投稿者: Mitsuhiro

少し心配な

 このところ中規模の地震が時々起きています。地震があるのは日本にとっては宿命であり、それだけでは特段のことではないのですが、最大震度4程度の地震が関東圏で度々起きていることは少々不安です。

 東日本大震災を経験した者としてはこの程度の地震で狼狽する必要はないのですが、いわゆる東海や南海トラフの状況は心配です。ネット上には常に予知とか予言とか言うものが登場し、その都度外れているのです。そういうものを笑い飛ばせるときはいいのですが、不安が募ると余計なことまで考えるようになります。

 科学的にもいつかは大規模な震災が発生する確率はある水準で存在するとのことです。常に崩壊の危機を深層に抱えながら日常生活を営む日本人の心性を改めて考え直してみたいと考えています。

鳥の目

 この時代に何が求められているのかと問われたならばやはり俯瞰力と答えるべきでしょう。大局を見渡すことは永遠の課題であり、容易ではありません。だからこそ必要なのです。

 複雑で変化の速度が速い今日の社会では毎日の生活を追うだけで終始してしまいがちです。その中で時代の潮流を見失ってしまうことがあります。どこに向かっているのか、何が必要なのかということを忘れてしまいがちです。

 鳥瞰することが困難なのは人間の宿命かもしれません。すでに飛行機や宇宙船まで開発しているというのに、思考の中に定着できません。具体的にどうすればいいのか分かりませんが、大局を読む力は何らかの方法で鍛えなくてはならないと感じます。特に若い世代の皆さんにこの能力の獲得に関心を持っていただきたい。私もまだ諦めてはいません。

いい人もそうではない人も

 一人の生活が続いているとわからなくなることがあるかもしれません。私たちの周りには相性がよい人もそうではない人もいます。そんな中で暮らしていく中で人としての生き方が醸成されるのであってすべてが自分を作る源なのです。

 自分で何でもできるという思い込みを現代社会はもたらす要素をいくつも持っています。確かに孤立がそのまま死に至るということはありません。ただ、どんなに技術革新が進んでも人間が集団生活で生存を続けてきた事実は変えることはできません。群れの中で生きることで他の生物にはできない様々な困難を乗り越えてきたのです。

 距離を置くことが強要されている現状ではその能力は大きな障害を受けています。でも惑わされてはいけない。私たちは人類であることを思い出すべきなのです。

消えたマニュアル

 おそらくアルバイトのマニュアルにでも書いてあったのでしょう。コンビニエンスストアの会計時にお釣りがあると差し出した手を店員が下から支えるように持ち、小銭を渡してくれました。近ごろは接触厳禁とのことでこういう経験はできなくなっています。

 客の手を取り確実に釣り銭を渡すという方法はバイトを始めたばかりと思われる店員に多く、おそらく接客マニュアルか何かに書いてあったのではないかと推察します。若い女性店員にいきなり「握手」されたときには少なからず動揺しました。もちろん不快感を持たなかったのは言うまでもありません。誤解なきように申し添えると男の店員でも同じです。買い物をすることが人間同士のコミュニケーションであったことを思い出させてくれたからです。

 この麗しき接客術はいくつかの要因で消えてしまいました。一つは店員の釣りの手渡し技術はすぐに習得できるので、握手をしてくれる期間は短いということです。そしてそれよりも決定的なのがコロナウイルスの感染予防としての釣り銭のトレイによる返却というマニュアルが前例を消滅させたことです。

 他にもキャッシュレス決済が促進され釣り銭自体がなくなったことも関係します。また店員そのものが不在のレジまで誕生しています。こうしてレジのぬくもりは絶滅していくのでしょう。

生活の矯正

 密を避けるための方策としてラッシュアワーを避けることが提唱されてきました。そのため私は少し遅く出勤することにしていました。明日からは通常勤務になりますので、生活を矯正する必要があります。

 実はこの期間も朝の目覚ましは通常通りにかけていましたので、起きることはできていたのですが、実際に身体が始動するまでには時間がかかっていました。やる気が起きるまでの間合いが長すぎるのです。これを明日からは最低限にしていかなくてはなりません。

 そのためにはできるだけ前日に仕込みを終えていくことが必要です。テレワークで学んだ前日仕込み、予約投稿という方法を実生活でもしていく必要があります。恐らくはこれが当たり前になるまでには身体が悲鳴を上げることもあるでしょうが、船酔いは航海につきものと考えて乗り切っていこうと思います。

人手不足であったことを忘れずに

 コロナウイルス対策のため営業自粛を強いられた企業は、雇用者を減らすことで危機を乗り切ろうとしています。しかし、人手不足であったために起きていた弊害があったことを忘れてはいけません。

 いろいろなことが機械で代替されている中で、様々な業種で業務のコモディティ化が進んでいます。価格競争で一円でも安くという方法ではその場で勝てても結局は先細りになってしまう。これからの時代に必要なのは価格だけではなく質の高いサービスです。そのサービスを提供できるのは熟練した社員であり、短期的な雇用では期待できることは限られています。

 他にはないサービスを提供できれば、顧客は価格ではなく幸福感に投資するようになります。もちろんあまりにも高額なものではだめですが、安いだけが取り柄の商法よりも上を目指すことで商機が発生します。このことを踏まえるならば人間を安く買う会社は今後かなり苦戦していくでしょう。コロナウイルスの打撃は深いですが、ここで人材を放出してしまったならば致命的な結果が待っているような気がしてなりません。

省略できること

 リモートワークが強いられた中で、奪われたことは数々ありましたが、逆に収穫もありました。その一つが仕事の整理がある程度できるようになったということです。これはこれからも変わらない生活習慣となるでしょう。

 リモートワークではできないことはやれないという割り切りが前提になりました。その中で本当はやった方がいいが省略もできるという項目が洗い出されることになりました。意図せず分かったことになります。この基準をアフターコロナの時代にも敷衍することは自然な成り行きです。

 仕事を絞ってできることに集中するという、当たり前だけれどもできなかったことができるやうになるきっかけを与えてくれたことはひどい神様の恩恵の一つと考えたいです。

目を見る

 マスクをつける生活をするようになって人の表情を読むことは難しくなりました。大切なのは目を見て話すことといいながら結構ハードルが高い。

 もともと目を見て話す習慣のある人は何を言っているんだという話です。私は他人の目を見る時間が相対的に少ない気がします。全体の雰囲気や口調などで総合的に把握しているといえばいい表現ですが、要するになんとなく捉えているのです。

 なんとなく把握するための情報源の多くをマスクが覆い隠している状態では、私のような方法は機能しない。そのためにも目を見るコミュニケーションが必要になっています。アフターコロナの改革課題の一つです。

現金逆風

 新型コロナウイルスの流行によって私たちの生活はいろいろな変化を強いられています。現金のやりとりについても注目されるようになってきました。

 あらゆるところで接触行為がはばかられる今、現金の受け渡しについても配慮が必要とのことでトレイに乗せて行う店が増えています。これは手と手が触れ合うことに対する対策と考えられますが、紙幣や硬貨に付着したウイルスについにはいかんともし難い。専門家によればその都度、石鹸を使えというのですが心理的抵抗感は残ってしまいます。そこでキャッシュレスの動きが加速する可能性があります。

 キャッシュレス化については産業界の要請によって推進されています。税制上の優遇措置は周知されており、FeliCaやバーコード決済の利用者は増えています。なんとかペイの乱立はその象徴です。現金輸送コストをさげたり、サービス提供側に消費者行動のデータが残ったりするメリットが値下げ以上の効果があるようです。

 ますます現金派には逆風が吹いているといえます。

人間の商品化

 人間の能力を数値化することで安心しようとする人がいます。そこには大きな落とし穴があります。

 組織にとって有益かどうかを測る人物評価の基準は様々あります。その中にはすべてを数値で表して座標軸上に人物を配置して比較対照の方法とするものもあります。この方法は一定の組織の中での限られた能力を測るには効果があるかもしれません。たとえば投手になるならばコントロールや球速、過去の戦績などが査定の際に参考になります。

 ただ、業務が多岐にわたる仕事の場合には使うべきデータが増え、その分評価の方法が複雑になります。また何を主軸に置くかでまったく違う結果になります。

 数値化された人物評価はそれがあたかも人間の能力の絶対値のようなふりをします。ロールプレイングゲームのキャラクターのレベルのように人間を階級化します。その値があくまである組織への適合性を測るだけのものであることを忘れてしまうのです。

 私たちは簡単には測れない人間関係の中で生きている。そしてそれは絶対値ではなく、周囲の環境との相関で起きる変動値なのだということを忘れてはならないのです。