昨日はここ数日では低温でかえって体調を崩しそうだった。今日は真夏日になるかも知れないとの予報が出ている。こうなると身体が対応できるか心配になる。
暑熱順化など以前はあまり気にしなかった。年齢的要因もあるが、それ以上に最近の極端な猛暑や、日々の変動幅の大きさが関係しているように思う。
水分補給、さらには適度な塩分補給も必要だという。スポーツ飲料を用意しておこうか。
日々の思いを言葉にして
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9月に入っても暑い日が続いている。月間予報では向こう1ヶ月も残暑が続くそうだ。果たして残暑という言い方が当てはまるのか。過去の季節の概念では捉えられなくなっているのは確かだ。
10年くらい前にテレビの天気予報の中で、将来日本には夏と冬しかなくなるかもしれないと予報士がコメントしていた。そのときは誇張に過ぎると思ったが、そうでもないようだ。物凄く暑い夏と、豪雪もある冬という嬉しくない組み合わせが増えている。
歳時記では春と秋の季語が多く夏冬は正月を除けばかなり少ない。古今和歌集の部立でも春秋が厚く、夏冬は薄い。伝統に背く現実が迫りつつある。
台風、猛暑、地震と避けられない天災が連日のように襲いかかる。日本と言う国の宿命だが、なんとかならないものかと思う。
子どもの頃、ウルトラマンの退治した怪獣を平和利用するというような話があった。その中で本当にあればいいと思ったのは冷気を吐く怪獣たちに台風の進路を変えたり、減衰させるというのがあった。本当にそのようなことができたとしたら、さぞかし有益なことだろう。
怪獣がいない以上、夏は人間の方が身を引くしかない。8月の日中に屋外のスポーツをするのは控えたほうが良い。甲子園も朝夕の時間に分けたようだが、他の競技もなるべくそのようにするべきである。
これからも酷暑が続くようだ。暑さによる疲労が毎日蓄積している。体調を気にしながら、なんとか凌ごうと考えている。
関東地方は梅雨明けだそうだ。はっきりしない梅雨だった。夏と冬に侵食されてその他の季節が希薄になっていく現象に梅雨も巻き込まれているらしい。
これからかなり高温の毎日が続くが、雨も恐らく降るだろう。ゲリラ雷雨のような短期集中型の大雨だ。スコールのような雨という形容があるがもはや日本はスコールの降る国になったのだ。それに見合うインフラを造らなくては立ち行かなくなっている。
古典文学の世界では春秋こそが詩情溢れる季節であり、夏冬はその間の季節に過ぎない。その不粋な季節が今やこの国を覆い尽くそうとしている。ならば文化というものも少しずつ変わらざるを得ない。未来の日本が果たしてどのような情緒を重んじているのか。気になってきた。私はもうこの世にはいない世界だが。
異常な高温が続き体調が悪化している。少し前なら耐熱ジョギングをしていたがいまはさすがにその勇気はない。冷房の調節を誤るとたちまち風邪現象に陥る。残念ながら今その気配が濃厚だ。
冷房を過信せずに身を守るにはやはり防寒しかあるまい。猛暑酷暑だが寝るときは防寒保温の備えを怠ってはならない。これは意識的に断行せねばならぬ鉄則である。暑くても最低限の服を着、布団を掛ける。その覚悟が欠かせない。実におかしな話である。
体感は相対的であり、周囲の動向に左右される。しかし、己の体調に合わせて振る舞い、悔いなきものにすること。それがいまの私に課されているものである。酷暑の毎日だが夜の冷房は強すぎる。ならば自主防衛する他にあるまい。夜になって別の季節の生き物になる覚悟をせねばなるまい。
自動温度調節の機器はいくらでもあるがそれを使えるのか、使えこなせるのかという点においては思うままにはならない。せめてこの猛暑を乗り切る知恵をなんとかできたら、と考えるのである。
梅雨はどこに行ったのか。これから暫く高温の日が続く。体力の消耗が懸念される。今後1週間の予報では降水確率が多い日でも30%である。集中豪雨があるのかもしれないが梅雨の只中とは思えない。
最低気温も高くいわゆる熱帯夜の可能性も高い。Windowsの通知に過去最高気温の可能性ありとのアイコンが表示されている。近隣の明日の過去最高気温は32℃らしいから記録更新の可能性はかなり高い。湿度も高く健康状態の維持には過酷な条件だ。
昔は夏が好きだった。夏休みのイメージが強かったからだろうか。それだけではない。服を着なくても過ごせるような開放感が単純に嬉しかったのだろう。それがいま苦しい季節になってしまった。とにかく負けないこと。そして十分に休むこと。それが私の処し方である。