日は6月7日なので明後日だが、それよりは遅くなりそうだ。気温も高めに推移しそうなので体調管理が不可欠である。

 雨は嫌いではない。ただ、それにも程度がある。災害級の降水が多発する昨今の天候はやはり異常と言うしかない。今季の梅雨が穏やかなことを願う。

 

燕の親鳥は

 夜、駅に行くと燕の親鳥が看板の上に止まって寝ていた。雛が大きくなって巣には同居できなくなったようだ。巣の近くで、それでも雛を守ろうとしているのだろうか。夜遅くまで明るく、うるさい駅構内によくも暮らせるものだと思う。外敵に晒されるよりは遥かに安全なのだろう。

 燕の親子に愛情を感じることができるのは私たちが同じ生き物であるからだろう。進化の過程で身体の形やその一生の有り様は大きく隔たったが、子孫を残すために心身を尽くす生物の本質は変わらない。それをなんとなく察することができるのは人間の能力の一つだ。

 人工知能に同じことをやらせるのは今のところ難しそうだ。事象を超越してその深奥を摑むことは人間の牙城たるものの一つだろう。そういう能力を大切にしなければならないと考えるのである。

能登の地震

 今朝、久しぶりに緊急地震速報のアラームを聞いた。しかし、私のいたところではほぼ無感であった。気象庁によると、同時に複数の地震が発生したため、地震の規模を大きく見積もったのが原因らしい。

 地震速報が毎日のようになっていた2011年ごろを思い出す。本当に怖くてしかもどうしようもなかった。それがいつの間にか慣れてしまい。あれだけの苦しみを忘れてしまいそうになっている。

 今日の関東地方にとっては空振りの速報も、備えと覚悟を思い出すことに関しては意味があった。精度が必ずしも高くはないのは今の科学の限界というものだ。遠慮はしないでほしい。

昔覚えた曲のメロディは

 中高生のときは結構歌が好きだった。それもいわゆるニューミュージックといわれていたもので、ちょうどそのころ始めたフォークギターでへたくそな歌をよく歌った。今でもギターをときどき弾く。読書以外では長続きしている趣味の一つだ。不思議なことに全く上手くならないのは趣味以上のものを求めなかったからだろう。

 昔歌った歌を動画サイトなどで検索して再生してみると自分の覚えているのと微妙にメロディーが違うことに気づく。つまり、間違って覚えていたのだ。最近の曲はかなりオリジナルに近い形で歌えるのに、中高生時代に覚えた歌はしばしば間違っている。なぜだろう。

 おそらく昔覚えた曲はテレビやラジオで流れていたのを覚えたので、細かいメロディラインまでは覚えられなかったのだろう。ギターの練習で使った雑誌の付録は歌詞とコードしか書いていない。もっとも楽譜があっても譜読みができない私にとっては同じことだが。だから、なんとなく覚えたときに勝手にメロディを変えてしまっていたのだ。CD(当時はレコード)を買う小遣いもなかった私は耳コピだけが歌を覚える手段だったのだ。

 最近の歌は音楽配信サイトや動画サイトで繰り返し視聴できるので、複雑なメロディラインでも何となくそれふうに歌えることが多い。またギターコードを提供するサイトにもオリジナルの音を再生できる機能を付けたものもあり、それを何度か聞くことで原曲に近い歌唱ができるようになる。

 こういう風に書くといまは便利になってよかったということになるが、実は私が勝手に作り替えたメロディもなかなかいいのではないかと思ったりしている。原作者には申し訳ないが少ない資料の中で必死に覚えた分、なんというか愛着もあるのである。人前で歌う場合(そんなことはないが)は正しく直さねばならないが、自己満足の場合は間違えて覚えたままでいいのではないかと思っている。

散歩して

 久しぶりに実家の近くの畑の中の道を歩いてみた。農作業する人数人に出会ったがそれ以外は誰もいない。雲雀が盛んに泣き、夕方も遅くなってきたからかムクドリが方々から集まって群れを作り始めていた。都会に住んでいると気づかない静かな時間、そのなかで何のためというわけでもなく歩み続けている自分に妙な満足感を得ていた。

 毎日が流されてばかりでなにも得るものがないと思うこの頃だ。本当はそうではなくてサラリーという不可欠なものを得ているのだが、それもなんというか自分の力で獲得しているという実感にかけている。そういう生活はそろそろ終わりにしなくてなるまい。

 散歩して気づくことがある。私はこれまで何をしてきたのだろう。そしてこれから何をどうすべきなのだろう。そういう大切なことをなぜ毎日行ってこなかったのだろう。そぞろ歩きを皆さんにもおすすめしたい。それもできれば田舎道がいい。