昨日、東京地方は最高気温35.1℃であったために観測史上最も遅い猛暑日となったらしい。この記録、まだ更新されそうなのである。
いつまで経っても終わらない夏、一昨日は中秋の名月であったのに秋はかなり痩せている。団子を供えても風情がでない。アイスとかラムネの方がいいと思うほどだ。
明日の最高気温予測は会社によって異なるが大半が猛暑日のアイコンをつけ、中には37℃というものまである。来週からは少しずつ気温が下がるようだが、夏の最後の足掻きは強烈なようだ。
日々の思いを言葉にして
投稿者: Mitsuhiro
父親の仕事の関係で渋谷区民だったことがある。最寄り駅は原宿と表参道だ。すぐ近くにある表参道はいまよりずっと静かで落ち着いていた。そこを歩道橋で渡って学校に通っていた。
表参道が静かだったのはデザイナーズブランドの店が並んでいたからで、高価すぎる服をウインドウショッピングする人が大半だった。同潤会アパートもその原因の一つだった。その静かさを突然破るのが暴走族と呼ばれた輩で、エンジンだけではなく、変なメロディのあるクラクションで周囲を驚かせていた。
原宿の近くに人なんか住んでいるのかとよく言われたが大通りを外れると細い道の住宅街が広がっていて、ちり紙交換のトラックや、チャルメラを吹いて豆腐を売りに来る自転車が通っていた。野菜や果物の移動販売は物価が高めのこの地域では住民に人気があった。
その後、歩行者天国が始まり、いわゆる竹の子族とか一世風靡とか色々な人たちが来るようになって、さらにタレントのグッズを売る店ができると大衆化が一気に進み、毎日縁日のような街になった。地方から来た中学生らしき男女のグループの一人に松田聖子の店はどこかと問われたことがある。地元民として場所は知っていたが、入ったことはなかった。人気があったのはとんねるず、丹波哲郎の大霊界、悪役商会などだったがついにどこにも入らなかった。
バブル景気が始まると小学校の同級生たちが転居して散り散りになった。いわゆる地上げのために嫌がらせを受けたというような噂がかなりの信憑性とともに語られた。
公務員住宅に破格の家賃で住んでいた私たちにとって、そういう経済学上の問題は距離を置くことができた。収入の低い家族にとって、いかに金をかけずに楽しむかは自然に身についたスキルとなった。
表参道や代々木公園にいけば見世物はいくらでもあり、こどもの私にとってはキデイランドで模型を見るのは楽しみだった。買えるのは年に数回で、それは申し訳なかった。金を使わずに楽しむという考え方はその時代に形成された。なんでそれを続けなかったのだろう。
渋谷区民時代を思い出すといくらでも話ができる。都心に住みながらも、結構質素な暮らしをしていたあの時代こそ、私の核となる人間形成の時期であった。バブル景気にも狼狽えず、様々な環境の激変にも耐えられたのはこの頃の蓄積ゆえだ。
自分で小金を稼ぎそこそこの生活をするようになってこの精神は挫けてしまった。数百円の節約のために駆けずり回ったあの時代の精神が再現できれば人生はもっと豊かになるはずだと信じている。
圧倒的に足りないのはその時限りの感触だと思う。それは常に一度限りの偶然のものであり、類型化できない。そういうたぐいの経験を現代社会はあまりにも蔑ろにしていると感じる。
AIが達成した生成技術とは人々の経験の類型化の産物だ。個々人の経験はあくまでその材料であり、平均から遠いものは外れ値として処理される。かけがえのない経験というものは注意深く除外され、最も確率の高い答えが採用される。だから、間違っていないと感じさせるとともに、どこか胡散臭い感じもある。
こんな時代に自分を見失わないためにはどうすればいいのだろう。他人と比べてこれが正解だと安易に考えないようにすることが大切だろう。ただこれにはリスクが伴う。社会的に正解と規定されたことから離れたことをすれば、それだけ評価が低くなる可能性がある。それでも自分の価値観を貫きたいと思うなら、もうそれは哲学の問題だ。大方の理解が得られるとは限らない。
自分の感触を信じて非効率、非社会的でも己の美学を通すのか、その逆でいわゆる効率的に生きるのか。現代社会はその選択を迫ってくる。
今晩の月は中秋の名月にあたるという。もっとも月齢は15ではなく、満月は明日だ。太陰太陽暦の15日が今日に当たるため、実際の月齢との差が生じている。これは歴史的には普通であり、むしろ名月が満月であるときの方が少ないようだ。

竹取物語には満月を見るのは忌むべきことという件がある。かぐや姫の昇天を前にした場面の話であり、その分割り引かなくてはならないが、おそらく古代のある時期までには月を直接見ることは避けるべきだという考え方があったに相違ない。禁忌と崇拝は紙一重である。おそらく月に対する信仰が頂点に達すると月を見てはいけないという考え方に結び付いたのではないだろうか。
月のない夜を闇夜というのはずいぶん詩的な表現に感じるが、人工的な光がない場所に行けば月光の明るさはとても頼もしいものに感じる。月光への依存はすぐに神格化につながり、それがやがては月光を直接見てはならないという禁忌につながることは容易に推測できる。
月の満ち欠けを暦として使っていた時代の人々にとって、月齢は農事暦と直結する。月が生活を支えるものと感じられるのは自然の成り行きだろう。現代人はこの点についてはすっかり忘れてしまった。月齢を気にしているのはそれが記されている暦かムーンページメントのついた時計の持ち主くらいだろう。おそらく月見の行事は貴族が発見したとしても、それを真剣に伝えたのは農民たちだと考える。収穫への感謝や来年への豊作祈願の思いがこの行事を下支えしてきたのだろう。
今晩月見ができるかどうかわからないが、この異常気象の中で何とか生活を保てていることをまずは感謝しようと思う。
水彩画を鑑賞してつくづく思うのはデッサンの能力が大切ということだ。目前の対象を2次元に変換することは容易にできるものではない。デッサンの文法とでもいうべきものを理解し、さらにその上の飛躍を狙わなくてはならない。
私は絵画を観るのは好きだが描く方はからきしである。それでもなんとか自分らしい表現はしたいと思い、稚拙なスケッチを繰り返している。その種の指南書も買ってなんとかしようとしたが今のところ、なんともなっていない。
おそらく、対象との向き合い方が足りていない。趣味の程度と考えている時点で真剣味が欠けている。本当に絵画で何かをしようという思いが圧倒的にない。画家の作品を観るとそれを痛感する。彼らの作品には人生のかなり多くの比率の凝縮したものがある。
デッサンというのは対象に対する画家の解釈を表すものだ。世界をどのように捉えたのかという解答のようなものだ。鑑賞する者はその解釈を通して世界を見る。そこに共感できれば表現は倍増する。
原稿用紙なりノートなり手帳なりに自分の考えを書き込むことがやはり大切なのだ。デジタルデバイスの普及で私自身もノートや手帳を広げる機会が減っている。
紙の上に書くのは、現状ではデジタルよりも曖昧で自由な情報がこめられることにあるのだろう。字の大きさや濃淡、不規則な線や、直感的な図など、完全に言語化しにくいものまでを紙面では実現できる。それが表現の多様性を確保しているのである。
作家の創作メモを文学館などで目にすると、細かいことまで設定しようとしていることが分かることがある。見たこと考えたことを言葉にして書き付けておくことが創作に繋がるのだ。
私も実は小さなノートをいつも持ち歩いている。ただ、広げても何も書けないことが多い。自分の考えを言葉にしきれないでいるのだ。もう一歩前に進まなくてはならない。
9月は連休が2回もある。これは設計ミスかもしれない。今年の場合、もともと連休を作るために日にちを移動してきた敬老の日に加えて、秋分の日も日曜に当たるため、振替休日が設定された。
休みが多いのはいいことだが、曜日ごとに決まったことをする職種にとっては、月曜が集中して削られて行くことは色々な不都合がある。振替休日がなぜ月曜なのかということを考えるべきだ。
日本は世界的に見ると祝日が多いという。それでは休みが多い国なのかというとそうとも言えない。日本の労働環境では個人が自分の休日を申請することが難しい。制度上は有給制度などがあっても、それを行使するには障害が多い。
祝日の多い我が国はそれがなければ休むことがままならない。もっと休暇を取れるシステムを各組織が取るべきなのだろう。