投稿者: Mitsuhiro

外そうにも

 マスクを外してもいいという社会的環境は整ったが、いまだに多くの人は止めない。これには防疫という観点だけではない要因が様々にある。

 私の結論はマスクをつけるのは個人の判断でよいというものであり、着用の有無を問題にはしない。コロナ以前からも真夏でもマスクをつけていた人はいた。一種のファッションであり、個人の自由というべきものである。ただ、パンデミックでマスク着用を強要された人々がマスクの効用を発見してしまったということが大きな要因である。

 マスクはもっとも不自然ではない変身の方法でもあった。変装すれば怪しまれるがマスク着用は簡単に群衆に埋没する手段として使われる。私たちの人物の認識方法は意外と単純であり、髪型や眼鏡の有無など一部の要素だけを取り上げる。だから、マスクの人はそれだけで一つの分類基準になるわけだ。これを逆に考えればマスクをつけることで簡単に大分類の中に組み込まれるのである。

 マスクを外すことはこの隠れ蓑を捨てることであり、その意味では身を晒すことなのであろう。だから、いきなり外してもいいと言われても困るのだ。外そうにも外せない。それがマスクは不自由と言いながらもつけ続ける人々の心理にあるのではないだろうか。

同姓同名

 ネットで自分の名前を検索すると同姓同名が結構居ることが分かる。なかには漢字のあて方まで同じである人もいる。写真を公開している人は少ないが、その例を見る限り名前ほどには風貌は似ないようだ。

 同姓同名であってもそれぞれの人生がある。もしかしたら誕生日も一致することもあるかもしれない。でも、別の生活があり、別の人生がある。誕生日や字画の占いですべてを判断できないのはこうした例からも明らかだ。

 ならば単なる名前の一致は意味のないことなのか。そうも思えない。同じ名前で呼ばれて生きることで何らかの共通性は生じるのでは無いか。一度同じ名前の人と話してみたい。

自意識

 正直に言って本当は理解できていないのが性同一性障害である。心と身体が一致していないというのだが、では心とは何か身体とは何かを考えなくてはなるまい。

 心とは自分はこういう存在であるという意識のことだろう。この意識がかなり強固で他人から見られてそう思うのではなく、自らそのように考えていることになる。一般的には自意識の形成には他者の関与が不可欠だ。誰かにあなたはこういう人だと言われていくうちにそういう人になる。

 ところがこの場合は他人から逆の扱いをされながら、それに抗う形で自意識を形成することになる。あるいは他者にとっての他者が自分という考え方自体が間違っていたのではないか。そうも考えさせられる。

 考え方を変えてみる。生まれながらに自分にもともと自意識があり、それが自分とは何かを決めているとする。この場合は心と身体が一致しているわけだから、何の問題も生じない。性的指向が多くの別の個体と違っていても、自分がそういう存在であると知って振る舞っている訳である。社会全体がこの考えなら、多様性はそのまま受け入れられて問題はない。

自意識の持ち方は多様だ。

 自意識が自然発生的にもしくは本能的に生じるものなのかと言えば、私はまだ懐疑的だ。日本に生まれ育てば、価値観や人生観はその集団に共有されるものになる。それは男女の性別や、人種などとは無関係であろう。やはり、社会の中で自我が形成されると考える方が分かりやすい。ならば、男らしく女らしくというジェンダーもそれが所属する集団の中で形成される。そのとき社会の成員は外見上の身体的特徴をもって意識付けをしていくはずだ。

 トランスジェンダーと呼ばれる人たちの意識はこうした事実と異なっているように思える。でも、よく考えるとそうでもないのかもしれない。自分が属する共同体の中で男らしくあれと有言もしくは無言で規定された人は、そのように振る舞うことで自意識を形成する。つまり演じているのである。この演じるものを何らかの事情で反対のものにした場合、別の自分を演じることになる。演じるという表現は誤解されるかもしれない。これは上辺をごまかすのではなく、自分の身体を自分の心がどのように動かすかということである。これには脳の動き方も含まれる。

 身体は男だけれど心は女という場合、この人は女を演じようとしているのに、身体がそれに合う形をしていないということだろう。

 少々複雑になったが、自意識が自分の属する集団の影響下で形成されるのは間違いではない。ただ、その中で形成される自意識とは自分が自分の身体をどのように操るか、どのように振る舞うかということであって、ここで反対の性を演じる対象として選んだ場合にトランスの状態が起こるのだろう。

 ここまで書いてきたが実は納得できていない。今のところは言語操作をしているに過ぎない。ただ、こういう試みから、自分とは何かを考えることはできるという感触は持てた。

反面教師

 教師と人から呼ばれる職に就いている私にとって反面教師という言葉は決して名誉な言葉ではない。だが、私は反面教師にもならなくてはならないと思っている。

 私の場合、人の範たる存在になることを目指して教員になったわけではない。自分の好きなことを追求していくうちに自然と教員になってしまったというのが正解だ。この件については様々な言い逃れを考えているのだが、真実を簡潔に述べるならば先に述べた通りの事実となる。私のやりたいことがたまたま教育と親和性が高かっただけのことである。

 教師になりたいと思っていなかった私が教師になった結果、かなり中途半端な存在になってしまった。本当は成績なんかどうでもいい、自分のやりたいことをやれと言いたいのに、小手先の点数を上げる技術ばかりを話すようになってしまった。それで進学率が上がるのだから他人からは褒められるし、成績が上がらなければ叱責される。よく考えてみればそれは本人次第だ。生徒を騙して名門大学に入れたところで、本当にその生徒は幸せになれるのだろうか。エビデンスなど何もない。

 この煮えきらないところはきっと生徒には見破られている。なんであなたは他の先生とは違って成績なんてどうでもいい好きなことをやれ、と言いながら、他の教員と同じようなテストを課すのか。そして点数にこだわるのかと。この弱みについては私は何も反論できない。敢えて言うのならば、人生は必ずしも思い通りには進まない。ときには折り合いをつけることも必要なのだと。

 反面教師として自分を見てくれるならば、それは私の存在価値があったということになる。悲しむべきはそれに気づかない生徒がいることだ。世の中はすべて理想通りに進んでいると信じて疑わない人物を生み出しているとしたならば、それは大きな失敗になる。

 いかに自分がメッセージを伝えられるか。そして、反面教師としての役割を果たせるのか。それが大切なのだろう。

自分で書いたのに

 なんでも記録される時代である。そしてデジタル化されたものはなかなか消えない。もちろんこれは存在し続けるということであって、価値が変わらずに続くことではない。だから、存在していてもアクセスしなくなれば実質なくなったのと変わらない。

 自分が過去に書いたものが今でも検索すれば読める。学生時代に書いた多分にエッセイのような論文もいまでも変わることなく読める。その後、いろいろな方がそれを読み、中には引用してくださっている方もいる。申し訳ないが私の論文は間違っていた。部分的に材料として使うならば使えるところもないではないが。

Photo by Santiago Boada on Pexels.com

 その自分で書いた文章を改めて読むと、とても自分が書いたものとは思えない所がある。つまり、書いた意図が思い出せないのである。批判的に若いころの自分の文章を読むことができるのは、すでに書いた自分と今の自分が相当違うからなのだろう。論文を書く仕事を辞めてからはこのように何かに自分の考えを残すという機会がなくなった。ただひたすら毎日を消費するばかりだ。少しは人のためになっていることを願うのだが。

 自分で書いたのに自分の文章とは思えない。こういう経験はこれからもあるのだろう。私は毎日このブログを書いているので、過去の自分にさかのぼることができる。そしてさかのぼるとやはり自分のものとは思えない文章に出会う。人は変わりながら生きているのだ。だからこれを恥じることはない。そう考えることにした。

久しぶりの訪問

 おそらく20年ぶりにかつて暮らしていたところを訪ねた。いろいろなところが変わっていたが、一番の違いはそこに暮らす人々の姿だった。自分がいなくてもその地は風雪に耐え、情勢に対応してきた。それを確認したことだけでもうれしい。

 私にとってその地での暮らしは様々な思い出の重なる場所であり、懐かしくも苦々しくもある場所である。その地に多分の未練を残しながら振り捨ててきた。というより、自分以外の要因で街を出ざるを得なかったのである。だから、そのころの自分のふがいなさを振り返る場所でもある。

 子どものころから転居が多かった私にとって、このような久しぶりの訪問の経験はこれが初めてではない。でも、そのどれもが心が大きく動く経験となっている。この後もこのようなことがあるのだろう。そして、また呟くに違いない。あの頃は若かった。楽しくて辛かったと。そして今まだ生きていることに少し感謝するはずだ。

能登の地震

 昨日、能登半島の珠洲市で起きた局所的な地震は、ここ数年群発しており心配だ。普通の地震とはメカニズムが異なると言われている。

 京都大学の研究チームなどの報告によれば、資源地近くの地中に、かなり深い地層から上昇した水塊があり、これが地盤を不安定にしているのだという。直接の要因がマグマではなく、その影響で地中を移動する水にあるという仮説である。

 確かに能登の先端地域は、これまでの地震のときも独特な現象を見せていた。震源地が遠い地震でも、周囲に比較して珠洲市だけ震度が大きいということが何度もある。揺れやすい地盤であるとなれば説明可能だ。

 この仮説が正しいならば地震を止める手はない。将来の災害に備え、耐震免震構造の建造物を建てるようにすれば懸念は少し減る。日本国中どこでも同じだが特にこの地域は配慮すべきなのだろう。またライフラインの確保をいかにするのかも考えるべきだ。

 能登について考えれば他の地域の防災にもきっと役立つだろう。

755km

 モスクワとキーウの直線距離は755kmだという。実際には直線移動はできないため、陸路だと900kmを超えるらしい。この直線距離を東京を起点に考えると、北海道の美唄市や福岡県の宗像市辺りになる。つまり日本の国土に半分に収まる距離しかない。

 人が移動するのには遠いが最新兵器なら机上の操作で標的にほぼ命中できる距離であることを再認識する。この戦争は極めて近い場所で行われているのだ。メルカトル図法の錯覚で考えるのは危険ということになる。

 思ったよりはるかに長引いてるこの戦争をどうしたら終わらせることができるのだろう。武器をウクライナに供与しても、ウクライナが負けないことは支援できても戦争を終わらせることはできない。このまま続けても両国にとって不利益である。

 隣国との関係を大切にしなくてはならないのは我が国も同じだ。小異に拘り本質を失うと全て帰り奪われることを知らねばなるまい。相手を知り、折り合いをつけるチカラを多方面から考えていくべきだ。

海の色

 旅先の海の色はやはり少し違う。水温とか海流とか、その他のさまざまな要素で違って見えるのだろう。おそらくそれだけでもあるまい。

 海を見る自分自身がいつもと違う。普段は気づかない光を感じ、色を見つけるのだろう。写真に撮ると旅の思い出が少し色褪せて見えるのはそのせいだ。被写体だけではなく、カメラも違うということだ。

 いつもと違う風景を見て、いつもと違う自分を知る。旅の意味はこんなところにある。