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見極め

 日本企業が世界で主導権を握れないのは検証をしすぎるからだという意見がある。万一のための試験を繰り返し、失敗をしないように実験や調査を繰り返す習慣が、国際的競争力を奪っているのだという意見だ。ある意味当たっているのかもしれない。せっかくいいものを作り出しても、検証に時間と資金を使っているうちに他国との競争に敗れてしまう。そういう話はいくつも聞く。

 日本がこのように慎重になるのは、過去の公害や健康被害などの経験を繰り返しているからだろう。それは大切な教訓であり、消費者利用者に対する信用を極めているということなのだろう。だから、この慣習をあながちまちがっているという批判はおかしい。それでも、現状では日本の技術開発なり、商業戦略なりは負け続けることになりそうだ。だから、できたところからすぐに公開して利益を出していくということは大切なのだろう。人材不足は今後の課題である。少子高齢化に加えて、海外企業への転出が続く中で、優秀な人材は貴重になる。人工知能などの活用で、機械的な作業は極力省力化して、クリエイティブな方面の人材を増やすことが必要になる。

 教育の方面もただ就職するための学歴を磨くというより、想像力や創造力を発揮できるような基礎知識と自由な発想をする機会を提供することが必要になるはずだ。それはもしかしたら、今のようないたずらな情報処理能力の追求ではないのかもしれない。もっとじっくり物事を考え、これまで考えもしなかった独創性を発揮できるようにするべきなのだろう。

 日本チームがオリンピックでメダルが取れているのは選手の能力と努力はもちろんであるが、それを引き出すような環境が揃っているからだという。長期的なものの考え方と機を見て方針を変えていく思い切りの良さをとを両立させることが求められている。

 話は単純ではなく、さまざまな方面を効力してそれを統御していかなくてはならない。個人の力をまとめて、それを実現していくより俯瞰的なものの考え方が求められているのかもしれない。その見極めのできる能力こそが未来を拓いていくのだろう。

立憲民主党の今後

 立憲民主党の一人負けが際立った選挙になった。ポピュリズム政党が議員数を獲得したのはひとえに立民の失策によるものだ。

 立憲民主党は野党第一党であり、政権経験者でありながら、存在感を示すことができず、中道左派という位置づけを払拭できなかった。政権交代を求めるならば振れ幅は少ない方がよい。革命のような過激な変化は国民の求めるものではない。そのことを理解しているのが立憲民主党であるはずなのになぜか失策ばかりである。

 民主党時代の政権を悪くいう人は多い。でも、既得権を持つものだけが勝ち続けるという図式を少しだけ壊したことは意味があった。昔の政党の有様から考えれば、民主党は十分に保守勢力であり、労組の支援を受けているといっても、十分に資本主義的な政策であった。何よりも政権交代可能な勢力があったことが幸福な選択肢をもたらしていた。

 ところが東日本大震災という不幸があり、政権交代の経験値の低さもあり、失策ばかりが強調されることになった。民主党が右派と左派で分裂したのも残念だ。自民党は派閥によっては別の政党といつていいほどの多様性を抱えているのに、野党はその微差が乗り越えられない。結果として長期政権が継続し、腐敗が表面化しても結局生き残ってしまう。淘汰が起きない政治が継続してしまうのである。

 政権交代ができないこの国のもたらす自浄作用のなさは問題がある。かといって基本政策が違いすぎる政党には任せられない。その選択肢を担う可能性があった政党が没落してしまったのは残念だ。

初詣

 元日の今日、各地の神社では初詣の長い列ができた。日本人は宗教に関心が薄いというが、まったく当たらない。一神教的な物差しには当てはまらないが、極めて信心深い。教理に対しての信仰というより、救いに対しての素朴な思いが強いのだ。

 初詣の良いところは待たされても殆どの人は文句を言わないこと。割り込みはないが、たとえあってもそれほど目くじらを立てる人がいないことだ。いつもより寛容になっている人が多いのはこの日のよいことだ。

 初詣に何を願うのか。私の場合は結局は世界平和なのだと思う。それはいまやっていることが不可抗力で無駄にならない環境を維持したいということなのだ。戦争はそれをぶち壊す。そして、誰も責任を取らない。そうならなければ、悪あがきを続ける価値が残される。私はその環境だけは維持したい。

 初詣だけではなく時々、社寺に訪れることは意味があるのかもしれない。自分の現在地を時に客観視するためにも、自分以上の視点を持つ機会を持つことには意味がある。

おせち料理の意味

 最近はいろいろなところにおせち料理の予約の広告がある。贅沢な具材をふんだんに用いて数万円という価格で予約を受け付けている。すでに受注終了というシールが貼られたものもある。私などはどうしてここまで投資しなくてはならないのかと考えてしまうが、価値観はさまざまあってよい。

 おせちの原点は節日の供物にあるのだと考える。季節の節目に神に季節の収穫物を備えることで、神に満足してもらい、次の年の豊年を予祝する。神はここまでやってくれたのだから来年もという気持ちになると古人は考え他のだろう。だから、あくまで神饌であって、人はそのお下がりをいただくのに過ぎなかったはずだ。

 それがいつのまにか人間がその贅を尽くすためのものと考えられるようになる。信仰の枠から外れれば、限りなくその内容は形式化し、高級食材を使う方がよいとされていく。神様を忘れ、自分が神であるかのように振る舞うが、神である資格は経済力に裏打ちされたものだ。変動の激しい基準である。私のようにいつまで経っても神様になれない人もいるが、神になったり、落ちぶれたり、その繰り返しをしている人もいるはずだ。

 おせち料理を食べるとき、一瞬でも自分の信じる神もしくは尊敬すべき人やモノを思い浮かべるといいのかもしれない。するとその重みがその味を荘厳なものに変えてくれるはずだ。¥ではない単位の幸福が得られるかもしれない。

警官のネクタイ

 警官のネクタイ着用を自由化する県警が増えているようだ。至極当然だと思う。ネクタイで威儀を糺す必要はない。昨今の異常な暑さの中では業務自体に悪影響を及ぼすだろう。

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 それよりも場合によっては格闘しなくてはならない人にとって、首を縛るアイテムは危険だ。もし付けるとしても、強く引けば外れるような工夫がなされるべきだ。私は日々ネクタイをして通勤しているが、有事の際はどうすればいいかと思うことがある。

 職業に相応しい衣服はあっていい。制服にはそれなりの役割がある。ただ、それが業務に適したものなのかは時に応じて見直した方がいいと思う。

女性首相誕生へ

 高市早苗氏が自民党総裁に選出された。時期総理に指名されることは確実であり、憲政初の女性首相が誕生しそうだ。少し遅すぎたがようやく性別による偏重が解消されるきっかけが生まれたことになる。内閣にも少なくとも4名以上の女性大臣を指定してほしい。議員でなくてもいい。能力のある人がいればだが。

 ただ、状況は容易なものではない。少数与党となっていることは変わらず、野党との協力が必要となる。高市氏は右派の考え方を信条としており、靖国神社参拝問題はその象徴的な事実だ。連携できる政党は限られるし、韓国や中国との関係も考慮しなくてはならない。融和を標榜する石破政権は進歩は少なかったかもしれないが大きな損失はなかった。自身の信条に固執するあまり国益を損することのないようにお考えいただきたい。

 保守層の一部が新総裁の誕生を歓迎していることは確実であり、これを機に社会が活性化すればよいが、理念ばかりをふりかざし現実から乖離した政策を展開すれば、分断を生むだけだ。大いなる期待と不安を持たざるを得ない。

老人の概念の変化

 敬老の日であったが、実はもう人ごとではない。律令制では数えで60歳以上を老と呼んでいる。今より平均寿命がはるかに低かった時代においてはこの歳まで生きられた人は限られていたはずだ。

 現代は衛生環境、医療などの進歩で60歳は労働人口に含まれる。一部の業種では定年の年齢とされるが、実態に合わないので見直しが必要とされている。

 100歳以上の人口がまもなく10万人に達するという。65歳以上の人口は3619万人で全人口の29.4%に達する。対して昨年の日本での出生数は686,061人であったというから少子高齢化が急激に進展することは避けられない。古代において老人の区分となっていた人々が扶養される側にならず、できる限り自立して生活できる仕組みを着実に作らなくてはならない。

 老害などと年配者を非難しているだけでは埒があかない。そういう自分も必ず老いるのだから。歳に応じて何ができるのかを各自が具体的に示していかなくてはならない。少なくとも70までは自己開拓できる社会にしなくてはこの国の未来はなさそうだ。

四拍手

 ハーンの「日本の面影」を読んでいる。日本の前近代的な伝統に興味を持った彼は、西洋文化に営業される前の民俗に注目しており、この著書にも様々な当時の習慣が描かれている。その中で、神社に参拝する人たちが柏手を4つ打つということが書かれていた。

 聞き間違ったのではないかと考えた。神社参拝の作法は二礼二拍手一礼と多くの日本人は考えている。拍手のことを柏手というのだ。その常識とは異なっている。

 でも、ハーンが暮らしたのは現在の島根県松江であり、この地域の参拝方法では現在でも四拍手なのだそうだ。ハーンはそれを描写していたのである。出雲大社では大祭のときは八拍手をし、それ以外は四拍手とするという。出雲大社が独自の信仰形態を持っていたことは古事記の伝承にも、他との違いが感じられることと関連するかのようで興味深い。

 西洋文化とは異質で当時の日本の知識人たちからは旧弊のように考えられていた日本の民俗文化に、どうしてここまで深い関心をハーンが持ったのかは興味深い。

ケイトウ

鶏頭、鶏冠とも表記されるケイトウは秋の季語ではあるが、実は5月から10月にかけて長い花期をもつ。今は暦の上では秋であるが、連日35度以上の真夏日が続いている。にもかかわらず近隣の花屋にはケイトウの鉢植えが並んでいる。店頭に置かれた鉢には強い日差しが当たることもあるようだが、特に問題はなさそうだ。

 この植物の原産地はアジアもしくはアフリカの熱帯と考えられ、本来暑さには強いようだ。そのため夏の園芸種としても歓迎されており、しかも秋まで楽しめるのだからよい。逆に寒さには弱いので冬越しはできず、あくまで一年草の扱いである。

万葉集には「カラアイ」として登場する。「韓藍」ということだろう。すでに園芸植物になっていたようで、山上憶良の歌に、

 我がやどに韓藍蒔き生ほし枯れぬれど懲りずてまたも蒔かんとぞ思ふ

 がある。カラアイには恋人の存在の寓意があるといわれているが、やど(邸前の庭)にカラアイを播種することがあったことをこの歌は教えてくれる。この花の鮮やかさは恋人の面影に比するにふさわしかったのかもしれない。

 同じ万葉集の、

 恋ふる日の日長くしあれば我が園のからあいの花色出でにけり

 ここも園芸種とみられるケイトウだ。そしての花の色合いは恋の歌にふさわしかったのだろう。

 鶏頭の十四五本もありぬべし

 という正岡子規の句は賛否両論ある。子規がこれを作ったのは1900年のことであり、早逝した俳句創始者ともいえる人物がこの世を去る2年前の作だ。写生の論を主張した子規にとって十四五本という曖昧さや「ぬべし」という推量表現が観念的だと考えられる理由になっている。でも、この作品の感動の中心は鶏頭そのものにあり、それが複数ある。手指にも足りないほど多くということで、鶏頭のもつエネルギーのようなものに圧倒されていることをいうのだろう。子規の人生と絡めてしまうと余計に痛切な意味を感じるが、それを入れなくともいい句である。

 鶏頭は古来から人の心を揺さぶる力を持っていた植物である。

落語の思い出

 落語は昔から好きだった。高校生の頃は寄席に行くことはできないので、NHKやTBSのラジオで放送されていた落語の番組をよく聞いた。それが始めであったせいか、いまでも音声のみで落語を味わうことが多い。

 大学生になって時間ができた私は、TBSの公開録音の応募にはがきを出して赤坂の放送局によく聞きに行った。その後は国立劇場の寄席に行き、新宿末広亭にも行った。その当時はほとんどが年配の客ばかりであったが、私のような学生風情も時折混じっていた。

 私が好きだったのがいわゆる古典落語だったこともあり、同じものを何度も聞くことが多かった。結末を知っていてもそこに至るまで展開が噺家によって違いがあり、その差異を楽しむのが面白かった。寄席の雰囲気も話の内容にかなり影響することも感じられた。

 落語は単純な所作がついても、ほとんどは話芸である。噺家が繰り出す話をじっくりと聞き、心の中で味わうということが、何よりも大事だ。様々な娯楽がある中で、落語の果たす役割は年々減退しているのかもしれないが、話だけで観客に喜怒哀楽の感情を引き起こすという話芸の理想を体現していることを称えたい。