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スポーツ界に学ぶこと

 最近日本チームや日本人選手の海外での活躍が多い。大谷翔平選手のホームラン王はその象徴的な例だが、ほかにもトップレベルで活躍する選手がたくさんいる。少し前のことを思い出すと、日本人は体格的に不利だとか、スタイルが悪いからだめだとか、様々な自虐的な自己卑下があったことを思い出す。それらはしょせん思い込みであったことになる。

 現在成功している分野では競技人口を増やしたり、将来を見据えた設備投資をしたりしたものが多い。幼少のころから少数のエリートを選抜して育成するというスタイルは日本ではとりにくい。裾野を広げることで可能性のある選手の現れるのを待つというのがこの国の在り方とみる。

 スポーツ以外でもこの方法はとらなくてはならないのではないか。科学者を育成するならば多くの科学好きを生み出すことが必要で、その中から図抜けた人材が出てくる。文学もそうだ。多くの人が創作体験をすることで達人が生まれる。かつての俳句がそうであったように、文芸のレベルを庶民にまで広げることは大事なことだ。そしてそれがこの国の底力であった。

 それなのに昨今は効率や生産性のことばかりいい、無駄な努力を嫌う傾向にある。本当に自分が好きなものを探させ、熱中させることこそ、この国のあるいは地域の未来を築くことにつながるはずなのだ。スポーツのように単純ではないが、でも世界を変えるためには決してエリート教育だけが必要なわけではない。

支えとなるもの

 何かに行き詰ったときに特定の神にすがるということを日本人はしない。一神教ではないからだ。それでは人間を超越した存在を信じていないのかといえばそれは違う。日本人は結構いろいろなものに神性を見出す。多神教かつ自然崇拝の日本型の信仰形態は世界的には珍しいのかもしれない。

 このような風土を培ってきた背景には過酷な自然条件がある。四季のはっきりした気候は恵みを多くもたらすが、反面災害も多く発生する。さらに地震や津波被害、火山活動など他の地域には少ない条件も加わり、常に崩壊の危機を感じて生きることに慣れている。現代のわれわれも東南海トラフ崩壊型の大地震の非常に高い確率を知っても冷静に日常生活を営んでいる。

 そういう風土に住むものとしては支えとなるものは一柱の神だけでは足りないのかもしれない。神もまた人間と同様に相互に関係を持ち合う多神教こそが複雑な現実の説明には適している。このような精神風土になったのは意味があったのだ。学生の頃にこのような内容の書籍をいくつか読んでそうかもしれないと思ったが、最近は実感として覚えるようになっている。

伝統文化

 伝統文化の多くは後継者不足に悩んでいる。高齢化も大きな要因だが、それ以上に文化継承の方法に問題があることが多い。

 どんなに価値あると評されるものでも、現在の私たちに何らかの価値を感じさせるものでなければ人生を傾けることはできない。それは実用性とか生産性などとは無縁でもいいが、他者を感動させられるか否かは大きな分かれ目になる。

 伝統文化を継承する人を育成するためにはこの感動経験が欠かせない。だから文化を守ることではなく、よく見せることの方が結果的に目標を達成することになる。そのためにも、多くの伝統文化に接する機会を儲けることが大切だ。

学者という生き方

 牧野富太郎の人生を調べると実に興味深い。日本植物学の父としての名声の裏にはさまざまなドラマがある。それは朝の連続テレビ小説で描かれるようなさわやかなものだけではなかった。

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 牧野は裕福な商家に生まれたため、経済的な問題は当初はなかった。ただ高知県の山間部では植物学を学ぶ環境がなく、かつ、一つの研究に専念できるような環境が地方にはなかったのが難点であった。彼はその難関を家族からの資金援助で切り抜けている。ただそのために家業が傾き、果てには廃業に追い込まれている。それでも植物学に熱中できたのは生まれながらの気質と研究への情熱の深さである。

 だから必ずしも周りの人物に幸福をもたらしていたとは言えない。むしろ周囲の献身、もしくは犠牲のもとに成り立っていたともいえる。そのような環境にあることを自ら受け入れ、研究を続けたのが牧野の才能といえる。一歩間違えば独りよがりな危険人物であった。

 学者という生き方にあこがれたことがある。学問に身を捧げ他を顧みないという生き方をした人に素晴らしい成果を残した人は多い。世事にとらわれず自らの知的好奇心の思うがままに研究を続けられることには羨望する。ただ、それは思うより易しいことではない。周囲ことを考えず熱中できることはもはやその人物の才能であり、それができない人は突き抜けることはできないということなのだろう。

 牧野富太郎だけではないが、優れた業績を残した人物の周囲にはそれを支える人たちの並々ならぬ努力が隠されている。

写経という学び

 中世の学僧が残した写経の展示を見てきた。写経が歴史の中では重要な修行となっており、多くの写経僧が存在したことは承知していたが、実際の文書を見るとその情念の深さが伝わってきた。

 写経のようにノートをとるなとはよく言われる。これは黒板の文字をただ写すだけでは学習効果は上がらないという意味だ。ただこれは本来の写経の意味を取り違えている。

 写経は経典をただ書き写す行為ではなさそうだ。写しながら学びとるものがたくさんあったのだ。写経を通して仏教の教えを体得するのだ。その意味で写経は決して受動的な行為ではない。

 現代でも写経に心の安定とか鎮静を意図して行うことがあるという。決して単なる書き写しではないなにかを感じているのだ。

夢の存在を崩した事件

 いろいろな意味でアイドルが注目されている。漫画の「推しの子」ではアイドルという虚構の存在が内側から描かれている。アイドルは人間がつくり出した理想形を現実に演じる存在である。そういう人がいたらいいと思うが本当はいない。そういう存在を演じることがアイドルの条件になる。

 昭和のアイドルにもさまざまな伝説や醜聞はあった。制作側がつくり出すイメージにいかに自分を当てはめるのかがアイドルになる条件だった。それに耐えきれず挫折する人や、そのイメージから脱するためにほかの方面に進む人も多数いた。また、手の届かない存在としてのアイドルとは別の、身近にいそうなイメージを演出するタイプの人もいた。これは現在でもその流れをくむタレントが多数いる。ただ彼らもまた現実にいそうでいない理想形のタイプの一つであるのには変わりない。

 現在ニュースを毎日騒がしているジャニーズ事務所の問題はもっとも知られてはならないアイドルの裏側を暴露してしまったことで大問題である。これまでの噂話のレベルの醜聞とは桁が違う。しかも当事者が物故した後にようやく露見するということは、多くの人が見て見ぬふりをしていたということになる。その意味では非常に構造的な大問題だ。

 アイドルという存在に夢を見ることができなくなる時代は大変残念なものだ。でも、過剰な期待を人間に求めるのは間違いなのかもしれない。そういう一種の絶望感を今回の事件は浮上させてしまった。私たちは何に自分の夢を求めていくべきなのだろうか。

スーツにスニーカー

 業界の人ならすぐに見破られてしまう格好というものがある。いわゆるスーツを着ているのになぜか運動靴を履いていたらかなりの確率でそれは学校の先生だ。特に中学校か高校の教師が怪しい。我々はよく自嘲気味にこの話をする。

 着せ替えパズルに失敗したかのような格好をするのは訳がある。教員という仕事はよき整容を説きながらもやることが多く忙しい。その中には荷物を運んだり走ったりすることも含まれる。だからスーツのような服を着ることと、スニーカーで走り回ることの両方の要求を満たすためにこの滑稽な姿が出来上がるのだ。もちろんもう一つファッションの呪縛がかかりすぎていない人物であるということも加わる。

 私もその業界人なので例えば合宿や試合の引率でこのスタイルをとったことがしばしばある。何度かの反省の上、黒いスニーカーやウオーキングシューズと呼ばれている靴は比較的チグハグさが目立ちにくいとわかり、私の持っている運動靴はみな黒い。

良く考えてみればこのヘンテコな組み合わせは教員としての仕事着のようなものであり、別に卑下するものではない。かつては上着を脱ぐことさえ失礼とされ、夏でもネクタイを外さなかった。時代とともにドレスコードも変わる。だから一流企業の会社員が高級なスーツをきて足元は原色のスニーカーという姿もいつか許されるときが来るかもしれない。だとすればティーチャーズコーディネートは最先端ファッションということになる。

今日は旧暦の七夕

 今日は旧暦の七夕である。歴史上、旧暦で七夕の儀礼が行われてきたほうがはるかに長い。今朝は雨だが、夜に牽牛と織女の星は見られるだろうか。

 七夕というと今では新暦の7月7日に行われるか、月遅れの8月7日のどちらかである。7月7日では梅雨の只中であるので、分かりやすいひと月遅れの8月7日の行事が生まれのだろう。しかし、実際の太陽太陰暦は年によって対応関係が変化し、今年の場合は8月下旬になった。

 七夕の星と言われるヴェガとアルタイルを含む夏の大三角形は今のほうが遥かに見やすい。東京ではよほど条件が揃わないと難しいが、天の川もこれらの星を頼りにして見つけることができる。

 七夕は他の節句と同じように元は中国の行事に遠因を持つ。それを日本の宮廷が行事化したものがさらに民間行事へと変化したものと考えられる。日本の場合は古事記や万葉集などに見られる棚機津女(たなばたつめ)との関係もあるとする説もある。もとは神を迎える巫女が関与する行事だった可能性もあるというのだ。さらに、禊の要素も含まれ、天の川を禊の川と考える地域もあるようだ。笹の葉を飾り、時期が終わればそれを捨てるという行いももともとはこれに由来するという。どの行事にもいえることだが、歴史ともに意味や位置づけが重層化していくのだ。

 短冊に願いを書く習慣は江戸時代から始まったと言われ、本来、詩歌や裁縫といった芸能や技能の上達を祈るものであったようだ。最近は学業の向上だけではなく、恋愛成就や平和祈願、果ては推しに会えますようになど牽牛織女の専門外の願い事まで書かれる。このスターフェスティバルとなった七夕はこれからも変化していくのだろう。今日はその本来の日であることを記しておく。

1字の商標

 Twitterの商標がXとなることで様々な話題が生じている。イーロン・マスク氏の独善ではないかという批判を含むものが多い。それとともにXというよく使われる一文字が商標登録できるのかという問題がある。

 Twitterの日本法人Twitter Japanは早速問題に直面した。そのままXにや置き換えることは利権上難しい。今のところJapanだけの表記になっているそうだ。アメリカの国内でもこの商標は多数あるはずだ。それらをどう処理するのだろう。

 日本の場合、商標法の中で「極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからならなる商標」は認められないと規定されており、商標審査基準では上記の認められない例としてローマ字については「1字又は2字」であったり、「ローマ字2字を「ー」で連結したもの」、さらに仮名文字については「1字」「ローマ字の1字の音を表示したもの」「ローマ字の2字の音を表示したものと認識されるもののうち、そのローマ字が商品又は役務の記号又は符号として一般的に使用されるもの」が挙げられている。このまま適用すれば、「X」も「エックス」も認められないことになる。

 名前というものはそれを名づけた人の思いや願いがある。それが商売と絡むとき様々な制約が出てくる。今回のX問題はそれらを考えさせられるきっかけとなっている。

旅行者の発見

 茅ヶ崎市立美術館で開催中のイギリス風景画と国木田独歩という展覧会を観てきた。独歩が最晩年に市内のサナトリウムで過ごしたことにちなむものだが、風景画とは何かを考えさせられるいい企画であった。

 独歩はワーズワースの詩の世界に影響を受け、「武蔵野」という詩情溢れる散文作品を残した。イギリスにはターナーなコンスタブルに代表される風景画を芸術の域に高めた歴史があり、その手法を独歩は学んだことになる。

 注目したのはイギリス人画家が描いた日本の風景が大変鮮やかであることや、何気ない街角の景が取り上げられていたことだ。逆に日本人が描くイギリスの風景も華やかさが自国の画家の作品より際立っていた。恐らく旅行者でなければ見えない何かがあるのだろう。

 かつて万葉集を学んでいた頃、大伴家持が越中の地名を盛んに歌作に残していることに注目したことがある。国守としての任期の中でしかも無縁の地をなぜ取り上げたのか。それは国守としての自負もあっただろうが、やはり異郷の惹きつける何かがあったのではないか。そんなことも考えさせられ展覧会だった。