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エルニーニョ

 ある気象予報によると今年はエルニーニョ現象が顕著に現れるという。それに伴う天災が心配だ。直接関係するのか分からないが、カナダでかなり大規模な山火事が発生し、その影響は500km離れたニューヨークにも及んでいるという。東京に例えれば大阪より向こうの火事の煙が漂ってきているということだ。

 気候変動の直接要因が人為的なものなのかはいまだ分からないという。中にはグリーンビジネス推進のための陰謀という人もいる。ただ、少なくとも何かの要因であることは推測されるから、無視することはできない。資源のサステナビリティも考えればやるべきことはするべきなのだ。

 暑い夏になるのか気になるが、暑いならば何ができるのかも考えたい。太陽光利用の恩恵も利用すべきだと考える。

星空アプリ

 彗星の位置を知りたくて星空アプリを使用している。夜空に向けると画面上に星座の絵と名前が出る。一等星の名前も表示される。

 惑星の位置も分る。人工衛星まで表示される。そして彗星もわかるのである。

 大体の位置をアプリで確認したあと目当ての彗星を探した。5等級の明るさでは東京の夜空ではかなり見えにくい。ぼんやりとした光のようなものを見つけたのでそれを彗星にすることにした。認定トライのようなものだ。

化石賞

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 今回も日本に化石賞が送られた。これは化石燃料から脱しようとする世界の情勢から取り残されていることを知らしめるための不名誉な賞である。批判であり皮肉だ。

 日本はこの賞の常連であり、不名誉な状態を続けているということになる。ただ、それにはいくつかの事情がある。日本はエネルギー資源の乏しい国でありながら、先進国としての立場を維持するための産業活動を続けるのにはエネルギーの確保が不可欠だ。二酸化炭素排出を抑えるために欧米の多くは原子力にシフトしている。それは日本はとれない選択肢なのだ。今回批判された事業の一つに石炭にアンモニアを融合して二酸化炭素の排出を抑えようとする技術が挙げられている。石炭の掘削を正当化する方法として認められないとされたのだ。

 日本には水素エネルギーなどの新技術の開発や、そのほかの基礎研究を続ける科学者がいる。彼らの成果が世界に貢献する日が来れば、化石の汚名は返上できるかもしれない。それまでの間、何ができるのかを考えるべきだ。

雑木林

 毎朝通過する車窓からの風景の大半は住宅街だ。しかもかなり密集していてこの方面の開発が成功したことを意味する。

 子供の頃もこの辺りに住んでいたがもっと緑が多かった。雑木林が点々と残り、そこにはいろいろな動植物がいたと思う。今残るのは緑地であり、管理下にある非住宅、非商業地帯である。散歩できるように頻繁に手入れが入るため、かつての禁足地的な雰囲気はない。

 安全性や周囲との関係性を考えると雑木林は都合が悪いのだろう。便利とともに多くのものを失った。ビルや住宅の群れをブナやらシイやら、さまざまな雑木の幻影としてみると不思議な感慨に包まれてしまう。

ビニール傘

 日本には天候が変わりやすい季節があり、特に突然の雨で足止めを食うことがしばしばある。そこで安価なビニール傘が500円程度で売られており、そこそこの強度もあってよく使われる。しかし、強風などで折れたり曲がったりすることも多く、使えなくなってしまうこともある。それを路傍に捨てて帰る不届きものもいる。ゴミの不法投棄には自主規制をする気質の日本人だが、物によってはこの箍(たが)が外れることがある。迷惑だし、何よりも環境問題対策に逆行している。

 ただ、壊れた傘の行き先は不燃物としてのごみというしかない。何かに再利用できるといいのだが、思いつかない。ネットで検索すると傘のビニールの部分を上手に組み合わせてバッグを作る例が紹介されている。それを専業としている企業もあり、製品を見るともともと傘であったことが分からないほどのデザインのいいものになっている。作り方を紹介しているサイトもあるが、少々敷居が高い。ただ捨てるだけではないという可能性を示してくれているのはいい。

 傘の骨の部分は特に処理に困るが、ある人はうまく組み合わせて園芸用品にしたり、インテリアにしている人もいるようだがこれもかなり技能を要する。しかも一つあれば事足りるものばかりで、大量に廃棄されるものを処理するには向かない。

 使い捨て傘という概念をまずなくすことが必要だ。そして強度を強くすることと、逆に部品を分解しやすくするという矛盾する二つの問題を解決する必要があるように思う。再利用の方法をもっと周知させることも大切だ。身近な環境問題としてエコバッグよりも大事なものの一つがビニール傘の行く末に責任を持つことであろう。

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マイバッグ

 レジ袋が有料化になって、いわゆるマイバッグを使うことが多くなりました。環境問題には幾分かの貢献をするようなのですが、問題もあるようです。

 マイバッグは何度も使うことを前提とするために、汚れもつきやすく、ウイルス感染の懸念もあって利用を制限する国や地域も出ています。過剰反応もありますが、マイバッグが細菌の温床になってしまうことはあり得ます。使用後にアルコール消毒するか曝涼する必要があります。

 生活のルーティンに加えなくてはならないことが増えると定着するまでは大変です。なにか印象的な方法で繰り返すしかありません。

通勤リハビリ

 ご存知の通り東京の満員電車の凄まじさは異常です。その生活から一時的に解放された日々を送ってきた私たちにも、再びあの日々が戻ってきます。

 東京の通勤電車の混雑の治安が維持されているのは、長い間順応してきた国民的努力の賜物です。他者に迷惑をかけないという教育以前の思考形式というか国民性とでもいうべきものが、異常な過密状態でも正気を保てる原因だといえます。

 ただこの性質は常に更新されなくてはすぐに消えてしまうものなのかもしれません。毎日、過密な人間関係を経験しているからこそ、保てる感覚なのかもしれないのです。すると今後数か月は非常に危機的な状況になるかもしれません。

 以前の寛容力もしくは忍耐力が回復できるのでしょうか。すでに勝手に自警団を自認して、同調圧力の先導者となっている人々がいることを考えると少し恐ろしい予感があるのです。

 冷静に大局を見られる人は実はさほど多くはありません。また、考えていても他人に引きずられずに信じることを通せる人も多くはない。かく言う私も結局長いものに巻かれる日々を過ごしています。

 とりあえずは通勤電車に乗っても動じない心の強さを取り戻すリハビリテーションをやっていこうと考えています。

東京はこれから

 コロナウイルスの影響がなぜ日本で少ないのかというのが話題になっています。潜在的保菌者数は多いのかもしれませんが、死者は少ないのは事実です。学校閉鎖やテレワークの呼び掛けはある程度奏功しているかもしれませんが、どうもそれだけはない。

 東京の街は実は人で溢れています。マスクをする人は多いですがマスクの在庫がすでになく入手困難です。手づくりと思われる柄入りのかえっておしゃれなマスクをする人もいますがそれも限られます。そもそもマスクの防疫効果に期待できないことは多くの国民は知らされており気休め程度です。なぜ人混みの東京で感染爆発は起きないのか。

 握手、ハグなどの身体接触が少ない文化のせいだという人、花粉症に弱い身体性からマスクをつけることに抵抗がないこと、手洗いなどの習慣が子供のころから身についていることなどを指摘する人もいますが、それらも決定的な要因とはいえない。原因は分かりません。

 これから感染爆発が起きる可能性は十分にあります。悲しいことですが犠牲者も出続けるはずです。ただ、東京は簡単に封鎖はできない。おそらくは少しずつ感染してゆき、免疫を集団として持っていくという流れになるのではないでしょうか。

 文化的にも外来の要素をうまく取り込むことに長けた東京ですが、それが身体面にも応用できるのかは未知というしかありません。

コワーキングスペース

 自宅の近くにコワーキングスペースというサービスが登場しました。リモートオフィスともいうべき貸職場スペースです。レンタルルームよりは安く、カフェのようにBGMで集中できないということもないのが売りのようです。

そのほかWi-Fiが完備しているほか、フリードリンク、コピー機の設置があり、追加の費用で個室の確保、私書箱設置なども可能だとか。もし起業するとしたらこういう場所から始めるのもいいのかと考えています。入会金が年間10000円、使用料はフルにつかうと月間10000円で、夜10時まで使用できるとか。ランニングコストを考えると事務所を借りるよりもいいのかも。もっとも自分の家でできればいいのですが、様々な誘惑やしがらみがありますからこういう商売が成り立つのでしょう。

 満員電車に乗らなくても仕事ができるのならばこれほどいいことはありません。あとはこういうところでもきちんと稼げる才覚を身に着けることです。

廃棄を防ぐ

 大量消費、大量廃棄が当たり前だった時代は終わろうとしています。環境の維持は至急の命題ですが、経営的にもいかに無駄なコストを下げるかが重要になっています。そのために各業界でいろいろな試みがなされています。

 教育業界では紙面の無駄遣いを考えなくてはならないと思います。何でもデジタル化すればよいというものではありませんが、必要ではないものは印刷しなくてもよいと考えます。小テストなどはいわゆる裏紙利用も積極的にしていこうと考えています。また、ちょっとしたメモなども再利用の紙でできます。再利用するためにはサイズを揃えて、しかもすぐに取り出せるようにしておくことが必要です。

 生徒が落とした筆記用具などの文房具などもなるべく取りに来させるようにさせなくてはなりません。身近なものを大切に使わせることは大切な教育です。どうしても引き取り手のないものは、必要な人に使わせることや寄付できるものがあれば積極的に行うことも重要です。

 コンビニ業界では恵方巻などを注文販売にしたり、賞味期限の近いものを値引きすることなどの工夫がなされると聞きますが、学校でそうした試みをすることは教育的な効果もあるはずです。色々と工夫をしていきたいと考えています。