餃子の思い出

 日本では中華料理の代表と考えられている餃子だが、私たちのイメージする餃子とその起源である中国の餃子とはずいぶん違うもののようだ。言ってみれば日本風餃子が私たちのいう餃子なのだ。薄い皮に大蒜やニラをたくさん入れて作ること、焼いた後で酢醤油などを付けて食べることなどが和風なのだそうだ。

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 子どものころ我が家に手作り餃子のブームが来たことがあった。母が中身の餡を作り、肉屋で売っている餃子の皮を使ってそれを家族みんなで詰めた。欲張って入れると皮で包むことができないし、少なすぎると満足できないものになる。その塩梅を少しずつ学んで家族全員が少しずつ作れるようになっていった。できたものをフライパンで焼くのだが、最後に水を入れて蒸し気味にすることなど母は得意な料理だった。

 一人5個もあれば十分なはずだが、当時は食べ盛りであったこともあって数十個食べたこともあった。残ったものは冷凍してまた食べたこともある。母としては家族で作れる楽しさと比較的安価で満たされることなどを計算していたのだろう。多い時には週に一度はこの手作り餃子を食べていたこともあった。

 その後、冷凍食品の餃子が普及し、価格も下がるとこの手作りの家庭行事は徐々に少なくなった。それよりも我々の異常な食欲が一般人のそれに近づくようになっていったことが原因だったのだろう。いくらでも食べられるような気がした日が今となっては懐かしい。

整体にまだ行けていない

 いわゆるボキボキ整体というものに対して一定の憧れがある。学生時代に激しい肩凝りを感じ、それをストレッチによって幾分解消できると知り、クラック音のなる整体に憧れるに至った。

 ただ、私は根本的にケチであり、実証性の劣るものには金銭的な費えをしないという方針が身についていた。だから、数十分で数千円もする整体に行ったことは一度もない。

 自らそれに近いことをすることは学生時代に覚えた。首を伸ばしたり、肩や腰を意図的に曲げたりしてストレッチ効果を狙った。その際、しばしばクラック音がすることがあり、それが一種の達成感になることもあった。それが根本的な治癒にはならないことを何となく知りながら、それ以上を考えない思考停止があった。

 恐らく二足歩行を始めて以来、人類がその後に受けることになる苦しみは、どの人類にも共有されていたはずだ。整体が必要とされるという幻想も恐らくはその苦しみに耐えるための方便の一つに過ぎない。

ファーストなる甘言

 何とかファーストという政策があちらこちらで見られる。これらに共通するのは自分たちの権利が不当に侵害されており、失われた取り分を回復するという主張だ。その背後にはそこはかとない喪失感がある。





 この考え方は不遇と感じる人々に共感される。現在の日本の状況では上手くいっている人は僅かであり、程度の差こそあれ、何某かの不満を抱えている人が多い。彼らにとって自分を含むグループがファースト扱いされると言われると限りなく魅力的なものと映るはずだ。

 この考えの危いところは、すぐに排他的な思想に流れる可能性が高いことだろう。自分たちがファーストであり、他はその他大勢に過ぎない。自分たちが正義であり、他は邪悪な存在だ。そういう結論に行き着く。

 日本人ファーストをうたう政党がいま支持率を上げている。彼らの言うことには一理あるが、しかし現在の日本が外国人労働力なしには成立しなくなっていることに対して一切触れない。あたかも日本人だけですべてができるようなことを夢想して、平気でファーストなる甘言を振り回す。そして、それにつられる人が多い。民主主義のデメリットが残念ながら表出している。

 アメリカファーストの大統領は、同盟国も含めて日々信頼を落としていることに気づいていない。彼は任期が終われば幸せな老後があるかもしれないが、信頼の失墜したアメリカの斜陽をもたらしたことを後世の歴史家は語ることになるかもしれない。

 都民ファーストなる政党は今の都知事の元では何とかなるかもしれないが、東京の優越をよく思わない非東京の勢力が発言権を持てば窮地に陥るかもしれない。都民ファーストといっても都民への恩恵は僅かであり、政権維持のための補助機能に過ぎないのだから。

 ファーストという言い方を裏返すと、ファースト以外みな疎外という考えである。差別主義を婉曲的に述べた巧妙な表現だ。今後の世界が分断し、互いがファーストを主張したときにどのような状況になるのか。想像するにそら恐ろしい気がする。

それなりの走り方

 短期記憶は25歳ごろにピークを迎えるという説がある。また情報処理の速度は19歳ころがそれで、大学受験生がこの二つを駆使して入試問題を解くのは身体的にはもっともよい条件である時期であることになる。

 最近はこの二つにおいて劣等感しか感じない。ちょっと前のことを忘れ、それを処理する手際の良さもない。これは困ったことだ。一方で経験に裏付けされた記憶は70代まで続くらしい。つまり何らかの事情で脳に損傷を受けるまでは何とかなるという訳だ。今の私は最後の綱にすがっている状態であることが分かる。

 それでも決して諦めているわけではない。簡単なことができなかったり、過ちをしてしまうことに自分でも驚くことがある。でも、数年前までにそんな類の小さな出来事が続いたために、今は速度を落としてもやり遂げることにシフトしつつある。それが今できる戦い方なのだから。

 短期記憶はメモを取ることで補い、処理速度は機械の手を借りよう。先輩たちに比べれば人生の後半戦の助けは多い。そして、加齢を言い訳にせずに他人から見れば不格好であっても自分なりの走り方でゴールを目指すしかない。叱られても笑われてもそれしかない。そうしたことに対する耐性だけは身につけている。






枝分かれ

 この世界がいくらでも枝分かれするという理論がある。今起きていることは偶然の出来事であり、その他の可能性もあり得たということになる。

 自分の暮らす世界に関しては結果論としてしか語れない。自分の生きる世界を選ぶことはできない。そもそも世界を支配し、秩序をつくること自体、相当な困難がある。だから所与の世界で何とか生き延びるしかない。それが人生であり、運命なるものだ。

だから、自分が住む世界以外の別の世界があると想定することは本当に単なる妄想である。それでも考えてみたいことがある。少し違う世界に生きたら何が起こるのかと。それが創作の動機の一つになっている。

選挙を前に思うこと

 いつのまにか選挙は短期的な流行りを表すものになってしまった。自分が選んだ候補者なり、政党が自分たちに何をしてくれるのか。それが本当に実現可能なのかということに想いが至らなくなっているように思う。

 自公の長期政権が結局効果的な政策を展開できず、献金問題に代表される腐敗が蔓延しているのが、この問題の根本にある。ゴタゴタいうな対案を示せと豪語していた時代ははるか昔だ。今は与野党ともに現状打開の政策を打ち出せない。だから少数政党が次々に生まれ、その中には中長期的な見通しがなく、むしろ当選によって得られる利益を狙った選挙ビジネスと揶揄されるべき輩もいる。

 新政党の中には弁舌巧みなものもあり、ポピュリズムの時勢を利用している。その主張は一見正しいが、ここの発言を集めて総合的に評価するとかなり怪しいものがある。私たちの多くはその余裕がなく、出たところの発言に一喜一憂する。民主主義の弱点は史上何度も露呈しているが、現代はこの上位互換版が進行していると思われる。

 政治家の皆さんには是非、国民に分かりやすく、かつ甘言のみならず必要ならば厳しい指摘もしていただきたい。口説の徒を見抜く力は少しずつ獲得されつつある。容易に騙されることのない市民がもっと多くならなくてはならない。

七夕

 新暦の七夕は今まで梅雨の只中で星祭りとは無縁だった。しかし今年は晴れて暑い。ただ薄曇りになっているようで牽牛織女の逢瀬が見られるかは微妙だ。星の位置からしても旧暦の方がいい。一応見上げてみることにする。

水泳の思い出

 子どもの頃はプールに行った。実は入学した小学校にはプールがなく、水泳は親や親戚に連れられて行ったが泳ぎ方は分からず水浴びの域を出なかった。

 ところが転校した先の学校は水泳が盛んで泳げる距離や種目によって級が設定されており、その取得状況はキャップに付けるリボンの数で可視化されていた。小学二年生にして一等兵のみならず、上等兵や兵長クラスの同級生もいる中で私は無印であった。例えがよくないが当時の私の水泳の時間の緊張感には相応しい。

 そんな金づちを担任の先生には粘り強く指導していただいた。少しだが泳げるようになり、夏の終わりには1本線が増えたことを覚えている。私の今を作ってくださった恩師である。

 プールにはしばらく行っていない。いまも泳げるだろうか。少し心配だがいつか試してみたい気もする。

強ければいいというものでもない

 合理的なのと現実的なのは違う。自らが築いた理と、他の誰かが築いた理が異なる場合はさまざまな問題が生じる。ルールメーカーが誰なのかによって世界の状況が変わってしまう。

 柔道は世界的なスポーツになった時点で別次元に移行した。もともと体重別の概念はなく、柔よく剛を制すの理念のもとに行われていた。だから身体の大きさの違いを勝敗の言い訳にはしなかったし、小兵が大柄の相手を倒すことに理想を感じた。

 柔道がオリンピック種目になった時点で、身体的公平性が重視され、一本勝ちは勝ち方の一種になり、有効なり効果といった部分点で勝負することになった。点数の累積で勝敗が決まるのはレスリングなどと同じで、行動の数値化が勝敗の尺度となった。

日本の伝統的な勝敗観は少し違う。累積した点数の差よりは、どのように戦ったのかという質的な差違、あるいは不十分な条件の中でも戦い続けた態度なり意識が評価の対象となる。巨万の富で有能な選手を集めたチームより、独自の努力によりそれらの強敵と戦うチームの方が高評価を得るのはかようなメカニズムによる。うまく勝つのではなく、きれいに勝つことに関心があるのだ。

 だから強ければいいという訳でない。どのように戦い、どんなドラマが展開され、何が起きたのか。日本のスポーツの伝統的な観衆はそこを期待している。

震災デマ

 トカラ沖で地震が群発している。例の漫画家の震災予告と偶然近場で起きているので、気味悪がっている人もいるのだろう。

東日本大震災の後、日本各地で起きた地震の記録を見ることが暫く続いた。三陸沖の余震は数多く、中には緊急速報レベルのものもあった。その他で多かったのが熊本付近と能登付近、そしてトカラ沖だった。熊本や能登では大地震が発生したが、後付けであれが前兆だったとは言えるが、リアルタイムでは分からない、それほど日本では小さな地震が毎日あちこちで起きている。

 トカラ沖の地震は小規模なものが長く続くのが特徴だ。今回、大きな地震になっているのは珍しい。ユーラシアプレートの下にフィリピンプレートが沈み込む位置にあるのが地震多発の原因らしい。

 なのでこれが予言の結果というわけではない。もともとここは多発地域なのだ。日本で大災害が起きるからといって航空便がキャンセルされる事態になっているようだが、デマに過ぎない。

 ただ、日本はもともといつ大きな地震が起きてもおかしくない地理的条件にある。大震災は明日かもしれないし、数十年後かもしれない。日本に来る人はその点は覚悟してほしい。言えることは、地震があるのが当たり前の国では、他国より地震の被害は食い止められるということだ。

 震災デマを信じて日本に来ないのも一策だ。ただ、「その日」を過ぎても日本はいつでも地震や台風などの天災に襲われうる。にも関わらず、ここまで発展できた訳をお知りになりたいのなら、ぜひお越しいただきたい。きっとお分かりになるはずだから。