タグ: 社会

回復の兆候

 日本でもウイルスに対するワクチン接種が始まった。そして早くも副作用の報告も出ている。新しい薬には一定数の副作用の可能性があることは分かっている。そのリスクとトレードオフで集団免疫の形成がなされるという。

 ウイルスの脅威が一段階下がったとしてどんな社会が待っているのだろう。もうかつてのような時代には戻れないことは確かだ。リモートワークの可能性を知ってしまった私たちは、これからも多くをネットワークに依存して行うことになるだろう。そして本当に必要なものだけが対面で行われていく。無駄を省くという建前で余裕が奪われ、効率性という意味不明な数字が大手を振って歩くことになるだろう。

 社会の回復の兆候を素直に喜べない私はかなり卑屈だ。しかし、この状況であるからこそ訴えていかなくてはならないこともある。世の中は効率だけがすべてではない。社会は目的を達成すればいいだけの空間ではない。

ワクチン接種開始

 日本でも新型コロナウイルスに対するワクチン接種が今日から始まる。供給量は少なく、専用の注射器がないために一定量が無駄になるという。医療関係者を優先するそうだ。

 ワクチンの有効性や副作用の有無については確定的ではないとも聞く。ただ、この事実がもたらす社会的影響力は大きく、今後はただ恐れるだけの段階ではなくなるだろう。

 医学的な効果は今後改善されていうに違いない。肝腎なのは社会がコロナウイルスをアフターと考えず、あくまでウィズの時代が続くということを意識すべきだということだ。面倒な話しだが、まだ戦いは始まったばかりだ。

デマを読む

 東日本大震災の余震と見られる先日の大きな地震は多数の負傷者を出したものの死者は出なかったようだ。原発などにも事故の報告はない。ただ、今回も問題になったのはネット上に溢れた様々なデマや不適切なメッセージだ。

 ツイッターでは地震の後に人工地震というキーワードがトレンドとなった。人工地震とか地震兵器といった言葉は2011年にも散見されたが、それが非科学的であることは周知されてきたはずだ。今回はジョークとしてこの言葉が扱われている。緊急時の発言としては極めて不適切だ。どうもソーシャルメディアはこの手のメッセージに市民権を与えてしまった。

 送り手の特定はかつてより容易になったといわれる。匿名性はあるレベルを越えると維持されない。ただ、表現する自由に踏み込みすぎるとソーシャルメディア自体の価値が損なわれる。社会としても損失だ。

 結局、私たちがデマを読む力を持たなければ仕方がない。何を信じるべきなのかを日頃から意識しておく必要を感じる。地震のような異常事態でもぶれることがない判断力をいかに身につけるのか。それが大きな課題だ。

時間はかかる

 オリンピック組織委員会の森喜朗会長の不適切発言に端を発し、それを擁護する自民党の長老が的外れな発言をしたことや後任として指名した川淵三郎氏がメディア等から密室人事の指摘を受けたことを機に辞退したことなどから事態は混乱している。これは日本社会の体質を象徴化したものとも評されている。

 女性が多い委員会は時間がかかるとの指摘はまったく根拠がないばかりか性差別とも捉えられる発言だが、問題はそれだけではない。時間がかかることを非とする考え方が不適切なのだと考える。民主主義は決定までの手続きにやたらと時間がかかる。面倒でもやらなくてはならないことは飛ばせない。川淵氏は日本のプロスポーツを営業ベースで成功させたリーダーであり、オリンピックの指揮者としてもふさわしい。ただ今回の件で大事な人材の活躍の場は損なわれた。

 時間をかければいいというものでもない。日本社会が衰退している原因の一つに決定の遅さがあるといわれている。いつまでも決めないのはかつては美徳であったが、場合によってはそうではない。今回のようにオリンピック開催が危ぶまれている事態においては早くリーダーを決めなくてはならない。待ってはいられない。そこでどのように誰がなるのかを公開し、それに乗っ取って決めるべきなのだ。多くの人に納得がいく方法で。そこに時間をかけるのは仕方がないのだ。

 次のリーダーは女性にすべきだという意見もある。ふさわしい人もいるはずだ。ぜひ次は手続きを踏んでほしい。大切なのは皆に納得させる手順を踏んでおくことだ。それがあれば性別も年齢も限定すべきではない。

人材の活用

 人材の活用をどのようにするのか。それは少子高齢社会ではもっとも大切な問題だ。私自身がすでに若者と同じ仕事量がこなせないことを自覚しているので、こういう話をするのは気が乗らない。しかし、避けて通れない話なのだろう。

 日本には人を大切にするという伝統がある。少なくともそういう建前がある。だから、年功序列が成り立つしそれでうまくいくことも多い。ただ、能力のある若者が活躍できる機会を阻害しているとも言える。能力の高い若者は新機軸を生み出すことができる。足りないのは経験だ。だから、これからは上司に若者を、補助に年配を配すのがよいのだろう。ケース・バイ・ケースではあるが。

 完全な能力主義を良しとする時代もあったが、日本でそれをやるとうまく行かないようだ。あまり成功例を聞かない。むしろ従来の経験蓄積型に裏打ちされたタレント尊重主義をやっていくのが良いと思う。

節分

 今日が節分であることはどうしても豆や恵方巻を売りたい商店の広告で知らされた。なんでもかなり久しぶりだそうだ。立春が日付を一時的に越えたのだ。

 冬来たりなば春遠からじとは故人の教えであるが、ある意味昨年から一向に春にならない。炎天下でもマスクをつけ続けて冬将軍に忠誠を尽くした。そろそろ本当の春を迎えたい。

 日本の大都市の緊急事態宣言は一月延長されるようだ。ロックダウンされている訳ではないが気が重いのには変わりない。産業界への影響も深刻だが、人心が冷え込むこと、特に若い世代が夢を見られなくなるのが懸念される。見えない悪鬼に豆を巻き、そろそろ退散していただかねばなるまい。

節目となるか

 今日から2月が始まる。短いこの月が様々な節目になる可能性が高い。

 コロナウイルス対策ではこの月をどう過ごすかで今後の展開が変化する。緊急事態宣言の延長がほぼ確定的だが、その期限を今月末と考える人は多い。状況によって早期打ち切りもあるという。まさに毎日テストされる感がある。

 経済的にも今月の動向は注目されている。株価の乱高下が話題になっている。個人投資家の影響力が社会を動かすまでになれば経済の仕組みそのものが変わっていく可能性がある。制限を受けているサービス業などの保護はどこまで行うべきか。その他の業界もどこまで持ちこたえ、どのような対策を施していくのか。

 政治的にはバイデン大統領の真価が問われ始める。前任者が大きく変えた路線をどのように自分の方向に変えるのか。中国の国際進出はどうなるのか。出遅れ感の高い日本はどのように存在感を主張していくのか。

 あらゆる方面で注目される如月が始まる。

延長

 日本の大都市で出されている緊急事態宣言はまだ延長されそうだ。海外からこのブログをご覧になっている方もいらっしゃるので、一住民の感想としてお読みいただきたいが、日本人のこの事態に対する感覚はかなり緩い。たしかに感染者数や重症者数は増えているが身近な問題として捉えている人は少ない。

 言えることはマスクをせずに外出する人はほとんどいないこと、店の外に設置された消毒液を使う人が圧倒的多数であることだ。同調性の強い日本人は法的な規制がなくても一度風潮が生まれてしまうと多くが従う。それが今回の事態を深刻にしてこなかった原因だろう。

 ただ、新たな局面が見られるのも確かだ。政治的な強制力が少しずつ検討されつつある。緩い防衛ラインを保てるのかどうかは今後の状況次第であると感じている。規制はされているものの不自由さはまだない。国民からの反対運動も表面化していない。ただ、それを維持できるかどうかは分からない。

夜行廃止

 東海道線の夜行快速が廃止になるらしい。かつては普通という名で走っていた。学生時代私も乗ったことがある。廃止は残念だが今の情勢では仕方がない。

 格安切符と組み合わせるとかつては1万円で特急券なしでかなり遠くまで行くことができた。予約なしでふらりと乗れるのもよかった。しかし、いまはより安い夜行バスが走り、ネット予約で確実に席が確保できる。座席の座り心地や居眠りしたあとの安心感などバスの方が勝っていると考える人が多い。

 夜行列車はコロナウイルスの影響前から衰退の要因ばかりだった。よほどの改革がなければ復活は難しい。残念だが、思い出話の種になってしまうのだろう。

熱量

 首相の発言には熱量が足りないと指摘した同僚議員がいたとのこと。それを指摘したことを他に語るその人の熱量は間違っていないのだろうか。

 忠告や助言は勇気ある行動だと考える。それができないで停滞することは公共の福祉にも関わる。ただそれを他に誇る様では売名に過ぎないように感じる。詳細が分からないので検討違いをしている可能性もある。

 混乱時きは清濁が意図的にも無意識にも併流する。見極めねばならない。