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左方上位は世界的には少数派

 雛飾りの置き方に関しては様々な意見がある。ただ伝統的な考え方では左の方が上位というのが日本の作法だ。令制でも左大臣の方が上位である。この作法は大陸から伝来したようだ。

 ところが中国でも元や清などの北方系の民族は右方優先の考え方である。欧州の大半の文化においても右が優先順位にあり、日本の左優勢は世界的にみれば少数派なのだという。

 普段の食事でも主食のご飯は左に配膳する。意識はしていないが主食にふさわしい位置を考えているのかもしれない。舞台でも役者から見て左側を上手といい、賞状などを受け取るときもまず左手を出す。日本文化には左上位の文化が根付いており、無意識のレベルからそれが刷り込まれるのである。

 雛人形は関西と関東では飾り方が違うという。関西は伝統的な左上位の並べ方をするのに対し、関東では右が上位ということだ。東京は欧州風の配列にならったと言われる。確かにいまでも海外に皇室が訪問したときは、欧州風の並び位置で対応するのだという。天皇ですら、気を使う。これが日本の文化のあり方なのだ。

 

花咲く春

 昨年の晩秋に植えていた球根がこのところ急に芽を出している。しかも毎日成長しているのが分かる。気温が上がり、雨も降ったので植物にとっては次段階へのキューが出たのだろう。花が咲くまでは楽しみな日々が続く。

 植物だけではなく、いろいろと仕込んできたことが形になるのがこれからの季節だろう。私にとっては日々の生活の中で少しずつ続けてきたことが評価されるのを待つ日々だ。このブログも随分続けている。そろそろ次の段階のための仕組みを始めよう。もっともきれいな花は咲かないが、私にとって少しだけ気が晴れる一瞬をもたらしてくれるはずだ。

 本当はただ連続しているだけの時間なのかもしれない。そこに春を設定することで私たちは随分救われるということは間違いない。

花粉症最盛期

 昨日からまともに花粉症の症状が出ている。鼻水が止まらない。例年、こうなるときが数日あり、次第に治まる。どうしたらよかったのか思い出しているが分からない。

 こういった問題は本当に深刻なときはあれこれ悩んでいろいろ考えるのだが、ピークを過ぎると急にどうでもよくなる。そのときのことを記録でもしておけばよいのだが、事態が収束したあとはそれが億劫にしか思えなくなってしまうのである。

 今回こそは記録をしようと今は思っている。ひと山超えて同じ志を保てているかは分からない。

梅花盛り

 実家の近くの古くからお住まいの家の庭先に見事な梅が咲いていた。白梅も紅梅も花盛りである。

梅花爛漫

 有名な梅園で観梅もよいが散歩先で出会う何気ない花もまた捨てがたい。今日もこの時期としてはかなり暖かくなり、いわゆる春一番も吹いたらしい。自然は季節という単位で更新していく。私もただ時間を見送るだけにならないよう、せめてこのブログで戯言を重ねたいと考えている。

気温上昇

 昨日から気温が急上昇し、日中は春の陽気である。それは嬉しいのだが、花粉の飛散も本格化したようで症状が出ている。対策薬を飲んできたのだがこれからはいろいろ気をつけなくてはならなくなる。

 明日も高めの気温で暫くは暖かさの恩恵と苦しみを味わう日々になりそうだ。

 

受光時間

 毎日つけている腕時計は太陽電池で駆動している。この季節は袖の下に隠れることが多く、充電状態がよくない日が続いている。僅かな受光時間で動き続ける性能に感謝している。

 ここ数日は高めの気温で推移する予報だが、それでもコートを着ずに出かけるのには難しい。枯れがれになっている時計にエールを送りながら自分も何とかしなくてはと考えたりもしている。

 2月も半ば、いろいろなことが終わり、始まろうとしている。

花粉症対策

 花粉症の対策薬を数日前から服用し始めている。私の場合はフェキソフェナジンの薬が合っているようで、副作用が少ない。かつてはこの時期は難行苦行の感があったが、いまはそれに比べればはるかに楽だ。子どもの頃は不治の病のように言われ、絶望的な気分になったこともあった。

 花粉の飛散の少ない杉への植替えが少しずつ行われているらしい。ただ、林業の分野も後継者不足と、木材の価格が逓減しつつある中で、手間のかかる植替えは進まないと聞く。恐らく私の人生の中では解決されないだろう。

 杉が日本の文化に果たしてきた役割は大きい。杉は日本の固有種といわれ、さまざまなな民俗の中で取り上げられてきた。そういう大切な樹であるからこそ、花粉症の問題は何とか乗り越えなくてはならない。

東京も粉雪

 今朝は東京でも粉雪が舞っている。今のところ積もりそうもないがこのまま低温が続くとどうなるか分からない。関東は雪の備えがないので少しの積雪で様々な障害が出る。今日は運転する予定があるので積もらないことを祈るのみだ。

 ニュースによると雪国の積雪は深刻らしく、北陸ではさらに70㎝の積雪があるかもしれないという。融雪装置が効かなくなるまでにならないことを祈る。屋根雪の除雪で事故になる件も多く報じられている。少しだけ雪国暮らしを経験した私にとってはその恐ろしさは実感できるものである。

 子どものころは雪が降ると心躍った。福岡に住んでいたころ、記録的な寒波の影響で北九州でも積雪があり、従兄弟のおにいさんが作ってくれたにわかのそりで斜面を滑ったことをなぜか忘れずに覚えている。おそらく大人たちはいろいろ大変であったはずだが、そこには考えは及ばなかった。いまは雪が降るたびに面倒なことばかりを考えてしまう。当然といえばそうなのだが、純粋に天気の変化に感動する気持ちがかなり薄れていることを思うのである。

 何はともあれ、この雪で痛い思いをする人が出ないことを心から祈る。

2月始まる

 2月は平均気温でみると1月に次いで2番目に寒い月だが、降雪の可能性は1番であるという。関東地方で積雪が起きるのは、関東の南海上を一定の距離をおいて低気圧が通過する必要がある。この条件がなかなか起こらないので、東京は雪が少ない。

 滅多に降らないので、雪への対策はほとんどなされず、脆弱なインフラしかない。12時間の積雪が5センチを超えると大雪注意報、10センチになると大雪警報が出る。数センチでも交通機関が麻痺し、転倒する人などが出始める。

 予報をみる限り、しばらくは関東南部に雪の降る予報はない。乾燥した寒風が吹くだけだ。しかし、今後はいつ降雪があっても驚かないようにはしておきたい。

朝日のかげ

 平日は毎日同じ時間の電車に乗る生活をしている。だから日の出の時間が少しずつ早くなっていることを実感できるのである。

 今日の東京の日の出は6時44分だったようだが、これは冬至の時よりも3分程度早い。そのくらいの差ならよく分からないはずだが、従前の理由により気がついてしまうのである。車窓から見える風景の明るさや、朝日が作る陰影の具合が少しずつ変わっている。

 これからは変化の割合が大きくなる。3月頃に日が延びたと感じられるのはそのためだという。春が来たという実感と花粉の季節の到来が同時に来る。

 朝のルーティンはこのところ固定している。あれこれ考えないのは楽だが、日々の刺激というかそんなものが消えてしまった気がする。だから日の出時刻の変化を感じるのは私にとって実はとても大切なことなのだろう。