月: 2022年12月

排除の罠

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 残念ながら見えない差別が広がりつつあるのを感じる。これが杞憂であればいいと思うが結構根深いものを感じるのだ。

 多数派が正義という図式は民主主義の悪い側面である。本当に正しいかを検証せずに、多くの人がなんとなく支持する考えを正義と考えてしまう。これは根本的な間違いにつながる。しかし、日常の生活においていちいち検証という工程などするはずはない。なんとなく時流と判断する各自の判断(というより印象)で是非を決めてしまう。

 最近、困るのはこの自分とは異なる考えに対する寛容性のなさである。多くの人はそう考えているが、別の考え方もあるというときに、これが排除につながることがある。排他性が発揮されるのはいくつかの条件がそろった時だが、これがいま起こりやすい条件がそろっている。

 ソーシャルメディアのような似非世論を見せるものが手元にあると、ネットの発言を基準にして物事を考えてしまう。よく考えればわかる。ネットに書き込むのは特定の条件の人だけであり、それ以外の人はROM(読むだけ)の状態だ。だから、書き込まれていることは世論ではなく、極端な意見の集合体に過ぎない。それを世論と勘違いする人が一定数存在することでおかしな事態になる。

 日本人は元来同調圧力の強い環境に置かれているが、それを増強するのが自由な発言の場であるはずのソーシャルメディアである。これを克服するためには各自のメディアリテラシーを向上するほかには方法はなさそうだ。TwitterやFacebookに書かれていたとしてもそれは少数意見であり、従う必要はない。そういう根本的なことをもう一度考えるべきだ。

JPCZ

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 強い寒気が南下し日本海側は強い風雪が起きているという。ニュースでは日本海にJPCZが発生していると言っている。あらたな気象用語だ。

 Japan sea Pola air mass Convergence Zoneの略称で日本海寒帯気団収束帯と訳されている。シベリアから南下した寒気がいったん朝鮮半島北部の長白山脈で分断され、それが日本海上で再度ぶつかり合うときに、低気圧のような渦が発生しやすく、それが日本列島に風雪をもたらすのだという。

 この季節の天気予報で紹介される雲の映像をみると、確かに大陸から筋状の雲が幾つも並び、それが日本海の真ん中あたりでぶつかり合って帯状の雲ができていることが分かる。

 JPCZという気象現象は大昔から繰り返されていたが、この名称で聴くのは最近のことのように感じる。特にアルファベットの略称は一般的には普及していなかった。それを最近のニュースでは盛んに使いだしているのは何らかの意味があるのだろうか。

 この用語は1980年代には生まれていたようだが、一般に知られるようになったのは10年前くらいで、メディアが一般向けに使いだしたのはここ数年であると感じている。専門用語が一般向けに使われ、一種の刺激的な警戒情報の材料に加わったのだと考えらえる。最近の気象情報には「記録的」とか「50年に一度」とか刺激的な用語で警戒を呼び掛けることが増えている。JPCZというよくわからないがなんとなく恐ろしい用語を持ち出したのもその流れかもしれない。

 ただ、この用語はやはり何のことか分かりにくい。「日本海の雪雲の帯」とか「吹雪の素」「吹雪の道」とか分かりやすい和訳をした方がいいのかも知れない。現れないに越したことはないが。

海辺の町

 北陸の小さな町に住んでいたとき楽しみの一つに漁港の周りを歩くことがあった。多くの漁船が並ぶ中で、カモメがいくつも並んでいたのを思い出す。波けしブロックにあたる波は夏は穏やかで、冬は激しかった。海辺にある魚屋は高級な魚種の販売を中心として、結構いい値段のものが並んでいたが、そのわきに切れ端のようなもんが詰め込まれていた。私はそれを買って帰って味噌汁の具にしたものだ。これが結構うまいもので、小骨に気をつけさえすればいい料理になる。パックは当時、かなり入っても100円だった。懐かしい。

 浜辺の方では時々地引網を引いていた。引き上げるとたくさんの魚が入っている。それを子供たちが興味深く見に来る。漁師たちは不愛想に金になりそうな魚をえり分け、そのほかのいわゆる雑魚は見に来た子供たちに分け与えていた。雑魚といっても十分な大きさと味もなかなかと聞いた。

 私は比較的時間に縛られない仕事をしていたので、昼間から漁港に出かけていた。漁師たちはそれを不思議に考えていたはずだ。残念ながら一度も話しかけたことはなかったし、話しかけられたこともない。今から思えばちょっと残念である。

支払いのデジタル化

 バーコードを出して買い物をする機会が増えた。ポイントをつけるものと支払いのものとか別のアプリになっているものもある。また、統合して一回の読み取りで済むものもある。

 会計のデジタル化の最終段階は顔や指紋などの認証と会計システムとを組み合わせることだろう。非常に便利だが、非常に気味が悪い。監視されていることを自ら許すことになるからだ。それでも最後はここにたどり着くであろう。

 現時点でもバーコードを出すことだけで時間がかかり手間取ることが多い。支払いのデジタル化は段階を踏むべきだが、今のままではいかにも中途半端だと言える。

詩歌

 詩歌は昔から好きで今でも駄作を作り続けている。なぜかといえば、詩歌にしか表現できないものがあるからだ。

 論理で説明することは。大事だが、それだけではどうしても表現できないことがある。そんなときは俳句であったり、短歌であったり、自由詩が気持ちをすくい上げてくれることがあるのだ。

 だから、いくら下手くそでも作り続けている。その器にしかもれないものがあるのだ。

新機軸

 新しいことを始める際には、いままでの経験を敢えて変えてみることも求められる。改善が原則だが、敢えて逆を試してみることも必要だろう。

 効率性なり生産性を重視ししすぎると冒険ができなくなる。一時的に起きる損失が大きい場合は特に躊躇する。致命的な失敗にならないのかと心配してしまうのだ。この範囲に留まる限り、新しいことはできない。

 逆に言えば新機軸を見つけるためには損失を覚悟して、更にその先を考えることが必要ということだ。始めなければ何も起こらない。まずはやってみよう。

 できたことを記録していくのも励みになる。それもやってみる。

音声入力

 今回は音声入力を利用してブログを書いている。 音声入力の精度はかつてと比べるとかなり良くなっている。 ただ日本語には同音異義語が多いために、なかなかうまくいかないことも多い。

 音声入力をしている場面はかなりおかしい。スマホに向かって独り言を言っている。 かなりな変人だ。それでもこれからはそういう場面に多く出会うだろう。

 ここまでの入力で、同音異義語や句読点が出てくるたびに引っかかっている。でも、それ以外の入力は比較的うまくいっている。私のようなだみ声で滑舌が悪くても入力できている。結構これは使えるかもしれない。

 音声入力で必要とされる能力に文字が正しいかどうかを見定める漢字力、表記力がある。この意味において漢字のテストの役割はまだ終わっていない。音声入力は意味のつながりを考えておらず、単に可能性の高い変換をしているのに過ぎないのだ。

 もう文字を覚えなくてもいいとか文章は機械に任せるとかそういう考えは今のところ通用しない。今後、さらなる技術の飛躍があって、音声入力がほぼ完璧になされるようになったら、次は話したまま、文章として成り立つように文章が組み立てられる能力が必要になるのだろう。

 どこまで行っても国語能力が必要であり、そうである限り文字を書き文章の構成を考える学習は必要であり続けるはずだ。

新しい試み

 脳科学者が発言する言葉にはどこか超科学の香りがする。もちろん、実証に基づく理論であることは分かっている。ものを考える仕組み自体を考えるという段階において私には手に負えない。

 だから、言われたことをある程度は鵜呑みにするしかない。最近気にしているのは前頭葉の衰退をいかに避けるかである。これは何か新しいことを行うときに活躍する部位であるそうだ。経験に基づき習慣化した行動をしているときは不活発になるという。脳が老化すると前頭葉の働きが落ちるらしい。

 これを避けるために新しいことに臆せず挑戦することが必要ということだ。失敗を恐れてはならない。その失敗経験が前頭葉を活性化するのだとか。ブラックボックスの部分を検証できず言いなりなのだが、結果的にはいまの私には向いている助言のようだ。日々これ挑戦。

地方都市

 人口減少が進むと都市への人口集中が起きやすくなる。インフラの効率化などを考えると、コンパクトにまとめた方がいいというのは理に叶っている。ただ、そこで気をつけなくてはならないのは多様性の損失だ。

 極論をするなら札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、広島、福岡に人を集めて、さらにそれを東京に集約するような流れを考えている人もいるだろう。その時代はそれで乗り切れるとして、持続可能な未来があるのかと言われれば大いに疑問だ。

 産業的に考えれば、地方の都市が果たしてきた役割を今後いかに代替するのかが考慮されていない。林業や農業、水産業に関することを担当する人は誰なのだろう。

 コンパクトに住む効率性の中で失われる多様性は大きな損失だ。色々な考え方なり行動様があって多彩なアイデアが生まれる。それが文化の力だ。

 ならば地方都市をいかに存続させていくのかが当面の課題と言える。単に巨大都市を作ればいいという訳ではないのだ。

低温乾燥

 このところ気温が下がり乾燥した天気になっている。風邪をひく人が増えた。問題は乾燥の方で様々な健康障害をもたらすようだ。

 寒さにはある程度耐えられるが、乾いた空気がいかんともしがたい。雪国から来た人は多くがこう話す。体感に大きく作用するのは湿度の低さであるようだ。肌の表面から感じ取る冷たさの度合いが変わる。

 喉の乾燥はウイルスの感染にも関わるようで、コロナウイルスだけではなく、インフルエンザも同時流行の気配があるという。しばらくは辛い季節となる。