投稿者: Mitsuhiro

10%

 今日から消費税率が10%になりました。過去に税率を上げた後には大きな政治的動揺があったことを考えると今回はいまのところ静かです。

 1000円のものを買うために100円の税金を払わなくてはならないということはよく考えると大きな負担です。幅広く税を集めるというこの税法は弱者にも同様の痛みを要求します。さまざまな救済措置もそれを使いこなす知恵がなければ活用できません。この点の啓蒙活動はもっとやるべきでしょう。

 これが最終段階とは思えません。近い将来にさらなる増税があるはずです。それまでにお金の使い方扱い方に関する知識を向上させていくことが不可欠です。

半期終了

 9月は今日で終わります。年度で言えば折り返し地点に着いたことになります。日中の最高気温は夏日のままですが、それでも確実に季節は変わり続けています。

 改元の次の大きな変化として消費税値上げが明日に迫りました。少しずつ変わっていく状況に私たちは注意をするべきです。どうもただ日々を過ごすだけで終わっている。そんな毎日から目覚めなくてはなりません。

 自分が今どこにいてどこに向かおうとしているのかを確認する。9月尽はそのような一日にしたいと考えています。

起動

 自分のすることが誰かのためになると感じたとき、私たちはなにかしらの幸福感を覚えるようです。逆にいえば自分のために何かをするという考え方は内的な動機づけの要因としては物足りないということなのでしょう。

 ならば人をやる気にさせるためにはこの点を踏まえなくてはならないということになります。あなたの努力は将来のあなた自身のために必要なことなのだという助言はもっともな響きを持ちながら、実はあまり有効性は少ない。あなたのしていることが誰かのためになるのだという示唆がやる気へと繋がる可能性が高いということになります。

 人のためになるという言葉自体はよく聞くものであり、耳に心地よい響きをもっています。しかし、具体的にどのような役に立っているのかが示されなくては心象を結ぶことができません。恐らくよき助言者はそれを実践しているのでしょう。

 実際は他人のためになる行いだと実感できることはそれほど多くはない。年齢が上がるほど自他の行動を相互の利害関係という文脈で捉えてしまいがちです。金銭に換算してしまうこともある。だからこそときに利他的な考えに気づかせてくれるきっかけがいるのでしょう。

 この歳になってもさしたる業績もなく、恐らく何も残せない己を恥じ入りますが、せめて他人にやる気を起こさせる存在にはなりたいと考えています。

マイウェイ

 その人にはその人のやり方がある。その方法を極めることで達成できるなにかがあるということを時々考えます。

 英語ではwayにやり方、手段という意味もあるようです。日本語の道にも人生の意味を絡ませることがあり、道は人それぞれ異なるなどとたとえる表現があります。それぞれ違うはずなのにあたかも決まった幹線道路があり、そこを歩くのが正しいのかのように考えてしまうのはなぜなのでしょうか。

 他人を思いやる気持ちを捨てない限り、色々なやり方があっていい。それが結果的に他の人にもなることさえある。そんなことを考え始めています。

都民の日

まもなく10月1日。消費税値上げは困りますがさしたる対策もないままその日を迎えようとしています。この日は都民の日です。

 私が生徒だった頃、都内の公立学校は都民の日は休日でした。いまも続いているようです。なぜこの日が都民の日なのか、どうして休みになるのかなどまったく考えることなく、この日は無料になったり、割引制度が適用されたりする遊興施設に行ったものです。休みを選定した人たちの思いにおそらく背いていました。

 ただ共通体験を持つ日であったことは確かです。都民の日をいかに無駄に過ごしたかの話題は、一時の融和の機会をもたらしてくれるのです。

ガラケーの意味

 父が携帯電話を水没させてしまい買い替えることになりました。高齢者にとっては画面操作は難しくやはりフィーチャーフォンにしたいと考えています。

父の行動を観察していると、一つの画面を切り替えてさまざまなタスクを行うスマートフォンのやり方は難しいようです。やるべきことがボタン一つで行えるショートカットが欠かせません。さらにタップ、フリック、スワイプなどの動作は実は繊細な使い分けが必要です。それもスマホ普及以前の世代は理解が難しい。加えて指先の感覚が衰えていることや、老眼で焦点が乱れるのも操作を困難にしています。音声入力は発音の不明瞭さが阻害要因となります。

 これは将来の自分自身の姿であり、高齢化社会を邁進するこの国のすぐ先の状況でもあります。高齢者の視点、能力を考えた技術開発が必要だと痛感しています。いまのところ当分ガラケーの存在意義はありそうです。

引き算ではなく

 働き方を変えるという号令は少なくとも一部の企業には影響を与えています。どちらかといえばトップダウンの動きとして就業時間が短縮されつつあります。

 働き方が時間の問題とだけ捉えられると様々な弊害が起きます。時間短縮だけで業務内容が変わらなければ、結果的に緊張感が高まるばかりであり、かえって労働者のためにはなりません。業務そのものの見直しが不可欠です。

 以上のような議論は最近よく耳にするところです。この考え方の基本はマイナスにあります。溢れ出している労務の削減ばかりが注目されています。しかし、この考え方には発展的な志向性が見えません。現状維持事態が困難な状況にあって引き算ばかりを繰り返すのはいい結果をもたらさないでしょう。

 引きながらも実は強固になるという考えを持つべきだと考えます。単なる減算ではなく、同時により高度なシステムを構築するという気概が欠かせません。時間的にも人的にも限られた中で効果を発揮する方法の模索です。これは撤退というよりは新機軸の開発と考えた方がよい。

 働き方改革は新形態への転換のチャンスと捉えるべきだと考えます。

だまされそうに

 佐川急便からSMSで不在通知が届きました。本文にあるURLをクリックするとアプリをダウンロードするように導かれます。ダウンロードの仕方として出所不明のアプリのダウンロードを許可するオプションを発動させるマニュアルまでついています。

 これが詐欺メールであることは佐川急便のウェヴサイトで確認ができました。私はこの手のメールには慎重な方なのですが騙されそうになりました。私の持っている端末がガラケーでアプリのダウンロードができないことが今回はさいわいしました。PCでもアクセスしようとしたのですが、こちらはウイルス対策ソフトが発動して難を逃れることができました。

 人をだまして利益を得ようとすることは昔からあることですが、デジタル時代は相手の顔が全く見えないのでたちが悪い。無差別にまた一方的に危害を加える実に性悪なものです。気を引き締めていても心のすきを狙ってくるのが憎らしい。これからも感覚を鈍らせることのないようにしていこうと考えました。

南町田改装

改装の進む南町田駅

 東急田園都市線の南町田駅の改装が進んでいます。11月にオープンする近接のグランベリーパークという大型商業施設のために駅も変わることになりました。南北を分断していた鉄道に自由通路を渡してその中央に改札を造り、エスカレーターを設置しました。既存のエレベーターはそのまま使います。

 駅の北側はグランベリーパークの施設に直結しており、すでにいくつかの店舗の看板がかかり始めています。230を超えるテナントが入ると聞いていますが、果たしてうまくいくのか。注目しておきたいところです。

駅名は長くなります

 南町田グランベリーパーク駅と改称されて10月1日からは常時急行が停車します。ちなみに長津田、中央林間の各駅が準急停車駅になります。この辺りはいまだに人口増加地域ですから利用者には利便性が高まります。駅名が長くなることに関しては高輪ゲートウェイほどの反対意見は聞いていません。グランベリーパークという施設が実際に隣接していることや、住民以外はグランベリーパークを目的としてこの駅を使うことになるからでしょう。ただ、将来的には「南町田」か「グランベリーパーク」かその略称で通称されることになる気がします。

 https://gbp.minamimachida-grandberrypark.com/

感情に訴える

 情に訴える方法にはよい点も悪い点もありますが、少なくともその効果的な方法だけは知っておく必要があります。理詰めではなかなか事態が進まないことが多いからです。

 私たちは何かを伝えたいときに、論理的に構成されたメッセージを送ることを目指します。それができないと独りよがりで理解不能なものになり賛同者が得られない。最低限の論理的な型に乗っ取って話を作ります。

 しかし、論理性だけでは人は感動できない。その中に感情を動かす何らかの要素が必要になります。人が何に感動するのかは個人的な差異があり、特定できません。同じものをみても抱く思いは異なるからです。それでもある程度の共通性はあり、多数の人に共有される感覚があることも事実です。

 感情に訴えるメッセージを送るためには他人の感覚の傾向を日常的に観察しておく必要があります。他人は何に感動するのかを知ることが大事なのです。その意味で人間観察は大事なのでしょう。メディアで取り上げられている感情のツボをまねするだけでは得られない何かがあることを発見しなければなりません。