投稿者: Mitsuhiro

絵から出た嘘

 最近は人工知能が作った映像を見ることが当たり前になった。イラスト風のものだけではなく、一見実物と間違えるようなフェイクもある。限定的であるが動画もあって、その動きもかなり滑らかだ。厄介なのは実存する人物を加工したもので、うっかりすると本当にこんなことをしたのかと考えてしまう。

 恐らくそう遠くない未来に全編人工知能が生成した長編映画ができるのだろう。役者もスタッフもいない、作成者のプロンプトだけで作られた壮大な嘘がコンピューターの中で作られてしまうのかも知れない。それはきっといままでみたことがない何かになる。

 でもそれでいいのだろうか。嘘から出た誠が人を感動させられればよいが、逆に混乱の渦に巻き込むことになってしまうのではないか。創作とは何か。鑑賞とは何かを考えさせられる。

自分パビリオン

 自分を表現するパビリオンを造るとしたらどうなるだろうか。予算や工期などは考えないことにしたい。つまり、自分を形として示すにはどうすればいいのかということだ。

 こんな変なことを考えることがたまにある。それほど自分というものが分かっておらず、答が見つからないということなのだ。きれいな建物を建てれば美化しすぎていると思うし、散らかった部屋を再現しても、それは私の一面ではあるがそれだけでもない。醜い面は確かに多い。でも、僅かだが誇れることもないではない。

 自分を表す展示物は何だろう。毎日持ち歩いている文房具や眼鏡の類、このブログを書くときに使っているスマートフォン、くたびれた服や靴、それらは私を表せるだろうか。

 これまで読んだ本、観た舞台や映画のタイトル、それを一覧すれば私が分かってもらえるだろうか。何がどれも物足りないし、違っている気さえする。自分を形で表現するのは思ったより難しい。

 それならいっそ私自身がパビリオンに立ってこれが私ですと連呼したらどうだろうか。自己紹介なら私そのもののはずだ。でも、これもどこか胡散臭い。なぜだろう。

効率化は早く帰ることとは違うようだ

Excelの関数を少しずつ覚えたおかげでできることが広がった。かつては手作業でやっていたことの大半は関数の知識だけでもなんとかなる。プログラムを施せばもっとできることが増えるのだろうが、いまのところ人の作ったもののマイナーチェンジが関の山だ。ただ、これらを使って仕事の時間が減ったかといえば答えは否である。

 私の仕事は対面的なものなので、結局人と付き合う時間は確保しなくてはならない。コンピュータ任せにした仕事で浮いた分を、個人とのコミュニケーションに費やすから、仕事時間はあまり変わらない。対人時間を増やした分だけ仕事のやり甲斐は向上した。単純作業に費やす時間は減らした方がいい。

 働き方改革政策の影響で退勤時間は厳しく制限されるようになった。時間内に終わらせる為に自動化はやはり欠かせない。そして、その分直接対象者と話し合う時間を設けるべきだろう。私の職場の話なのだが、これは我が国の復活のためにも不可欠だと考える。

初燕

 今朝、私としては今季初めてツバメの姿を見つけた。数日前に鳴き声は聞いていたので少し前から飛来していたのだろう。寒暖の差が激しいこの頃だがそれでも季節は確実に遷移しているようだ。

万博参加の意味

 万博を何度も主宰し、これまではそこそこの成功をしてきた日本だが、かつては先進国主催の博覧会にゲスト参加する身であった。1867年パリ万博は日本が初めて参加したものとして知られている。江戸幕府だけではなく、薩摩、佐賀の討幕を狙っていた藩が参加したことでもわかるように、日本という国家がかなり危ういものであることを世界に知らしめたものでもあった。

Photo by Pixabay on Pexels.com

 ただ、これら複数の日本の組織が出品した内容はかなり衝撃的であったらしい。周知のとおり、浮世絵などの伝統的な絵画手法は、ヨーロッパの芸術家に多大な影響を与え、いわゆるジャポニスムをもたらしている。フランスの人々にとっては経験したことがない造形や詳細の在り方がすべて刺激的だったのだろう。その意味では日本の万博参加は初めから成功していたといってよいのかもしれない。

 今回の関西万博に参加する国や地域、企業は何を目標に出品しているのだろうか。中にはまだ完成していないものもあるという。かつてのパリでの日本のように、ここから自国・自組織の存在感を高める国があるのだろうか。

万博とカラーテレビ

 大阪で関西万博が始まった。大阪での万博といえば1970年の大阪万博が思い出される。私自身はまだ子供であり、親にも経済的な余裕がなかったのだろうか、連れて行ってはもらえなかった。父は仕事で訪れたらしくソ連館の記念メダルを土産として買って帰った(はずだ)。どうもこのあたりのいきさつはよく分からない。

 1970年の時点では多くの家庭がモノクロのテレビを所有していた。カラーは高価であったし、放送そのものも完全にカラー化していなかったので切り替える家庭は少なかったのだろう。ただ、万博の中継を見るためにカラーテレビを買おうという動きはあった。我が家にもそんな話題が出ていたはずだが、おそらくすぐにはできなかったのだろう。ウルトラマンもウルトラセブンもモノクロテレビで見ていたことになる。再放送をカラーテレビで見たため記憶が更新されてしまってその当時の印象は分からない。

 1972年の札幌オリンピックの頃にカラーテレビが我が家にやってきたのではないかと考えらえる。でも、覚えているのはダイヤルを回して色調整をしてみるというもので、今から考えるとかなりぼやけた感じのものだった。しかし、それでもリアルさが増して驚いたことをわずかに覚えている。高度経済成長期に入って、モノの価格があがり、人々の生活が派手になり、公害などの社会問題が取りざたされた。それらをカラーテレビで見ていたことになるが、子どもの自分にはよく分からないことばかりだった。

 今回の万博でもさまざまな新技術が紹介されているらしい。また、これを機に民間に普及するものもあるのかもしれない。かつてのような勢いのない日本にSociety5.0は来るのか。行事の成否はもちろん、今後の生活について考えさせられている。

天気の激変

 このところの天気はかなり大雑把だ先日は雷雨であったが今日は晴れて初夏の陽気、明日は雨で気温も下がるという。寒気と暖気のぶつかり合いが影響しているのだろうか。それと関係するのか分からないが、かなり体調がおかしく昨日は市販の風邪薬を飲んだ。暑さ寒さも彼岸までなどというような昔の言い伝えは現代には通じないようだ。10℃近い日格差、晴雨の繰り返し、気圧の変化など様々なものが私を苦しめる。

 思うに少しずつ気温が変化するのは対応できるが、変化が激しいとどうしようもない。最高、最低気温よりもそこにどのように至るのかで身体へのダメージは変わる気がする。四季という概念が崩れ、とても長い夏と短い秋と少し長い冬、そしてまた春がものすごい速度で過ぎてしまう。最近はそんな感覚がしている。古今和歌集の四季の部立ては明らかに春秋が長い。それがどんどん痩せている。伝統的な季節感はいずれ消滅してしまうのではないか不安である。

 世界情勢が不安要因で満ちている昨今、せめて天災だけは勘弁願いたい。そう思っても異常気象は続くことになりそうだ。克服できることを信じたい。

7勝8敗

高校で学んだことを説明してください。

 はるか昔の話になった高校時代。自由な校風といえば聞こえはよいが、少々緩すぎた生活だった。制服を着る義務はなく自由服だったが、なぜかクラスに何名かは制服を着ていた。

 授業も教員の個性により様々で、受験勉強に特化してしているものも、自分の自慢話を長々と聞かせるものも、話は面白いが試験に出ることは少ないので(次のテストには出ないが結局重要な話が多かった、と後から気づいた)生徒受けがわるいものも、親や都民に感謝せよと何度となく言わせるものも実にさまざまだった。

 一番学んだのは上には上がいるというちょっとした挫折と、それでもなんとか続けていれば幾分かの目標は達成できるということだろうか。自分に向いていないことは敢えて後回しにして、やりたいことに注力する方がいいということも知った。これは勉強のことだけでなく、普段の人間関係や部活動などで経験的に知ったことだ。

 学校という場所は思い切り失望し、たくさんの夢を持つきっかけを与えてくれる。7勝8敗でも負け越しではない。

花のリレー

街路樹のハナミズキが芽を出している。花に見える萼もでてきている。ほかの花とは咲くというイメージが異なるようだ。桜が散り急ぐ頃に花のリレーが行われている。ツツジもそれに続くはずだ。

桜の盛りなのに

 桜花は満開を過ぎ、散り始めている。まだ見ごろのときであり、本来ならば心浮き立つ時季だ。しづ心なく花のちるらんという境地なはずだ。

ところが私といえばいろいろな、困難に当たっている。とにかく体調がよろしくない。他人にはそれを察しられないように振る舞っているが、家族には本音を語ってがっかりさせている。もっと強くならなくてはならないとは思いつつ、このような体たらくである。

 桜はいろいろなことを考えさせてくれる。散る花を見ながら自分のこれからを冷静に見つめ直してみようと考えている。