Overrated

 英語で書かれたブログはなんとか読むことができるので、時々読ませていただいている。英語圏ではなくても英語で書いている方も多いので、さまざまな情報を知るにはいい。幾つか知らない単語が出てくるが、スマホでもそのレベルの辞書検索は容易だ。もっともページ全体を翻訳するサービスはあまり使わないことにしている。少しでも語学力を使いたいという悲しい抵抗である。

 日本の観光的な価値としてoverratedという表現を見つけた。逐語訳するならば過大評価だ。日本は観光地として評価が高いとはよく言われるが本当にそうなのだろうかと日頃から思ってきた。日本でYouTubeなどの動画サイトを見れば、日本はすごい、素晴らしいという動画で溢れている。曰くゴミが落ちていない。駅の乗客の秩序が素晴らしい。接客がよい。など、さまざまな賛辞に溢れている。

 日本人が日本人向けに築き上げてきた商売慣習を評価されていると言えるが、果たしてそれがグローバルなものなのかといえば疑問が残る。きめ細かいサービスは裏を返せば干渉過多の精神である。さまざまな慣習のもとに形成された商習慣は必ずしも異文化の人にとって快適とは限らない。過大評価と考えた外国人の感想はその人の観点からみてその通りなのだろう。

 インバウンドに対する評価もこのところ少し変わりつつある。いわゆるオーバーツーリズムの現象を否定的に捉え、海外からの観光客のすべてを歓迎する訳ではないという考えが生まれている。キャパシティを超えればサービスの質は落ちる。また、日本人ならばとらない行動を目の当たりにすれば、批難の対象になる。

 日本が観光立国になるのならば、いまひとつの工夫が必要になる。異文化を受け入れる技能に磨きをかけなくてはならない。日本のやり方を分かりやすく説明できる力、例外的な行動に対応できる知識と経験が必要になる。日本にとって観光業は重要であると考える。過大評価とする人が少しでも減ってくれることを祈りたい。

長崎のために

 何度も書いているが、今年も繰り返すことにする。1945年8月9日、私の父は現在の北九州市にある八幡で暮らしていた。この地がテニアン島から発進したB29爆撃機がプルトニウム型原子爆弾の第一投下目標であつた。目標地点上空まで来たところ、煙霧で目視ができず、長崎に移動したという。霞や煙は米軍の空襲によるものとも、八幡の市民が意図的に煙を焚いていたとも言われている。

 長崎でも雲が多く、投下目標が定まらなかったが、わずかな雲の切れ間から投下された。当初目標としていた地点からは外れたものの7万4千人を超える人命を奪うことになる。広島型よりも威力が大きいプルトニウム原爆をどうしても実戦で使っておきたかったのだろう。実戦で使用された原子爆弾はこれが今のところ最後である。

第一目標に原子爆弾が投下されていたら、恐らく私は存在しないはずであり、運命の苛酷さを痛感する。長崎には公私を含めて何度も訪れているが、いつもそこに行くたびになんともやりきれない思いになる。その日に亡くなった方や、被爆後遺症で苦しみ続けた人たちの代わりに生かされていると勝手に考え、いただいた命を大切にしなくてはならないと思う。

 それにしては大したことはできていないことを恥じるが、せめてこの思いを折に触れて繰り返し、若い世代にも伝えていきたい。だから、この話はこれからも何度も書いたり話したりすることになるだろう。

思考の型

文章作成を指導する上でいわゆる「型」を重視する指導者は多い。私も型は大切だと思う。この型は多くの日本語話者に共有されているから、身につけてしまえばかなりの汎用性がある、いわゆる知識人と呼ばれる人たちはこの性質を利用するのにたくみだから、型に沿った論理展開を前提に持論を展開する傾向がある。

世界の現状はそれほど単純ではない。理屈に合わない展開はいくらでもある、それは当事者の意志とも異なるときもある。私たちは世界の現実を丸ごと受け入れられるほどの度量はないし、かといって無意味な事実の連続に耐えられるほどの忍耐力もない。自らの境遇には自分で釈明したいし、それができない事態は到底受け入れられない。真実でなくてもいい。自らの日常が保たれるほどの何かがあればそれでいいのである。

世界を型で切り取るということは人生そのものが型というフレームの中で考えられているということだ。私たちの日常が数えられる型の組み合わせでできていると思い込んでいるのである。それは個々の事例にいちいち悩まなくてもよい快適さをもたらしている。

それでも中には型にどうしてもはまらなかったり、型の組み合わせの影響で事実から離れてしまうこともある。そういう事態に私は最近よく陥いるのだ。思考の型を手持ちのものだけにとどめないこと、時には型の一部を変形してみることも大事なのかもしれない。

枯れても負けない

 植木が枯れてしまう現象が続いている。残念だが、ベランダ園芸がうまくいない。おそらく熱心な人ならばこの猛暑でもなんとか乗り越えられておられるはずだ。私のようないい加減な園芸家は水やりや施肥を後回しにするために冒頭で述べた始末になる訳である。

 小さな鉢植えしかない我が花壇にとっては管理の技能がそのまま形になってしまう。園芸は小さな配慮がすべてに関わる。残念ながら無骨を越えて無配慮の私は全滅の失敗を何度も繰り返している。

 植物を育てることはもしかしたらとても大切なことかもしれない。小さな配慮を継続することは処世術の基本ではないか。皆さんにも植物を育てることをお勧めしたい。これだけで幾つかの社会問題が解決する気がする。枯れても負けない。次は枯らさないというマインドが必要だ。

 

転校生の夏休み

 子どもの頃のこの季節の思い出の一つが、転校後の孤独である。父の転勤の辞令が大体7月の初めに出て、その二週間後くらいに引っ越したから、1学期の終業式には間に合わず、引っ越し先の学校は9月に転入したから、その間の夏休み期間は空白の日々となる。

 ただ、私の転校先の福岡県の気質なのか、東京からやってきた転校生を近所の子供たちは学校に入る前から仲間に入れてくれた。東京弁しか話せない私に「なんばツヤつけとうね」と直言しながらも、ハンドベースとか缶蹴りとかそういう子供たちの社交界に迎え入れてくれたのである。

 いまで言ういじめがなかったとは言えない。むしろ異物排除のエネルギーを感じることが多々あった。私の場合は運よくそれを乗り越えられたが、おそらく転校生の中にはここで折れてしまう子どもも多かったはずだ。

 2学期が始まる前に近所の小学生の仲間ができ、中には積極的に助けてくれる人もいたし、目の敵として欠点を論うものもいた。子ども社会はそれで素直であり、扱いやすい。何度か転校を重ねるうちに堪えどころが自然に身についてしまった。これはいまの自分の人格形成にも影響している。

 人とは違う経験をすることもいいことがある。子どものときはほどよい危機感を経験した方がいいのかもしれない。この季節になると孤独かつ臆病で、なおかつ新しい友人との出会いのときめきを思い出すのである。

甲子園も二部制に

 今日から始まった全国高校野球大会は史上初の午後開会式となり、その後一試合が行われた。明日からは8時プレイボールで午前に2試合、午後4時過ぎから2試合という二部制で行うという。今日も各地で40℃越えとなった酷暑にあって、当然の処置である。

 このままの傾向が続けば8月の開催自体が無理になる。甲子園という聖地を離れるのは抵抗があるだろうが、ドーム球場や標高の高い地域や北部地域での開催も考える必要がある。もっとも今年の北海道の気温のニュースを聞くとそんなに単純な問題ではなさそうだ。

 かつては根性で解決できていたが、人間の身体的な制約に抵触するいまの事態にはもうそれは当てはまらない。今回は二部制で切り抜けようとしているが、その後には未明、早朝開催が来るのだろうか。いずれにしても人間の生活のリズムに反するものであり、スポーツの精神にそぐわないことは避けられない。

 自分の人生のスケールの中でここまで激変することを鑑みるとこの後のさらなる変化が恐ろしい。若い世代のためにもこれ以上の変化は止めなくてはならない。その方法が分からないのが何とも歯がゆいのである。

明日は猛暑、酷暑

 東京の明日の最高気温がところにより40℃に近づくかもしれないという。いわゆる災害級の暑さである。職場の空調はほどほどに効くが明日は家庭用のクーラーが効果を発揮しない可能性がある。ということで家族で避暑の旅に出ることにする。明日は比較的フリーなので、自宅勤務を申請し、実際には図書館や喫茶店に避難することにする。盛大なるサボりだが、一年に一度くらい許してもらうことにする。

メモリーは有限

 使っているスマートフォンの容量が底をついたとの警告が出たので、消せるアプリや一次ファイルなどをかなり削った。結果として何とか復活したものの、これからはこの繰り返しになるのだろう。エントリーモデルの機種なので過度な期待はできない。

 機械の場合はメモリーが数値で表されるので分かりやすいが、人間の場合はかなり複雑だ。いわゆる作業用記憶が加齢とともに逓減していくのは実感している。長期記憶に関してはそれよりは保たれやすいようだが、私の場合はかなり選択的で単に時間だけの問題ではない。大切なことを忘れてしまう代わりに、どうでもよいつまらないことを時々思い出す。

 何を記憶し、何を忘れるのかについて選ぶことはできるのだろうか。意志に基づいて取捨選択するのは、スマホのデーターを消すのとはかなり異なるようだ。忘れてはならないことはやはり脳以外の場所にも記録し、それに定期的に接することで保たなくてはならない。反戦の気持ちというのもまさにそれで、過去に心に結んだ強い思いも、いつの間にか日常の些事に紛れてしまう。

 思い出したくないことも場合によっては取り出し、忘れてよいことは時間の海に流してしまう。そんなこともやらなくてはならない。

やる気になれば

 やる気になれば何でもできるというのはさすがに無理があるが、若い人を励ますためには不可欠の助言である。これを言えない指導者はおそらく何かが足りないのだろう。かといってこれを真実なのかといえば、答えは否である。何でもできるということばは誰もが直感でわかるように嘘である。

ただ、やる気がなければ何もできないということは事実だろう。私たちの行動は、自然に自動的に行う行動もあるが、多くは動こうという意志に支えられている、心臓の鼓動や消化のような意志とは無関係に行う行動に関して人が悩むことは通常少ない。私たちが困惑するのはやろうと思ってもできないという意識が生まれたときである。これはやる気の問題ではない。

 私たちがやる気と結果のギャップに悩むのは、やる気次第で何とかなる範囲が自覚できるときである。やる気があるのに結果が出ないというのならばまだ何とかなりそうだが、大抵の場合やる気がでないので結果が伴わないということだ。結果的に無力感が残るので、成功例なり達成感なりが生まれにくい。今後、さらなる非人間的な意思決定が定着すれば、やる気の問題はますますわかりにくいものになる。

誰もが二刀流

 二刀流というと宮本武蔵の剣術のことだったが、今は大谷翔平選手のことを想起させる言葉になっている。プロ野球において投手と打者の両方で一流であることは難しく、大谷選手がそれをアメリカで実現していることが賞賛されている。

 二芸ある人を二刀流と呼ぶこともある。職業を掛け持ちしている人といえば、かつては兼業と呼ばれた。地方に行けば会社員でありながら農繁期は米作をするいわゆる兼業農家は普通にいる。農業が専業ではやっていけないことから生まれたスタイルだと思うが、今考えてみればまさに二刀流であり、理想的な生活スタイルだ。

 農業ではなくても、二つの仕事をこなしている人はたくさんいる。会社員でありながら、土日はスポーツ少年団などのコーチであったり、塾の講師であったりするのはこれも二刀流だ。私も前の仕事では、学生に授業をすることと、自分の研究をして論文を書くこと、社会人のための講座の講師をやることなど二刀流をやっていた。それがもしかしたら、当たり前の人生のあり方なのかもしれない。

 ここ十数年はすっかり専業体制になってしまった。それが一流であるならばいいが、私の場合はそれ以下である。誇れるのは欠勤が少ないことと、自分が至らないことを自覚できていることくらいだ。二刀流という言葉からは程遠くなってしまった。

 矛盾することを言うようだが、人は誰でも兼業で生きている。例えば運転手なら、一日中運転手という訳ではない。家に帰れば父親としての役割があるのかもしれないし、趣味の時間はそれなりのこだわりの行動をする。それらのどれもに自信をもっていれば立派な二刀流プラスアルファなのだが、多くの場合その矜持はない。でも実態は人は何役もこなしている役者なのである。

 自分がやっていることにもっと意味づけをし、それらに誇りを持たねばならないと思う。自分の生活の多面性を認めれば、何か一つの基準に縛られていらぬ劣等感にさいなまれることはない。自分の可能性をいろいろな面で生かせれば、そこに利他的な側面も現れ、結局本当の意味での社会人になれるのだろう。収入に直結することではなくでも自分はいろいろな役を演じながら、社会のためになることをしていることを実感したい。人は誰でも二刀流で、しかも一流の社会人になる可能性があるのだ。