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二月

 2月は短いがとても大切な月の一つだ。私たちの職場では次年度の準備が始まる。次の段階に移る前の最後のまとめのようなものだ。

 2月は如月。なぜそう呼ぶのかは分からないが、勝手に「気更来」つまり春の気がますます来るという意味と考えるようにしている。そして実はかなり寒い月も、逆に春を感じさせるためにあると考えるのである。

 この愛しい季節はいつもあわただしく過ぎていくが、今年は意識して季節の移り変わりを感じ、楽しみたい。

氷点下の朝

 寒気の南下の影響で今日も冷え込んでいる。朝の最低気温は氷点下になっており、都心部でもマイナス2℃らしい。私の住む郊外はもっと冷えている。昨日は北風が強かったが、今日は弱い。そして晴天である。典型的な放射冷却の冷え込みということになる。

 こういう場合に怖いのは路面の凍結だ。雨が降らない状況なので普通は凍らないはずなのだが、誰かがうっかり水をまいたりしたら大変なことになる。私は氷の上で転んだ経験が何度かあり、そのうちの一回は顎のあたりを打ってすこぶる痛かった。その痛みの記憶はしつこく残っていて、条件反射のように突然湧き上がることがある。寒いのは決して嫌いではないのだが、この転倒の記憶だけはなんとかならないものだろうか。

 今日もいざというときのことを考えて路面を見て歩きたい。絶対にながら歩きはやめたい。

カラスの準備

 2日ほど前からハシブトガラスの群れが早朝から騒がしい。この地域のゴミ出しの曜日でもないのにどうしてだろう。

 地域のゴミ回収日にカラスが狙うのはどこにでもあるはずだ。ゴミ袋を鳥にとっては見にくいといわれる黄色にしたり、ネットをかぶせたりしても巧みにつつきだし散乱させてしまう。しかし、その時点ではゴミ出しの曜日までは数日あった。

 集まっていたのは近隣の蜜柑が目的であったようだ。それまで見向きもしなかったのに今朝見るともう枝には残っていなかった。そして路上には大量の食べかすがある。なぜいまになってと思う。

 思うに今週の大寒波の到来を知っているのではないか。寒さによる消耗を見越して多めに食べているのではないか。それが拙い推論である。

 動物の行動が天候急変の予兆になることは数多く報告されているので、私も記録しておくことにした。

最低気温予想

 今週は文字通りの大寒の節気であり、最高気温が二桁に達しない日が多いという。ピークは明日から明後日のようで、特に水曜日(1月25日)の気温はかなり下がるようだ。最低気温の予想をみると、‐3~0℃の幅で各社が予報を出している。氷点下になることは確実だ。さらにこの日は最高気温も4~6℃の予報であり、この地域としては極寒の日となりそうだ。

 私にとっては寒さはそれほど苦ではないが、乾燥した北風がいろいろなことを狂わせる。おそらく一番の難関はこの乾燥であろう。コロナウイルスが5類相当に格下げされることがほぼ確実なようで、少しずつマスクを外すひとが出ている。しかし、このインフルエンザの季節が終わるまではしばらくは変わることはないだろう。さらにそのあとの花粉症もあるのでいつマスクが外せるのか個人的には分からない。

 今週はマスクは防疫の目的以上に防寒具となりそうだ。

大寒

 今日は二十四節気の大寒に当たる。このところ寒い日が続いているが、本格的な寒気は来週訪れるらしい。関東でも降雪の可能性があるともいわれる。

 富山ではこの頃、積雪が起こりやすく、注意しなくてはならない時期である。この時期の楽しみとして寒ブリがあった。脂身を多く備えた刺し身は高級魚扱いで簡単には食べられなかったが、なにかの宴てごちそうになったときの感動は忘れられない。ブリのような高級魚でなくても寒の頃に食べるスケソウダラやナンダ、ゲンゲなどの鍋は楽しみだった。もちろん立山や銀盤、幻の瀧といった地酒は欠かせない。

 寒の話がどこかに行ってしまったが要するに寒中にも歓ありということだ。こわばらず楽しくいこう。

月末は寒い

 週間予報を見る限り来週はかなり冷え込むようだ。関東でも雪の可能性もあるというが、基本的には乾燥した晴天が続くようである。

 これからの季節は受験や年度終わりの様々な作業がある。インフレにコロナウイルスとインフルエンザの不安など懸念されることが多い。それらに支障が出ないことを祈るばかりだ。

 この寒さに花をつける植物がある。したたかに生きることの大切さを学ぶべきだろう。

適湿

 このところ曇や雨の日が続いている。薄暗い昼間は陰鬱になると思いきや、意外と調子がよい。湿度が保たれているからだろう。乾燥した空気は続き過ぎると疲労感をもたらす。冬の雨もまたよし。

雨の前の景色

Photo by Quang Nguyen Vinh on Pexels.com

 遠くの山の景色がくっきりと見えるときは雨の前兆だ。北陸で暮らしていたころの経験である。科学的に証明できるかどうか分からないが、大荒れになる前の山の風景は鮮明で大きく見える。経験的な事実だ。とても美しくもある。おそらく、実測すればほとんど微差なのだろうが、実感的にはかなり大きく見えた。

 東京に帰ってからこのことを感じることはない。山を見ていないからだ。でもおそらく同じ現象はあるはずで、嵐の前には遠景が鮮明に見えるはずだ。ビルにさえぎられて切り取られた風景ばかりを見ているとこういう経験が味わえない。

 今日は久しぶりに雨が降った。未明の霧雨といった感じだが、湿度は久しぶりにあがった。おそらく昨日の風景はいつもとは違ったはずだ。できれば遠い風景を見る余裕は欲しい。

季節の往還

 これからしばらくは気温が上がるらしい。4月並みという予想も出ている。季節が変わるときには、行きつ戻りつの時期がある。その波のひとつなのだろう。

 心配なのは花粉の飛散だ。最近は対策薬でかなり症状は抑えられるのだが、いつ始めればよいのかは毎年悩む。今年もその時期になったということである。

冷え込み

 今朝は氷点下の冷え込みになっている。大分身体が慣れてきたようで数値ほど寒さは感じない。ただ、やはり冷気は肌を刺し、ときに大きな震えをもたらす。コートの綻びをものを大事にしているしるしと考えて、むしろ人に見せるようにしている。劣化ではない爛熟なのだ。いくつもの寒い時代を超えてきた誇りなのだと。