投稿者: Mitsuhiro

鉄道網の上に立つ首都圏

 毎日利用している電車が事故のため一日中止まった。人為的ミスとシステム上の問題点が重なったようである。怪我人は出なかったというのが幸いだが、おかげで首都圏でも有数の混雑路線が使えなくなった。

 振替乗車をして職場へは遅刻することなく到着できた。首都圏は都心部から郊外へと走る路線が数多く存在するので、迂回ができるのだ。それらをつなぐ路線が大切であると実感した。

 鉄道網が東京圏を支えているのは明らかだが、今回のような事故があって始めて実感できる。今回は一つの会社の2路線のみの障害だったが、同時多発したときどう振る舞うのかを考えておかなくてはならない。

台風来るかも

 今日の未明に小笠原諸島近海で発生した台風22号は今のところは台風としては小型だが、今後発達する可能性もあるという。台風の恐ろしいのは強風と大雨である。さらに、それらが急に接近することも脅威である。

 それでもかつての航海者に比較すれば、わずかではあるが予報が可能であり、全くの不意打ちてはないことは事実だ。台風がくることが、予測されており、その意味では気が楽である。多くの船乗りが台風の訪れを知らずに遠洋の旅に立ち、帰らぬ人になっている。

 今回の台風は規模としては大きくはないようだが、比較的本州に近い場所で発生し、すぐに影響を与えるという点において要注意だ。被害が出ないことを祈る。

女性首相誕生へ

 高市早苗氏が自民党総裁に選出された。時期総理に指名されることは確実であり、憲政初の女性首相が誕生しそうだ。少し遅すぎたがようやく性別による偏重が解消されるきっかけが生まれたことになる。内閣にも少なくとも4名以上の女性大臣を指定してほしい。議員でなくてもいい。能力のある人がいればだが。

 ただ、状況は容易なものではない。少数与党となっていることは変わらず、野党との協力が必要となる。高市氏は右派の考え方を信条としており、靖国神社参拝問題はその象徴的な事実だ。連携できる政党は限られるし、韓国や中国との関係も考慮しなくてはならない。融和を標榜する石破政権は進歩は少なかったかもしれないが大きな損失はなかった。自身の信条に固執するあまり国益を損することのないようにお考えいただきたい。

 保守層の一部が新総裁の誕生を歓迎していることは確実であり、これを機に社会が活性化すればよいが、理念ばかりをふりかざし現実から乖離した政策を展開すれば、分断を生むだけだ。大いなる期待と不安を持たざるを得ない。

美しき日本

 ラフカディオ・ハーンの「日本の面影」に彼が赴任した島根の師範学校の様子が描かれている。学生の規律と勤勉さが賞賛されているのだが、現代の師範学校と言える大学の教育学部の学生との差はかなり激しい。

 ハーンの見た師範学校の学生は軍隊的な規律で統一されていたという。学費と一年の兵役を免除されていた学生たちは、それと引き換えに極めて自己抑制的、集団主義的な立ち居振る舞いを心がけていたようだ。ハーンはそれを美意識で捉えているが、現代の日本人からすればかなり窮屈で偏向した価値観に映る。教員となるものがかような一元的価値観で生活して良いものなのかと考えてしまうところである。

 ハーンはしばしば欧米との比較を行い、日本文化の独自性と優位性を論う。どちらが優れているのかという判断は個人的なものであるからそれ以上言うことはない。ただ、ハーンの見た日本のありようは晩年に精神的な理想郷を見ようとした心の作用の影響にあることは間違いない。

 ハーンにとっての島根時代がいかに豊かで素晴らしいものであったのかを、この「日本の面影」は伝えてくれる。ここに描かれた美しい生活は今の日本にあるのだろうか。

喉の風邪

 ここ数日喉の腫れを感じ、時々まとまった咳がではようになっている。発熱や倦怠感は少なく、その点はいいのだが、声を出す仕事をしているので甚だ都合が悪い。

 周囲を見渡すと同じような症状の人が結構いるようだ。伝染するものかどうか分からない。むしろこのところの日々の気温の変化の違いや日較差に対応仕切れない人が多いということなのかもしれない。

 これからも10月らしからぬ天気が続くというから、気をつけていかなくてはならない。

NHKネット時代

 放送法改定に伴うNHKのインターネット放送が始まった。とはいえ、これまでもいわゆるオンデマンドや見逃し配信などはあったのであるから、目新しさはない。受信料さえ払っていれば、テレビでもスマホでもリアルタイムに近い放送が視聴できるというだけである。













 今日、新しいサービスが開始されたが、ログインできない利用者が多発したようで、滑らかな移行は失敗したようだ。事前予告はかなり念入りだったのだが、実際に始めてみると早速トラブル発生である。これは克服しなければならない教訓だろう。ネット社会の脆弱性が露呈するとさまざまなことがたちいかなくなる。

 テレビ局の放送をオールドメディアと揶揄する向きもある。だが、自社のスタッフで独自の方針により、組織的な情報発信をする送り手はやはり必要である。無責任な自己本位な個人的メディアは玉石混淆であり、それを見定める能力がある人は限られている。

 NHKがネット配信も放送の一つとした今日はある意味、画期的な変節点なのかもしれない。

上半期

 今日で年度の上半期が終わる。大きな失敗はなかったものの、それ以上の上積みも乏しかった。後半戦でやるべきことを考えてみよう。

 本業についてはやるべきことが決まっており、ひたすらそれをそつなくこなすだけだから、ここでは考慮のほかとする。実際にはこれが1日の大半を占めるのだが。

濫読は最近滞っている。隙間時間に少しずつ読んでいこう。タブレット端末で電子書籍を読むことも最近は復活したが、紙の本の方が読む気になる。重いのが難点だ。読書は知的好奇心を維持するための最後の砦と考えている。とりあえず、毎月2冊以上を読み、読書ブログにコメントを書く。

創作としては短歌と詩を中心に、できれば散文を書いていく。これもノートに書き溜めたものから少しずつ公開しよう。いまさら賞を取るとか、褒められるとかそういうことは目指さない。公募に応募するがこれも続けるきっかけとしか考えていない。

趣味としては昔からやっているギター弾き語りがあるが、まったく上達しないので少し趣向を変えてみる。いわゆるソロギターのできる曲を増やす。ウクレレの独奏ももう少し何とかする。一五一会という新たな楽器にも挑戦してみたい。いつかは人前で演奏したいが私の演奏に耐えられる人は少ないかもしれないが。

メダカの飼育

 子供のころメダカを飼っていた。川で直接捕まえたものもあったが、金魚店で買ったこともある。売っていたのは大抵ヒメダカというオレンジの魚で、普通のメダカは買うものではなかった。いまはその当たり前にいたメダカの方が貴重になっているらしい。

 水槽に適当に小石を入れて水草を入れれば、あまり何もしなくてもメダカは生きていた。今はビオトープとかいうそうだが、アパートのベランダに放置していた手抜き飼育だ。勝手に産卵し、増えたかと思ったらいつの間にか死んだのもいて、そういう世代交代が何代か続き、ちょっとしたアクシデントで全滅したこともあった。

 メダカは身近な生き物でなぜか心が落ち着く効果を持っていた。いまは生き物を飼育する余裕がない。いつかまた鉢の中を見下ろす日が来ないかと考えている。

脚本の性差

 脚本を考えるとき女の登場人物にはいわゆる女性言葉を使う。語尾に「わ」「よ」などをつけて女性性を表現する。でも、それを聞きながら、こんな言い方を女はしていないと思うことがある。言葉におけるジェンダーの問題は深いのである。

 演劇は現実の反映であるが、現実そのものだとうまく伝わらないことがある。現実の性質の一部を誇張したり、省略したりしてそれらしさを際立たせる。短時間で限られた設備の中で、キャラクターを造形するためにはそうした虚構が必要なのだ。作る方も見る方もその約束のもと成り立っている。

 女の話し方にしても、年齢や性格、立場、話す相手、そのときの感情によって言葉遣いは変わる。これは男も同様である。こういう人はこういう話し方をするものという社会的な約束があるから、それを利用しているとも言える。だから、実際の言葉遣いはそれとは違うことが多い。

 一方で、たとえば演劇で語尾に「わ」のつくヒロインの台詞が現実の女性の話し方をある程度決めているのだとも言える。影響力が強いテレビドラマや映画などならなおさらだ。虚構が現実を規定することも同時に起きている。

 現実社会でも私たちは一人で何役もこなし、その都度、言葉や振る舞いを使い分けている。

文学談義

 先日、偶然訪れた喫茶店で懐かしい思いをした。出先ゆえ道案内もおぼつかないので、目に入った喫茶店に入った。チェーン店ではない個人営業の店に入るのは久しぶりだ。

 年配の店長らしき人のワンオペであった。装飾なども派手ではなく、いかにも喫茶店という感じのする昔ながらの雰囲気があった。自分が学生時代に行ったのはこのような店だった。

 少し離れたところに座っている学生と思われる3人組がしきりに話し合っている。聞こえてきたのは文学作品の評価についてであった。彼らにとっては近代文学は古典に属するようでその文体や、主題についての話がなされていた。これもまた懐かしい風景だ。最近の若者は文学作品について論じ合うことは少ない。本を読まないし、まして文学のような実用書ではないものは読む価値さえもないと考えているようだからである。

 彼らは文学部の学生ではないようだ。店の場所からして東京大学の学生の可能性もある。彼らに期待していうならば、もう少し学を深めて欲しいと思った。確かによい選択はしているが、読みが浅い。ガイドブックに書いてあるようなことを言いあっても、と考えた。実用的には見えなくても必ず何らかの世界観の形成には役立つ、かもしれないのだから。

 古いスタイルの喫茶店であったからこそ、かつて自分がそうであった頃の学生時代をつい重ねてしまった。チェーン店ではない店に行くのにはそういう効果がある。