投稿者: Mitsuhiro

変わり続ける日本

 日本以前の日本というと自己撞着を起こしているようだが、研究者のなかには中世以前の日本と現在の日本ではかなり様態が違ったという人がいる。考古学的には平安時代くらいまでは現在の日本人とは形質的にことなる人が周辺地域にはかなり残っていたというし、文化的側面も時代によって異なることが多い。

 古事記の神話の中には大王族が支配する前の先住民族と思われる人の姿が述べられる。国栖とか土蜘蛛と呼ばれる異民族はまるで妖怪のような描写がなされているが、自民族との見た目の違いを誇張して表現したものと思われる。こうした異民族は平安時代ごろまでは少数であるが残っていたと考えられている。鄙には本当に異民族がいたのだ。

 和風といえばすぐに思い浮かぶのは和服であるが、平安時代くらいまでは今の服装とはずいぶん異なる。また一日三食の習慣、お茶を飲むこと、畳の上での生活なども平安時代には一般的ではない。私たちが考える日本風のほとんどがそのまま通用しないことになる。

 王朝交代がない日本の歴史を一つの流れとして考えることは間違っていない。ただ、その中身は時代によって大きく変化している。日本の文化は地政学的も歴史的にも周辺の状況に影響され、その一部を常に取り入れ、さらにそれを独自に融合して変わり続けている。だから時間が経過するごとに全く違う形になってしまうのが特徴なのだろう。日本式はこれですというスタティックなものはおそらくなく、常に変化を続けその都度融合しなおすというのが日本の特徴というべきなのだろう。

Before the establishment of the current Japan, significant differences existed in pre-medieval Japan. Archaeologically, pre-Heian period Japanese individuals exhibited distinct traits from modern Japanese, with varying cultural aspects. The mythical Kojiki references indigenous people predating royal rule, highlighting differences in appearance and customs. Traditional Japanese elements such as clothing, diet, and lifestyle significantly differed in the Heian period. Japan’s culture continuously evolves by integrating influences and undergoing unique transformations over time. This continual fusion and adaptation define Japan’s dynamic nature.

小雪

 夕刻の雨に白いものが混ざった。これが雪ならば初雪ということになる。すぐに止んで何ものこっていないが。大学共通テストの日には天候が荒れる日がある。恐らく荒天の日を印象強く覚えているというだけなのだろう。能登の受験生はどうなったのだろう。明日も天候が心配だ。

年齢とともに獲得したもの

 子どもの頃は演歌が嫌いだった。短調で恨み言や我慢することばかりが歌われ、どの曲を聞いても同じように聞こえた。昭和の歌謡番組は演歌もいまでいうJ-POPも同じ扱いだったので、若手のアイドル歌手の後で演歌の大御所が歌うことは普通にあった。

 歳を重ねるにうちに演歌の味わいも分かるようになってきた。そして今風と考えていた当時の言葉で言うニューミュージックも演歌的要素がメロディーや歌詞に多分にあることが分かってきた。これは現在のはやりの曲でも同じことが言える。

 少年時代に演歌がなぜ受け入れられなかったのか。語弊を恐れずに言えば日本人になりきれていなかったということになる。これは国籍の問題ではなく、心的傾向としての日本らしさといった意味である。生活がアメリカナイズされ、資本主義的な価値観で過ごす子どもはどうしても日本人が本来持っていた屈折した人生観を送らなくてはならない状況への健気な対応という心性への理解ができないのだ。

 演歌の精神が分かりかけたとき、かつての存在感はなく、もはや滅びつつあるものになりかけている。というのは言いすぎだが、少なくともかつての勢いはない。紅白歌合戦でも演歌のときには必ずおまけの余興が用意され歌を集中して聞くことができないものだった。

 年齢とともに理解できるものもある。いまの若者はシニアになったときに何に目覚めるのだろうか。

もしいま若者だったら

 街を歩いているとごく稀に自分の若い頃によく似た人に出会うことがある。もっともそれは私の一方的な思い込みであり、恐らくまったく違うはずだ。ただそこで敢えて妄想を止めずにいるといろいろな想像の枝が伸びてくる。

 もしいま青春時代を送っているとしたら、随分違う人生観に達しているはずだ。昭和の雰囲気とはまるで違う。物事に対する価値観もまったく変わっている。

 私の育った時代は立身出世のためには勉強するしかないと誰もが信じていた。一流大学、一流企業に進むことが成功者の頂点にあり、序列があって、その番外になれば脱落者のように考えた。この法則は今でもある程度は成り立つが必ずしも高学歴が人生の成功と結びつかなくなってしまっている。ある特殊な技能があればブレイクスルーができることが分かってきたのだ。

 ただしそれには才能と努力とが必要だ。単に技能が高いだけではなく、それを続ける胆力のようなものもいる。いまの若者には高い能力がある人は多いが、くじけず目標に向かう精神力というものに欠点があるように思う。そう思うのは昭和の時代を生きてきたからであり、もし今の若者として生きているならば自分を犠牲にして生きることに価値観を見いだせないかもしれない。

 何でもすぐに検索でき、ネット通販で取り寄せられる時代にどっぷりと浸かっていれば、探求する情熱は湧きにくい。できるだけ効率的に、つまり楽をして目的のものを手に入れることばかりを考える。そういうことに何の躊躇もなく毎日を過ごせるのがいまの世代だ。私はまったく馴染めない。

 いま若者だったらどんな人生観を持っているのだろう。こういう妄想は楽しいが、すぐに虚しいものとなる。人生は一度きりであらゆる仮想は無意味なものだから。

ありがとうと言いたい

 今年始めた新習慣に店で何かを買ったあとに必ずありがとうということにしたことがある。店員より先にいうこともあるのでさぞかし変な客だろう。

 我が国の接客サービスは世界的にもかなり高水準だと言われている。店員は極端にへりくだり、顧客に嫌な思いをさせまいと努める。涙ぐましいほどの態度をとるところもある。最近は正社員が減り、アルバイトがマニュアルに沿って行動することが多いが、それでも心ある者の振る舞いは素晴らしい。

 対して客側はどうだろう。概して傲慢極まりない。金を払っているのだから自分の意に沿う行動をすることは当たり前だと考えている。店に入る際も支払いするときもすべて無言で済ませる。仮に口を開いてもぞんざいで明らかに見下すことがある。

 昭和に大流行したお客様は神様です、というフレーズがある。これは芸能人側がいかに観衆を扱うかという意見表明をしたものであり、決して提供する側とされる側の立場の絶対的関係を述べたものではない。客は神ではないのだ。客自身が自分は上位にあると考えるならばおかしなことで、もしそう思っているならば根本的に間違っている。

 理屈をこねても仕方がないので、とにかく私は自分に何らかのサービスを提供した人に謝意を述べることにした。もちろん不快な振る舞いをしたものにはしない。当たり前のことをしてくれた人にはありがとうということに決めた。

 劣悪な労働条件で働いている人もいる。生活するために不本意に働いている人もいるはずだ。私とて完全に満足できる環境とは程遠い毎日を過ごしている。それでもやってくれてありがとう。その気持ちは伝えるべきではないか。ご賛同いただける方はやってみてほしい。店員がありがとうございました、と言ったらありがとうと言うだけだ。

 

再び風邪

 乾燥か続く東京の冬空は喉の調子を悪くする。残念だが一度回復した風邪にもう一度罹ってしまったようだ。今回は市販薬で対処することにした。

 風邪をひく原因としては夜間の冷え込みと口を開けて寝ることとが関係しているのかもしれない。いびき予防のテープでも貼ってみようか。

失敗を語ること

What is your mission?

 使命は何かと問われれば、自分の失敗を語ることだと答えたい。やりたいことはたくさんあり、それを叶える機会もあったが、その大半を取り逃がしてきた。それを失敗と言わずになんと言おう。

 若い世代にそれを伝えることを私の使命と考えている。これには2つの方面がある。1つはチャンスを逃すなというアグレッシブな助言だ。やるときは多少の無理は覚悟してやるべきだという話だ。負け惜しみではないがあのとき気づけばよかったということがいくつもある。成果は初めは緩やかでその後急進する。大抵の場合、初期段階の停滞に耐えきれずやめてしまう。

 もう1つは矛盾する別の助言だ。すなわち、成功などしなくてもやるべきことをやっていればいいという消極的なアドバイスである。気負う必要はない。人には器量というものがあり、できないことをやろうとしても無理なのだと言いたい。失敗の連続でもなんとかやっていけている。それを確認しておきたい。

 私は教員という仕事なので若い世代と話がしやすい。テストをしたり評価をしたりするのが現代の学校の先生の仕事になっているがそれはほんの一部なのだ。少し先に生まれた人間が後生にできることは何か、それを考え実践することが私の使命なのだろう。

和食で一番好きなのはラーメン

 コロナ禍が終わり、海外から日本に訪れる人が増えてきている。上野公園を歩いていると日本人よりも外国人の方が多いのではないかと思われるほどだ。中国語や韓国語、英語だけではなくさまざまな言語で話す人たちの姿が見られる。

 円安で物価上昇率が世界水準と比較すると緩やかな日本は海外からの旅行者にとっては魅力的に映るようだ。旅行者に日本に来た目的を訪ねた記事も多く読む機会がある。それによると異文化を実感できることが魅力だという。ほかの国にはない独自性があるのは歴史上日本が他国とは異なる文化の形成をしてきたことによる。

 中には日本の食文化に魅力を感じる人もいる。いわゆる和食は海外でも一定の評価があるようだ。しかし、この和食といわれているものをよく調べてみると興味深いことが分かる。ジャパンガイドによると訪日欧米豪外国人に最も人気のある日本での食事は、1位ラーメン、2位肉料理、3位小麦粉料理であるという。日本ではラーメンは中華料理の区分であるし、肉料理に含まれるとんかつやすき焼きなども本来外国の料理を日本式に変更したものだ。3位の小麦粉料理の代表はお好み焼きやたこ焼きなどであろうが、その材料の多くをアメリカなどの小麦生産業者からの輸入で賄っていることは周知の事実である。

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 いわゆる和食として日本人が考えるのは料亭などで出される会席料理の類であるが、この認知度はさほど高くはなさそうだ。よく考えてみれば和食と呼ばれているものに決まった制限はない。日本文化が歴史上海外の食物を取り入れながら変わっていき、いまも変わり続けているように、和食もまた変化を続けているのであろう。外国人に人気のあるラーメンも中国で作られているものとはかなり違っているらしい。だしの取り方や麺の作り方、ゆで方まで様々な日本化がなされて今の形になっている。そして、一口にラーメンといっても地域や店舗によっていろいろなものがあり、現在でも改良が続けられている。

 韓国では日式(日本風)料理といえば、トンカツやおでんなどだそうだ。アメリカ人は唐揚げや餃子、コロッケが人気であるという。いずれも日本人にとっては日本料理の周辺にある料理で和食そのものではない。和食は様々な海外の食文化を摂取し、それを日本風にアレンジして出来上がったものであることを再認識した。こうしたハイブリッドな成り立ちが多くの人に評価を受ける要因なのだろう。

比喩で描く現実

 古本屋でたまたま手にしたイタリアの作家、ジャンニ・ロダーリの小説『猫とともに去りぬ』を読んでいる。掌編小説集だ。

 ストーリーは荒唐無稽なもので、ファンタジーというジャンルになるのだろうが、そこに強いアイロニーが込められているのが面白い。たとえばフィレンツェが水没しかけているので、魚になることを選択した家族は、海に入って無事に魚になるのだが、魚体のまま人間とのかかわりを続けていこうとする。そしてある時、海底に大量に遺棄された未解決案件の文書を発見し、それを取り除くと海底にある栓が抜けて無事に海水面が下がったという。そんなような話だ。

 社会の現実を描こうとするとき、詳細に描きとろうとするとディテールの煩雑さに本質を見失うことがある。このような小説の手法をとると、伝えられることは限定されるものの、本質は伝えられるといえる。小説の持つ力のようなものを感じている。

中高生は公務員になりたいのか

 ソーシャルメディアのLINEを提供しているLINEヤフー株式会社の傘下にあるLINEリサーチが調査した中高生のなりたい職業という調査が発表された。一時期はYoutuberが首位を占めたがこの調査の結果はかなり変わってきている。現実的な人生選択が中高生にも迫られているのかもしれない。

 同調査によれば中学男子のなりたい職業の1位は国家公務員・地方公務員で、2位がスポーツ選手、3位が動画投稿者であり、中学女子は1位が教師や大学教授など、2位がミュージシャン、3位が校務員であった。高校男子になると1位は公務員、2位はシステムエンジニアやプログラマー、3位は医師であり、高校女子は1位が公務員、2位が看護師、3位が臨床心理士となっている。一見すると雇用が安定しており、社会的評価が高い職が選ばれているようだ。中学生の場合はまだ夢の要素の方が濃く、芸能人やゲーム関連業界、イラストレーターなどの自分の興味や趣味に関連するものが多く選ばれているが、高校生になると工業デザイナーや事務職などの安定収入の可能性の高そうな職が選ばれている。

 この調査はソーシャルメディアの利用者に対して行われたものであり、サンプル数も1047と多くない。かなりのバイアスがかかっている可能性があるが、それでも若年層の堅実志向はうかがえる。長引く経済的停滞と政策の失敗、さらに安定しない雇用状況などが若者たちに「無謀な夢」を見させられないのかもしれない。公務員を選ぶことは決して悪いことではない。選択理由の回答の中にも安定収入ではなく、社会貢献をあげているものもあるという。大切な志だ。

 ただいまの日本が求めている人材は社会の維持だけではなく、現状を超える何かを生み出すスキルを持っている者である。ランキング上位にあがる必要はないが、イノベーターを志す人がいてほしい。Youtuberなどの動画投稿者になりたいという子どもがふえたとき、世も末と思ったものだが、今考えると、自分の才覚で何かを切り開こうという考え方自体は尊い。今後現れる何らかの仕事で夢の追求、社会貢献をしてくれる若者が増えることを願わざるをえない。

LINE Research, a subsidiary of LINE Yahoo Corporation, conducted a survey on the desired occupations of middle and high school students. The results show a shift in preferences, with public service roles being popular. However, younger students are more drawn to dream-related careers, while older ones prioritize stable income. The survey reflects a pragmatic mindset among the youth, possibly influenced by economic uncertainties. Despite concerns about the popularity of careers like YouTuber, the determination to carve out one’s path is commendable, fostering hope for future contributions and advancements.