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警戒情報

 コロナウイルスは変異種が拡散しつつあるということだ。感染力が上がり、若年層でも重症化する確率が上がったという。ウイルスのように短いサイクルで再生産されているものは変異が起きやすく、そのなかには強毒化するものも含まれると聞いている。ここまで蔓延すると簡単にはウイルスの進化を止められない。

 その結果、再起動が期待されていた社会活動が景気よく始まることができなくなっている。多くの人が気づいているようにafterコロナはなく、withコロナの時代に入ったといえる。どのように厄介な病魔を飼いならしていくのかを考えていかなければならない。

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再発

 緊急事態宣言が解けてから、感染者数が増える傾向にあるという。人の動きが活発になればリスクは増えるのは当然だ。

 医療機関などで病床が逼迫する状況は各地で見られるという。ワクチン接種に係わる医師や看護師も必要だ。彼らに過度な負担をかけないように予防には努める必要がある。

 同時に自粛だけが予防法出ないことを知るべきだろう。経済活動が止まれば社会システムへの影響が出る。それが不安を引き出すことになれば別の深刻な問題が出来することになる。止めずに守る。それが現時点での最善策だ。

発想の転換

 ただいいものを作るだけでは評価されないという。それをどのように伝えるのかが大切だ。私たちは発想の転換を迫られている。

 いいものを作ればそれに対して正当な評価がなされる。そのように私たちは信じている。恐らく根本的にはその通りなのだろう。だが、実社会では必ずしもそうではない。いいものを作ってもそれをどのように表現するか。どのような手段を使うかで事態は大きく変わってしまう。いいものを作ってもそれを伝えなければ評価に結びつかない。

 逆に考えれば製品の機能が高くなくても、訴求する要素さえ伝えられれば評価は高くなる。これが経済活動ならば価格競争に勝てる原因となり、普及すれば収入も増え、それが設備投資なり研究開発費に充てられてますます発展するというサイクルになる。

 伝えることの重要性を私たちは再認識になくてはならない。

遅ればせながら

 遅ればせながらマイナンバーカードを発行した。国家による情報統制だと当初は警戒していたし、今でもその気持ちは残っているが、時代の流れには乗ってみないといけないこともあるようだ。要は使いようであり、不正利用されないよういつも関心を持ち続けているしかあるまい。

 医療情報の集約化は期待している。医者ごとに処方が異なり、連携が難しい現状は改善すべきだろう。多様化は損ねてはいけないが最低限の情報共有は医学の進歩にもつながるかもしれない。個人消費行動の監視については避けられない状況にある。第三者への情報開示がどのように制限されるのかは関心がある。

 行ってみれば誰にでも名前が知られているような状況になる制度だけに、社会の変化を引き起こすことは必至だ。便利だが恐ろしくもある。

他山の石

 汚職事件容疑で議員辞職した元党員に対して、党の要職にある人物が「他山の石としたい」という旨の発言をしたことが話題になっている。他山とは何事か、事件が起きたとき、辞職した議員は党員であり決して他の山ではない。あまりに無責任だと言うのだ。

 私もこのニュースをラジオで聞いたとき、件のコメントを聞いた瞬間に違和感を覚えた。しかし、すぐに次の理解に変わった。この方は反省する気はないのだと。事件当事者と自分たちは無関係ない。ただ、一応気をつけておきたい、という意味だと。

 私と同じように考えた人は多いのではないか。野党の誰かが同じ発言をしたとしても印象は変わらない。私たちは政治家をひと括りに考えているからだ。不用意に成句を使うと返り討ちに合う。今回の「他山の石」が他山の石となることは確かだ。

 ところでこの故事成語は詩経という古典の中の古典に典拠があるらしい。紀元前の文献で解釈が難しいものも多い。厳密に言えば作者の意図ははかり難い。わかるのはどのように解釈されてきたかという歴史である。

 ネット検索すると他山の石を他人を模範にせよという意味で使う人もいるらしい。原典の文脈ではこの石は宝石を磨く砥石のような存在であり、範たる存在の比喩ではなさそうだ。他人の悪行や失敗でも自己研鑽の契機にはなるというのが一般的な用法だ。

 なんでも検索し参考にする(私もしたばかりだ)現在では他者の言動の善し悪しなど考えないという価値観の変化が現れているのだろうか。

 

緊急事態は明けても

 緊急事態宣言が解除になった。しかし、日常は何ら変わることがない。相変わらずウイルスに怯える毎日だ。

 後日これを読み直すときのために書いておくと、毎日のマスク生活は変わらないが実はそれほど恐れてもいない。普通に外出し、外食もする。全員がマスクをつけて、やたらと消毒液が置かれていることを除けばあまり変化は感じられない。

 通勤電車が幾分空いたのはリモートワークをする企業が増えたからだ。ただ、すべての人が家で仕事ができるわけではない。だから、自然と人はあふれるのだ。

 おそらく数年後にコロナ禍という社会現象を振り返ったとき、大きな変節として捉えられるのだろう。いまはまだそれに気づくことができない。

記憶

 震災記念日を過ごしたが、10年前本当に不安だったのはそれからの日々だった。福島を始めとする原発や火力の発電設備に支障があり、エネルギー不足に直面したからだ。

 街頭が部分的に消され、電車内の照明も間引きされていた。広告用の電球は優先的に外されたようで結果として街は暗くなってしまった。

 毎日放射線の量が発表され、それがどの程度深刻なものなのか理解できないまま、小数点以下の変化に一喜一憂していた。

 終わらない余震、ソーシャルメディアに出ては消えるデマなど、心を揺らすものは止まらなかった。地震発生後の経過を振り返ることは苦しいが、今後のためにはやっておかなくてはならない気がする。

10年目

 東日本大震災から今日で10年経ったことになる。震災発生時は職場にいてその日は帰宅できなかった。翌日部分開通した電車で途中まで行き、あとは歩いて帰宅した。東京でもかなりの揺れがあり、近隣で死者が出た。ただ、自宅の家具はほとんど無事で不思議なほどだった。

 恐怖はその後にやってきた。福島の原発事故や、各地の発電所の停止による計画停電、ライフライン寸断の脅威などいろいろあった。それらを乗り越えてきたことは考えてみればかなり歴史的なことだった。

 そしてパンデミックが起こり、いまに至る。私たちの生きる世界はいつもなにかが起こり、それへの対応が迫られる。この国に住む限り、グローバル時代に生きる限り、この事実からは逃れられない。震災記念日はそれを再認識する一日なのだ。

マスク、フィルター

 近隣の動物園に行ってきた。小動物が中心の市営の動物園で入場料もいらない。珍しい動物はいないが、間近に見られるのがよかった。

 鳥類の展示にはみなフィルムが張り付けてあり、外気を遮断していた。掲示によると鳥インフルエンザ対策という。人間はコロナウイルスのためにマスクをつけ、鳥は透明なフィルムで囲まれている。まったくこの世は油断ならない。目に見えないものに対してこんなにも怯えて過ごさなくてはならないことに少々疲れてきたのは事実だ。

 まだ我慢しなくてはならないことは分かっている。その我慢が多くの人を救うことも。しかし、理解することと感情とは別にあるようだ。やり場のない悲しみだ。飛び立ちかねつ鳥にしあらねば。鳥もダメだった。

延長されて

 東京などの関東の緊急事態宣言は2週間延長されることになった。医療機関の負担を減らすためだという。一時感染者数が激増し、今も毎日増え続けていることを考えれば仕方ないともいえる。

 ただ、後世のために記せば東京の街は人出に溢れている。もちろんかつてのような超過密ではない。普通の過密状況はここ数ヶ月変わることがない。ほぼ全員がマスクを着用している写真は残しておく必要があるかもしれない。いやこのあとも状況は変わらないのだろうか。

 この延長を東京オリンピック開催の方便と考える人は多い。現状ではかなり危ういがやることはやっているというメッセージを世界に発信したいのだろう。そうなればいいが。

 いずれにせよ暫く忍耐だ。