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価値観の相対化

 小学生のとき父の転勤で一家は福岡市に引っ越した。両親にとっては何回目かの引っ越しですでに手慣れたものだったようだ。今になってみるとそう思う。ただ低学年の小学生だった私にとってはまるで外国に行ったかのような急激な環境の変化だった。

 まずは言葉が分からないことだ。そして普通に話す東京方言が「つやつけとう」とみなされ拒まれる。父親が何も考えずに買い与えた野球帽のHTの合字のロゴが(関西に無関係の家庭の息子になぜこの帽子を被せたのかは分からない)地元の小学生には気に食わないらしく、太平洋クラブライオンズの帽子を被るように注意された。

 私にとっては福岡での生活は夢のように過ぎ去った。地域のソフトボールチームに無理やり入れられて2軍ながら、そこそこ勝って地域のオヤジたちにほめられた。その地域のさまざまなな環境下の友人と付き合い、友情の素晴らしさと、子どもらしい残酷さとを味わった。浮浪者と呼ばれた被差別階級の生活を垣間見たのもこの時期だった。決して理想化できないが、世の中とはこういうものという原体験ができたのである。

 東京に転校して田舎者の逆差別を受けても、私は動じなかった。子どもとは違う価値観を何となく身につけていたのだ。担任からも変わり者だと評されたが、なぜか達観できた。母が先生は何も分かっていないといったことを言ってくれたのも助けになった。

 今の自分に繋がる精神的な財産があるとすればこの転校の繰り返しによる価値観の相対化が身についたことだと思う。自分の考える正義なり、よいことはもしかしたらほかの人にはそうでもないかもしれない。当たり前と思っていることは他の人には奇異なことである可能性がある。こういうことを理屈ではなく経験で知らしめたのが私の少年時代なのである。

 なかなか決断できない優柔不断さ。物事の判断を価値観の違いに帰してしまうずるさも、このときから生まれている。転校続きの子ども時代を恨んだこともあるが、今となってはそれも意味があったと考えることができるようになっている。

夏休み、その後で

 児童、生徒の皆さんにとっては夏休みのただ中だ。暑すぎるのが問題だし、熊本の被災地の皆さんを始め、ここ数年で起きた様々な災害の被災者のことを考えると簡単には言えないが、子どもたちにはこの夏にしかできないことをやってほしいと願う。

 私にとって夏休みは転校先のまだ友だちが少ない中で過ごすことが多かったときだ。小学校で3回はそうだった。父の事例が7月半ばに出て、その後引っ越すことになったので、それまでの友には別れを告げず、見知らぬ土地に連れて行かれた。それでもその頃は順応することばかりを考えていたわけでもなく、結果的には流れに身を任せていたのだろう。

 いわゆる転校生いじめも経験したが、幸いにも私の場合は長期化することはなく、むしろその異質性から珍重されることが多かった。転校は試練ではあったが、子ども社会を生き抜くための基礎体力を形成してくれたことは確かだ。付き合い方の濃淡の重要性を小学生にして知ってしまった。

 実際に新しい学校に行くのは9月1日だったが、その前から近所の子どもと遊ぶこともあった。1人でゴムボールを弾ませていたら、おいと声をかけられて遊ばないかと誘われたこともある。近くの公園でハンドベースをしたり、何とかという変則鬼ごっこをして日々を暮らした。学校が始まったら、クラスが違うか何かの理由で疎遠になったのはなぜだろう。

 夏休みは子どもにとっての試練の時間ではあったが、今となっては貴重な社会勉強の期間であったと想起するのである。

チョコレート、パイナップル

 子どものころじゃん拳の勝ち方で進める歩数がかわるグリコという遊びをよくやった。先日、公園で同じ遊びをしている子どもを見た。伝承されているらしい。

 この遊びでのじゃん拳勝利時の獲得歩数は、

グー グリコ 3歩

チョキ チョコレート 6歩

パー パイナップル 6歩

 であろうかと思う。ただしこの数え方は日本語としては不自然だ。短歌や俳句を作れば分かるが、文字数と音の数とは一致しない。いわゆるモーラという考え方をする。チョのような拗音は1つと考えるが、ナッのような促音は2つになる。レーのような長音は2であり、撥音も1つとして数える。だからチョコレートは5となり、パイナップルは6である。このルールにすれば勝敗が変わるのかもしれない。

 チヨコレエトの水増しがもたらしてきた悲喜劇を云々しても意味がない。ただ子どもの遊びが日本語の特徴を知るきっかけになることは注目していい。