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密かに消えていく

 この時期だからかもしれないがテナントから消えていく店が最近目立っている。もともとあった景気停滞にコロナ禍という負担が加わり、インバウンドも期待できないとあれば小さな店ほど耐久力が及ばなくなるのかもしれない。

 密かに消えていく店の中には、個性的な品揃えや接客のうまい店員のいた店もあった。もう少し利用しておけばよかったのではなどと詮無きことを思う。私の消費だけでは何にもならなかったはずなのに。

 ただ思う。これからは単なる競争原理に任せていると割を食うのは自分たちだと。いい仕事をしている商店は日頃から支えていかなければなくなってしまう。残るのは可もなく不可もないものばかりになると。

再発

 緊急事態宣言が解けてから、感染者数が増える傾向にあるという。人の動きが活発になればリスクは増えるのは当然だ。

 医療機関などで病床が逼迫する状況は各地で見られるという。ワクチン接種に係わる医師や看護師も必要だ。彼らに過度な負担をかけないように予防には努める必要がある。

 同時に自粛だけが予防法出ないことを知るべきだろう。経済活動が止まれば社会システムへの影響が出る。それが不安を引き出すことになれば別の深刻な問題が出来することになる。止めずに守る。それが現時点での最善策だ。

書店の意味

 近隣の書店が閉店してしまった。駅ビルの中にあって便利であったのに残念でならない。電子書籍を利用することも多いが、大切な本はやはり冊子で購入したい。それがどんどん難しくなるようである。

 小規模の書店は近隣からほぼ消滅してしまった。いくつも支店をもつ中規模以上の本屋が残り、それも次第に数を減らしつつある。読書をする人が減ったのに加えて、ネット注文ができたり、電子書籍が普及したりで、この業界には逆風が吹き荒れている。

 自分の本を所有することの意味はデジタル化社会でも変わらないといわれる。知識の吸収という面において紙面メディアは優位にあると言うことはデジタル教科書問題でしばしば議論されている。

 その意味で書店が消えていくことは残念だ。損失というしかない。

一喜一憂

 昨夜はアメリカの株がかなり下がってしまった。長期金利が引き上げられることへの警戒だという。一喜一憂がトレードの常だが僅かな小遣いの減少でも悲しく感じるのは己が小人の証だ。

 株はあくまで社会勉強の一環として始めた。世の中の仕組みを実感したかったのだ。コロナ禍という特殊事情の中で株価は異常に値上がり、私のような初心者でも結構利益が出ている。ただ確定していないのでまさに絵に描いた餅だ。数字が正の数を示しているのに過ぎない。恐らく日本市場もこれから下降傾向に入る。それも数字が減るだけだ。

 株を老後資金に考えているのも事実だがあまり期待はしていない。毎月積み立てる習慣ができたことだけでもよしと考えることにしている。

レンタル

 クルマを久しぶりにレンタルすることを検討している。今までは所有するのが当たり前だったがもしかしたら使うときにだけ借りる方がいいのかもしれないと考えている。

 レンタルとかシェアとかサブスクリプションとか物の所有の方法が変わりつつある。何が最もいい方法なのかをその都度考えることが必要なようだ。

 ビデオレンタルは次第に実店舗さえ不要になりつつある。クルマも営業所なしで借りられるサービスが登場している。次は何が現れるのだろう。そして、それにどう対処すべきなのか。

実態

 手持ちの米国株式がすべて前日より上がった。少額であるが社会勉強のために続けているものだ。もとから儲けは期待していない。言いたいのはアメリカ議会に歴史的な乱入事件が起きたのにも関わらず、株価が上昇を続けているのには驚いている。目先より将来の可能性で決まるというが。なんとも不思議な世界だ。

電気自動車

 少しずつ電気自動車が増えてきている。日本ではハイブリッド車がまず普及してきており、低速では音もなく近づいてくる自動車に出会うことは珍しくない。環境保護という訴求要素がある電動車は、価格の割には売れている。

 海外では国や地域ごとの規制により、化石燃料の使用ができなくなりつつある。発電にかかる環境負荷の実態はよく分からないが、少なくとも各車から出る排ガスはなくなりつつある。

 日本は自動車産業で立国してきたという一面がある。エンジンを生産してきた技術が今後は過去のものとなるのかもしれない。ただ電動車になってもガソリン車のメカニズムはきっと役立つはずだ。それを活用すべく、国家的な支援策をとるべきだろう。

 自動運転車の実用化も近い。チャレンジが可能な環境を構築してほしい。

テレワーク

 コロナウィルス感染予防のために普及したテレワークを、恒常的に実施することを決定した企業が出てきた。営業部門のみならず、生産管理部門にも導入するのだという。

 これによって感染による営業停止のリスクは低減される。交通費、光熱費などのコスト削減も期待できるのかもしれない。運用の仕方次第だが、営業時間の拘束も緩和される。

 一方で非常時への対応や、通信障害などのリスクもある。回線が止まればすべて終わりとなってはもともこもない。さらに社員の連帯感の確保は大きな課題だ。かつてはこれが原動力で難局を乗り切ってきた。その奥の手が封じられることにもなりかねない。

 リモートワークは今の騒動が発声する以前からいずれは実施されると考えられていたことだ。結果的に見切り発車をさせられている状況にあるといえる。走りながら考えるしかない。果たして距離をおいたチームワークは成り立つのかと。

GDP戦後最悪の落ち込み

 今日、年率で27.8%というGDPの暴落が発表された。リーマンショックを上回る落ち込みに多くの人がショックを受けている。緊急事態宣言で経済を止めたことが直接の原因であることは間違いない。

 ただしこれは日本だけのことではない。世界的にコロナウイルスショックは大打撃を与えており、世界中が同病相憐れむ仲である。ただし、これを短期的には救済していかなくては傷口が広がる。ウイルスについては引き続き警戒が必要だが、自粛の行き過ぎにならないようにしなくてはならない。これまでの症例をもっと公開して可能なことと不可能なことを多くの人が共有すべきだ。

 今後のことを積極的に考えなくてはならない。失業者の再雇用の方法を模索するべきだ。私だっていつ失業するか分からなくなってきた。再就職の準備を個人的にも始めなくてはならないだろう。そういう機会がないことを祈るが。

 今は大きな逆境にある。辛いことだが、こういう時にイノベーションは起きやすい。私自身もそれを傍観するのではなく挑戦する側に立ちたいと考えている。

地産地消

 現在ほど地域経済の力が試されている時代はない。コロナウイルスや地勢的要因のためにグローバル経済に制限があると、それに依存している人や企業は大きな痛手を受けることが実態化しているからだ。

 この事態を改善するには地域経済のサイクルを見直すことが欠かせない。お金を地域で回すことにもっと関心を持たなくてはならない。それによって今回のような事態に対処できる下支えができるのだ。

 もちろんそれだけでは閉塞してしまう。また、革新的な商品なり商業スタイルも生まれにくい。すべてを内需にするのは非現実的だ。ただ一定のシェアを地域経済に置くことの意味を考えさせられている局面にあることは自覚しなくてはならないのではないか。