初冬というべきなのかもしれないがそこまでの冷え込みがない。昨日は近隣の丘陵を訪ねた。半ばはすでに枝だけになっていたが、紅葉もかなり残っていた。その色がくすんで見えたのはこの時期だからだろう。池水には動きはなく、枯れた蓮の茎が窓らに並ぶ。もう来週にはこの地に来ることが億劫になるだろう。私は秋冬の行合になぜか心を揺らしている。
投稿者: Mitsuhiro
微かな変化
ものごとは少しずつしかし着実に変わっている。私たちはそれになかなか気づかない。あるときなにかをきっかけにして違いに違和感を覚える。そのとき変化の様に愕然とするのだ。
旧友に再会したときに私たちはそのことに驚く。そして己の変化にも自覚するきっかけになるのだ。自分はこんな存在だと考えることが始まってしまう。本当はこの瞬間にも変わり続けていて、着実に死に向かっているというのに。
落差に愕然とすることがないよう私たちはいまのありさまをときどき把握しておく必要がある。
脱炭素
地球環境保全の施策として脱炭素を掲げるものがある。化石燃料をなるべく使わないことで目標を達成しようとしている。注目すべきだ。
実際に完全な脱炭素化は困難だ。再生エネルギーの中にも炭素が含まれるものもある。とりあえず使用量を削減し、効率のよいシステムを用いることが鍵となるだろう。私の利用駅は太陽光や水素による発電システムがある。これらの普及も欠かせない。
気が散る仕掛け
読売新聞でデジタル書籍に関する特集記事が連載されている。新聞という紙面のメディアからの発言であることを割り引いても、現状のデジタルテキストは学習効率を決して高めないものと読み取ることができる。
情報の活用や拡張性については電子書籍の方が圧倒的に勝る。モノでないことから物質的な拘束から解放されるのが何よりもよい。ただ、メールもゲームも何でもできるという多機能性は読書を阻害する。真面目な読者であっても、参考のリンクをたどるうちに本論の論理が消えてしまう可能性がある。
私は電子書籍リーダーを使うことで誘惑から決別しようとしている。一つのソースに集中できる環境を自ら作り出すしかない。金はかかるが読むことしかできない端末を教育現場で普及させるのはいかがだろうか。
鰤おこし
富山に住んでいた頃のことが突然蘇ることがある。ただ、それは風景や天候のことが中心だ。田舎の方に宿を借りた私は、住まいの前の用水路から飛び立つホタルを見て、遠くに来たものだと実感した。夏の乾燥した暑さや、秋の紅葉の美しさ、冬の曇天、時々鳴り響く雷鳴、吹き出すような雪、そしてそれらを越えた春の美しさなど印象的なものばかりだ。
もし、可能であれば再びこの地を訪ねてみたい。さらに住むことができればなおいい。ただ、そこで何ができるだろうか。それを見つけることが今の課題だ。
微熱
昨日、微熱を感じた。もしかしてと思ったが今朝は平熱であり倦怠感もない。どうもいまはちょっとした体調不良も気になってしまう。
おそらく昨日は用件を済ますためにがんばり過ぎたのだろう。強い疲労感があった。そのためにそれが発熱に表れたのだ。
これからはインフルエンザも流行るはずであり、油断ができない日々になる。
地べたを
私たちの感覚は近くにあるもので構成される。もちろん目に見えているものだけではなく、距離の離れた場所の情報も手に入れることはできないわけではない。それにしても限られた空間の中で行動が規定されることは確かだ。
時間の方はもっと限られる。過去の記録は歴史となって残されるものの、実感としての時間はまたたく間に消えてしまう。昨日のことすら思い出せないことがあるのだから仕方がない。未来のこととなると完全に分からない。これはもっと切実で、数年後のことが分からないだけではなく、1秒後のことすらも分からないのだ。
地べたを這う虫は俯瞰ができない。私はそれと同じ生き方をしている。したたかに生きぬくことがいまできることのすべてなのかもしれない。
うろこ雲一面に
今朝は空の大半が鱗状の雲に覆われている。昨日よりは気温は上がるようだが、秋の深まりを感じる。気がつけば明日からは師走だ。
冬というには冷え込みが足りない。過渡期にあると言える。季節のゆきあいには得られる感慨も深い。
まだできること
残念ながらいろいろな場面で衰退を感じざるを得ない状況になっている。これを老化というのであろう。身体の衰えはいかんともし難い。未来書にはやがてアンチエイジングの技術が進み、寿命が伸びるというが私にとっては間に合わない話だろう。間に合ったとしても無理に人生を延長したいとは思わない。
身体の老化より幾分遅れてくるのが精神の衰退である。もっとも脳卒中などで一気に老化が進んでしまうこともあるのでなんとも言えない。ただ、身体よりは制御ができそうな気がする。
身体が動かなくなる前にやるべきことをしておかなくてはならない。またこれからできることを考えていかなくてはならないと考えている。私にできることは何か。そろそろ本腰を入れて考えるときだ。
先を考える
今後の展開を考えることがとても大事な局面にある。不確定な将来のあり方の中で何ができるのかを知っておく必要があるのだ。
諺に備えあれば憂いなしというのがある。逆の憂いなければ備えなしというのもかなり事実に近い。適度な危機感は必要だ。危機感だけでは精神衛生上よくないのも事実だ。
少し先を考えること、そこに夢の要素を加えること。とりあえずはそこを目指すことにしよう。