ハイリスク

 宝くじには当たったことがない。正確には一万円ならあるが、それもかなり前のことだ。今年も年末の宝くじの宣伝がしきりだがどうしよう。

 くじの当選確率は恐ろしく低い。2階からコインを貯金箱の平たい穴に入れるようなものだ。まずは当たらない。しかし、万一当たれば支払額によりはるかに多い見返りがある。ハイリスクにしてハイリターンの典型だ。これはあくまでおまけとして考えるべきだ。当たるかもしれないと夢見ることが楽しい。本当に当たってしまうとかえって人生が狂ってしまうかもしれない。

 それよりも地道にやるのがよい。ただ最近はノーリスクではノーリターンどころか損失が出る。リスクをとってもやるべきことはやろう。そう考えて時間と学習に投資することにした。成果はあるのか。ないかもしれないが、宝くじよりは手応えがあるとは言えるかもしれない。

ライブに

何でもネットで手に入る時代に実演者が価値を見出すことはどこにあるのか。それはやはりライブの醍醐味以外にはないだろう。

情報はたとえばYoutubeのような動画サイトでいつでもどこでも取り出すことができる。それが数年前のことであろうと全く問題はない。しかし、情報が取り出せるのと、そこに説得力を見いだせるのかということの間には距離がある。やはり我々は時空を共有したものに価値を見出すし、そうでないものはステレオタイプ的な価値観念のなかで図式化されたものの見方をしてしまう。

正しいか否かと言う前に、時空を共有できているのかということが判断の材料になっているのは確かだろう。時間や空間の制約を乗り越えた情報はなにか干からびていて、どんなに正しいとしても味がないような気がしてならない。それが個人的な判断を求める場面では劣勢になることもある。すべてを機械の判断に任せることはできない。少なくとも今の世代にとっては。

失敗があったとしても我々は目の前のパフォーマーに敬意を払うべきだ。時間と空間を共有する演者と巡り会えた幸せを噛みしめるべきだと思う。

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体調

 気温差があるせいなのか少し体調を崩してしまった。発熱や風邪症状ではなく、感染症ではなさそうだ。単に疲労しているのだ。

 身体が冬のモードへと切り替わるとき、これまでもこのような症状になってきた。天候同様、私の中にも嵐の通過する日があるようだ。

 冬は決して嫌いな季節ではない。引き締まるような感覚がいい。高村光太郎の詩を思い出す

やるべきことは

 やるべきことはやっておかなければならないと最近痛感する。もう少し上達してからやろうなどと考えているとなかなかできない。まさに拙速を貴ぶのである。

 私の場合、物事に取りかかるのが遅い。慎重といえばそのとおりだが、代りに得られることも限定的だ。後回しにしてよかったこともたくさんある。ただ、最近、自分の心身や気力が下降していることを感じている。やるなら少しでも条件がいい今がいいと考えるようになった。

 能力、才能の拙い身でできることは限られている。でも、できることはまだたくさんあるはずだ。それを一つずつ実現していこう。

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連続する地震

 関東地方てほこのところやや大きな地震が続いている。今日は未明と早朝に山梨県付近を震源とする地震が相継いだ。私は専門家ではないので以下述べることに全く信憑性はない。

 この地域を震源とする地震は年間を通して頻繁に発生しており、特別ではない。複数の地盤がぶつかり合う場所の近くであり、緊張が起きやすい場所なのだ。だからこれがすぐに大地震の前兆であるとか、富士や箱根の噴火に繋がるものではないと思う。

 ただ、長期的な観点ではこの地域に限らず、大きな地震が起きる可能性はどこにでもある。その時の備えをどのようにするのかは考えておくべきだ。

 個人的にはものの所有を少しずつ減らしていく必要があると感じている。私は捨てられない気質でなんでもとってあるが、そろそろ見切りをつけることにしたい。本当に残しておきたいもの以外は、処分するか寄付することにしよう。地震などの天災はそういうことを考えさせるきっかけなのかもしれない。


顔パス

 とある外食業界で支払い時の顔認証システム導入の報道があった。今のところ希望者が企業の認証システムに自分の顔を登録し、商品の支払いに顔認証を選択するとクレジットカードやバーコード提示をしなくても決済まで可能ということだ。未来社会構想に近づいた感がある。

 顔がマイナンバーなどと結びつけられ、それが金融機関に提供されるようになると、方方で顔認証決済がなされるかもしれない。顔パス時代になる。レジ係はいらなくなるか、客を気分よくしてくれるウルトラ会計担当しか残らなくなる。あとは梱包を手早く美しく安全にやるサッカーが必要だ。それも機械に乗っ取られる可能性がある。

 顔バスが実現するためには個人情報保護が問題だ。しかし、この流れではプライバシーの問題は後まわしになる気がする。


未明の雷鳴

 前線が通過した影響で未明に激しい風雨があり、雷鳴が複数轟いた。床の中で突然の轟音を聞くと非常に驚く。

 北陸に住んでいた頃、この季節はしばしば雷音に動転した。日本海側では積乱雲がこの時期に発生しやすい。時には強い降雪を伴うこともあった。夕立とは逆の印象である。

 晩秋や初冬に轟く雷鳴は季節の変わる指標であり、新たな季節の開始を告げるファンファーレのように聞こえた。関東にはさほどの例はないかもしれないが、今朝の雷雨はそれに当たるものと考えている。

 折しも今日から師走である。正月を迎える前に済ませておきたいことがいくつかある。どれだけできるのか。何をし残すのか。それが今の一番の関心事である。


優先順位

 私はつくづく要領が悪い。優先順位が気の向いたものにあって、重要度や締切順になっていないことが多い。だから、仕事量の割に焦りが多い。これが非効率ということだと痛感している。

 ただ、ひねくれ者である私はこれでも仕方ないという気がしている。効率のために気分とは逆のことはできない。私は機械ではないのだ。そんな言い訳をいつもしては毎日過ごしている。

 あるいはこの非効率を楽しんでいるのかもしれない。相当に非健全だが私にはこれがあっているのかもしれない。

国際封鎖が起きても

 オミクロン株の正体が分からないまま、混乱が生じているがこういう時こそ冷静を意識しなくてはなるまい。南アフリカへの渡航について制限がなされることについて関係各所から様々な意見が出ている。いまは状況を把握するまでは停止するべきだろう。差別とは無関係だ。

 逆も考えなくてはならない。日本が同じような立場になった時、各国は日本への渡航や日本人の入国を拒否することになる。仮に日本が実は発症国ではなく、たまたま他国では発見されなかったのが、日本の病院で発見報告されたとする。その場合も一時的には日本への出入国は制限されることになるはずだ。

 ただ、すでに例えば香港でも症例が発見されていることを考えれば、すでにオミクロン株は南アフリカ共和国だけの問題ではない。いまさら鎖国をしても何の意味もないことは確かだ。事実を把握するのには時間がかかるが、一時的に国際封鎖のようなことが起きる事実だけは考えておくべきなのだ。

 たまたま今の日本は新型コロナウイルス感染者が激減しているだけであり、すぐに次の波が来る。その時にまた新しい変異株が発生することも考えられる。科学者はそれにいちいち対応するワクチンや対処薬を作り続けるしかないし、政治家は国民の冷静さを保つような政策をとり続けるしかない。そして私たちは振り回されないように、世の中の動向を自分の目でしっかりと見ることだ。

コート

 昨日今季初めてコートを着て仕事に出た。急に寒くなったのである。

 折しも新型コロナウイルスのオミクロン株の脅威が繰り返し報じられる中での気温低下である。最近は猛暑の夏があり、それがだらだらと続いて、いつの間にかに秋が終わって寒い冬がくるという感じがある。春秋のゆたかな情緒が失われてしまった感じがする。

 コートを着て歩くことは個人的にはそれほど苦にならないが、やはり身軽の方がいいに決まっている。ただ、エネルギーを使って暖房を使い続けていては世界の危機につながる。コートは付き合っていかなければならないアイテムだ。