スマートフォンを使うようになって、フリック入力にもすっかり慣れた。このスタイルは昔の人がみたら短冊を持っているかのように見えるのかも知れない。
昔から短歌や俳句を作ってきた。いまでも思い出しては作り続けている。スマホに横書きのデジタル文字で歌や句を書くことは抵抗感が消えないが、いつでも書いてなくさずにいられることは便利だ。
俳句のブログは実はそこそこアクセス数がある。きっと時代が変わっても、共通する情緒があるのだろう。
日々の思いを言葉にして
タグ: 文化
スマートフォンを使うようになって、フリック入力にもすっかり慣れた。このスタイルは昔の人がみたら短冊を持っているかのように見えるのかも知れない。
昔から短歌や俳句を作ってきた。いまでも思い出しては作り続けている。スマホに横書きのデジタル文字で歌や句を書くことは抵抗感が消えないが、いつでも書いてなくさずにいられることは便利だ。
俳句のブログは実はそこそこアクセス数がある。きっと時代が変わっても、共通する情緒があるのだろう。
卒業式の定番曲「仰げば尊し」の歌詞を分かれ目と誤解していた時期は長い。係り結びの法則を学んだあともこの歌詞に思いを致すまでには暫くかかった。
ただ分かれ目説にもそれなりの説得力がある。卒業を気に人生の分節点を意図的に作りだし、現状からの脱却をはかるというのはむしろ卒業の意志にふさわしい。そう思って歌唱している人は多いのではないだろうか。
慣れ親しんだ学舎と同窓の仲間との訣別を覚悟する点においては当たらずといえども遠からず。それぞれの思いで歌えばいいのかもしれない。
近隣の書店が閉店してしまった。駅ビルの中にあって便利であったのに残念でならない。電子書籍を利用することも多いが、大切な本はやはり冊子で購入したい。それがどんどん難しくなるようである。
小規模の書店は近隣からほぼ消滅してしまった。いくつも支店をもつ中規模以上の本屋が残り、それも次第に数を減らしつつある。読書をする人が減ったのに加えて、ネット注文ができたり、電子書籍が普及したりで、この業界には逆風が吹き荒れている。
自分の本を所有することの意味はデジタル化社会でも変わらないといわれる。知識の吸収という面において紙面メディアは優位にあると言うことはデジタル教科書問題でしばしば議論されている。
その意味で書店が消えていくことは残念だ。損失というしかない。
3月3日はひな祭りとして日本では女子の成長を祝う日となっている。本来は古代中国の陰陽思想に基づくもので、奇数のぞろ目の日が節日として特別扱いされていたのに基づく。
古代の宮廷では上巳の節句とも言われたようだ。曲水の宴なども行われ、風流な一面もある。旧暦のこの日は今より暖かく、様々な花が開く春の一日だったはずだ。その根源は禊や祓いをすることであったという。日本の宮廷には定期的にこうした行事がある。
科学の進歩により簡単には穢れは消えないことがわかってきた。しかし、古人が年に何度も禊を繰り返したように、何かにすがって生きるのも一つの知恵なのかも知れない。
近隣の公園にでかけてみた。梅園はまだ五分咲きくらいだった。品種によってかなり差がある。
梅はもともと外国から植樹された樹木らしく、万葉集の時代にはかなり大陸が意識されていたようだ。令和の元号の由来ともいわれる大宰府の梅花の宴も、舶来の花を囲むところに意味があったのだろう。平安時代には庭木として定着し、時代が下るごとに梅にエキゾチズムを感じることはなくなった。むしろ和の象徴に感じる。
梅の木を人々がどのように考えて来たのかをさぐることはこの国の歴史を知る一端だ。
生徒諸君が受ける模擬試験の古文に柳の挿し木の話があった。難しさを売りにしている試験なので恐らく出来はそれほどよくないだろう。ただ、思うに文法や単語の知識以前に、柳が挿し木で増えることをどれだけ知っているのだろうかということが気になった。
古典文学に限らないが、過去の文章を理解する上で必要なのは文化的な背景の理解であろう。植物を育てる経験をほとんど持っていない若者たちに挿し木の話は理解しにくい。価値観の違う時代のことが分かるためには手続きがいる。
挿し木にまつわる問題を見て感じたのは文化の伝達は記号だけでは完成しないということだ。それにまつわる経験や価値観の伝承があって初めて達成されるのかもしれない。

いまの時勢では仕方がないのかもしれない。ただ、心の潤いという面において著しく低下しているのは紛れもない事実だ。
文化的な催しが制限され、中止されるものも多数ある現状では、精神的な充実感を得る機会が少ない。もちろん、自ら創作し活動することはできる。しかし、そこにはおのずと限界がある。他者から受ける感動がこの方面ではもっとも大切な要素だと考える。しかし、それができない。
非接触、遠距離の文化交流の試みはいくつもある。ただ、そこから得られるものは限定的だ。その枠で何ができるのかをいま一度考え直すべきだ。
日本文化を語る際に制約を前提とするという思考の枠組みがあることを思いだす。自由に表現するというより、型に当てはめてその中で創作するということが伝統になっている。
文学で言えば短歌や俳句のような定型詩、絵画で言えば構図や配色などの型がそれに当たる。無形のものにもそれはある。芸事や武道などにも型があり、まずそこから教えられる。
こうした制約下の創作という方法は昨今の生活体系にも活用されるのかもしれない。できることを組み合わせて何とかしてしまう。そこに価値観を見い出し、新たな価値を創出するのである。私たちはこの国の伝統に学ぶべきではないか。
日本には1月のはじめに神社や寺院に行き参拝する習慣がある。これを初詣というが、この習慣は宗教に関して独特の考え方をもつ日本人の思考様式を考える上で重要だ。
初詣は神社でも寺でも良い。参拝の仕方は一応違って神社では柏手という拍手をしてから拝むが、寺院では手を合わせるだけだ。神社は神道という宗教で、寺は仏教の宗教施設だ。そういうことは日本人の大半は了解しているが、中には混同している人もいる。実はこの区分は明治維新後に区別されるようになったもので、それ以前は寺と神社はさほど峻別されてはいなかった。その証に境内に神社と寺が同居しているところは多い。また今は神社と称しているが歴史を遡ると寺であったという箇所も少なからずある。仏性が日本の神の姿を借りて化身しているという本地垂迹説のようなものもある。日本人にとって人智を超えるものは神であり、その神は様々な姿である。多神教の思想ではそれらは矛盾しない。
今年はコロナウイルスの第3波の影響などで初詣を控える家庭も増えているという。また賽銭から感染することを避けるため、電子マネーで賽銭をするというシステムまで用意している。形はどうであれ、日本人の神頼みの思いは強い。その意味で宗教的な民族である我々にとって初詣も満足に行けない現状はなんとも苦しい。それを超えるための何かが求められている。

日本近代文学館で開催中の翻訳に関する展示を観てきた。翻訳は文学のみならず異文化摂取の具体的な営為として大変興味深い。
古代以来、日本は海外の文献を翻訳してきた。漢文の訓読はその中で培われた手法であり、結果的に日本語自体を変える大きな影響をもたらした。ただ私たちが翻訳というときに想起するのは、近代以降の特に欧米から伝わった書籍の日本語訳のことだ。漢字を介さないこと、基礎となる文化の差が大きいことなど、漢文とは遥かに異なる障碍を乗り越える必要があった。
例えばベルヌの「八十日間世界一周」は漢文訓読のような訳文がつけられていた。係結びもある古文体だ。まずまだ日本語が発展途上で翻訳の方法も決まりがない中で訳をつけるのはまさに冒険のようなものであったろう。
様々な先駆者が海外の文書を和訳し、その精神性までも伝えられるようになって、海外文化を取り入れられるようになっていく。そんな過程を伺うことができた。