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冬支度

 ささやかな冬の支度として、マフラーと手袋を用意することにした。東京の冬は晴れて乾燥することが多い。めったに雪は降らないが、北風が強くかえって寒く感じるものだ。

 ここまでやや暖かい日が続いていたこともあり、警戒の気持ちが緩んでいる。コロナウィルスは収まらないしインフルエンザの脅威もある。ゆっくり休みたいがそれもできない。苦しい毎日をいかに生きるのか。

 今年は最後までいろいろ試される1年だ。

銀杏黄葉

 ここ数日、強い風が吹いていないせいで紅葉が長持ちをしてる。近くの街には銀杏並木があり、黄色に色づいた葉が落葉前の美を見せている。鮮やかで印象的だ。

 おそらく、数日で冬型気圧配置が完成し乾いた寒風が風景を別のものにしてしまうに違いない。今見る風景は今しか見られない。その感動は写真や動画には残せないはずだ。

 せめてわずかな時間、この風景に向き合ってみよう。

晩秋

 初冬というべきなのかもしれないがそこまでの冷え込みがない。昨日は近隣の丘陵を訪ねた。半ばはすでに枝だけになっていたが、紅葉もかなり残っていた。その色がくすんで見えたのはこの時期だからだろう。池水には動きはなく、枯れた蓮の茎が窓らに並ぶ。もう来週にはこの地に来ることが億劫になるだろう。私は秋冬の行合になぜか心を揺らしている。

うろこ雲一面に

 今朝は空の大半が鱗状の雲に覆われている。昨日よりは気温は上がるようだが、秋の深まりを感じる。気がつけば明日からは師走だ。

 冬というには冷え込みが足りない。過渡期にあると言える。季節のゆきあいには得られる感慨も深い。

落葉

 暖かい日々もそろそろ終わりなのか。今朝はやや強い風が吹くときがある。まだ気温は下がっていないがこのあとの北風を予感させる。

 電車で通過する駅に向かう街路樹の葉がすでに半分くらい散っている。枝の形が見えだすと冬も近いと感じさせる。

 落葉の道を歩くのは楽しみだ。一枚として同じものがない紅葉は見ていて飽きない。できるならば保存しておきたいと思う。ただ時間が取り戻せないように、それは無理なことなのだろう。

小春日和

 小春日和と呼ぶのがふさわしいのか分からないが、ここ数日暖かい。それでも紅葉は進んでいて様々な色の落葉もある。

 気づけばもう11月も後半であり、波乱の2020年も一月半を残すだけだ。ウイルス感染は一向に収束せず、むしろ拡大している。これまで私とその周辺にこの病魔の当事者となった人はいない。でも、この第3波はどうなるかなどまったく予想がつかない。

 この小春日和のような穏やかな毎日が続くことを願っている。

コート

 今季初めてコートを着て出勤している、重いかと思ったが寒さの方が勝っていた。これからはコートで着膨れる季節になる。

 気温というのは連続的なものだが、着るものは段階的だ。コートを着けるかどうかで気持ちはかなり変わる。季節という概念も似ている。秋のあとに突然冬が来るわけではない。中間的な天候があるはずなのに、それをどちらかに分けてしまうのだ。

 コートを着ることで冬の訪れを認識する。皮膚感覚以上に大切な問題はここにあるのかもしれない。

換気

 ウイルス感染対策の継続が呼びかけられる中で、少々困ったことになっている。暖房の問題だ。

 換気はウイルスの問題以前から必要なものであったが、常時換気となるとそれを補うための空調機の過剰な稼働が起きることになる。条件によっては機器の故障に繋がる可能性も考えられる。

 窓の開け方など工夫しなければならないだろう。寒さという新たな難問を解かなくてはならなくなった。

落葉

 紅葉の季節になり、やがてそれが宙に舞う時になっている。今日訪れた街の街路樹はユリノキで大きな葉が舞うさまは見応えがある。

 風に乗る様はそれぞれであり、中には瞬時静止するかのように見えるものもある。やがて止めた時間を取り戻すかのように激しく揺れ動く。そのさまは不規則で予測不可能だ。

 植物ごとに違った紅葉の仕方があるように、落葉の仕方も様々だ。それを見る楽しみは期間限定であり、いましか経験できない。

すすき

 線路脇の土手一面にすすきが穂を揺らしている。乗車した電車が起こす風がその揺らぎをさらに大きくする。ここ数日ですっかり季節は進んだ。半袖姿は元気な一部の小学生だけになっている。