タグ: 健康

陰謀

 コロナウイルスが人工的に拡散されたという陰謀説は根拠がありません。誰かのせいにしなければ収まらない気持ちの表れです。

 はたしてこの厄介なウイルスを誰が巻き起こしたのか。この答えは誰にも分かりません。起源をたどることほど困難なことはありません。それでは収まりがつかないという気持ちが陰謀論を作り出します。結果は出ているのですから原因を作るのは簡単です。ないのは確たる証拠だけです。単なる噂ですが、多くの人々が苦しめられていることの犯人を決めるのは負の喜びに繋がります。

 陰謀論に苦しめられる人がいるということを私たちは知らなくてはなりません。苦しみがさらなる苦しみを引き起こす悪循環の片棒を担いではならないのです。

ヨーロッパは再開?

 ロックダウンを日本より厳重に行ったヨーロッパの一部の国は商業活動を再開する動きにあるのだとか。死者数が格段に多い圏域にも関わらずなぜそうできるのか不明です。

 対して日本は感染者数を指数関数的に増やしながら、死者の数はさほどではありません。ただ、いわゆるクラスタ内での致死率は高く恐ろしい病気であることは否めません。おそらく非常事態宣言は延長されることになります。

 感染者は検疫が進めばさらに増えていくのは間違いありません。対して我が国では死者の爆発的増加はいまのところ起きそうもありません。このバランスをどう考えるか。より細かい指示が必要です。

市街放送

 外出を控えてください。そういう内容の放送が定期的に聞こえてきます。市役所が防災放送を利用して注意喚起を促しています。都会ではビルなどの障害があるため、スピーカーがあちらこちらに設置され、時間差をおいて放送されるために同じことが何度も流れているのが聞こえます。

 放送は緊急事態宣言が発令されているので不要不急の外出を控えるようにという内容で、すでによく周知されているものと同じです。ただ、一部の観光地などでの人手が減っていないことを踏まえて、各自治体がさらなる勧告として行っているものと考えられます。

 日本では間もなく大型連休期間を迎えますが、このままであるとせっかくのレジャーもほとんどできません。毎日が停滞しているなかでどのように気分を高めていくのか、どうやって体力や気力を維持するのかは大きな課題となっています。パソコンやスマートフォンの画面の情報ではもう収まりがつかない。生の経験が必要になっているのです。

 例えば、入場制限をかけながら施設利用をみとめるとか、屋外施設に関しては指導員のもとで利用させるとかそういった手法も必要になるのではないかと考えています。このままさらに非常事態が長引くようであると想定外のトラブルが起きる可能性もあります。そのための対策を考えていかなくてはならないでしょう。

精神の安定

 ステイホームの政策ほ一定の効果は発揮できているように感じられます。爆発的な死者の増加は今のところはなく、医療崩壊は最低限に抑えられています。とはいえ、感染者数の増加は指数関数的であり、一部の病院ではトリアージを行わざるを得ない状況にあることも事実です。

 もっと恐ろしいのは分断生活で失うのものがある可能性があることです。集団の団結力、協調性といった日本人のある意味最後の財産とも呼べるものが失われれば大損失と言えるでしょう。恐怖心やそこから発せられる憎悪や異種知り捨てが起きることも不安要因です。小さな疑いが不寛容な人間そして社会を作り出していきます。

 ウイルス感染対策とともにいま大切なのは精神面の安定です。文化的な活動も止められている現在、何が支えになるのかを考えていかなくてはならないと感じています。

マスク販売

 ネット上にマスク販売の予告が出るようになりました。安価なものから高価なものまで様々です。アベノマスクの影響で転売目的の人の目論見ははずれそうですが、いまだ需要に供給が追いついていない状況にあります。

 ネットでのマスク販売元のサイトを読むと、生産国が中国であると書かれていました。マスクやアルコール消毒液などの医療品を海外製品に依存している問題点が露呈しています。コスト削減のために安価な輸入品に任せていいものなのか。非常事態になると改めて考えさせられます。

 マスクの長期にわたる品不足はこの問題を考えるいいきっかけです。トイレットペーパーのように海外依存度の低いものはなんとかできても、拠点を外国にシフトしたものはいざとなるとなくなってしまう。消費者レベルで考えれば、高くても自分の安全のために国産を買うべきなのでしょう。

変化激しく

 このところの東京の天気は変動が激しく、今朝も強い雨が降っています。気温も低めです。

 昨日は初夏のような陽気でしたが、今朝は気温が上がらずやや強い雨もふり、まとこに変動が激しい日々です。自由に外出できない現状とあいまって体調管理がかなり難しくなっています。

 いままではウイルス感染予防以外の面にはあまり関心がなかったので、これからは軽度の運動をするなど健康面にも気をつけていかなくてはならないと自戒しています。

外出

 十分な距離をとり、密集を避けるならば外出は許されるというのがいまの状況です。運動不足を解消するためには他人に近づかずに公園を歩くことならばいいのではと考えています。

 空気感染がないとされているコロナウイルスですので、他人との距離を十分にとることさえできていれば外出は可能なはずなのです。大切なのは一人ひとりの自覚にかかっています。

安心のもと

 リモートワークが進んでいる現状てはソーシャルディスタンスも致し方ありません。カタカナ語に惑わされているうちに私たちは大切なものを失いつつあるかもしれません。

 ウイルス感染予防のための密なる状態を避ける方策は予防医学的には有効であっても、生物としての人間のあり方とは大きくかけ離れています。集団で生き抜く戦略をとった人類にとって、根本的な行動様式を奪われたことは死活的問題といえます。

 インターネットという擬似的連帯を得る道具も、リアルでない以上様々な弊害を逃れることができません。大事なのは現実感、実態感のあるコミュニケーションです。ブロードキャストではなく、私だけに向けられた会話こそが失われた連帯を思い起こすきっかけになります。

 不安な時代の安心のもとは何かを考えていかなくてはならない。それがいまできることなのです。

少々の異変でも

 今朝は少し遅く出勤することにしました。非常事態という大義名分がありますが、残念ながら完全に自宅勤務は難しい。

 実は少々頭痛があります。しかし私の場合、これはウイルス騒ぎ以前からのことなのでいわば持病というべきものです。気圧の変化が激しいときなどに起こりやすく、低気圧の接近を身体が予知しているのかもしれません。ただ、こうしたわずかな異変にも敏感になってしまうのが昨今の状況です。

 完全にテレワークに移行する日も遠くないかもしれません。そのためにいまできることをやっておかなくてはなりません。

運動不足

 最近の問題点として慢性的な運動不足による体調不良があります。授業で数時間黒板の前に立ち、声をはるだけでも幾分かの運動になっていたのですが、いまはそれがありません。

 いまさら、気づいたことに筋肉の衰えは意外にもはやく起きます。座ってばかりいると背筋が落ちやすく、その結果立っていることが辛くなります。そういう悪循環が状況をさらに悪化させます。

 東京は今日にも非常事態宣言が出るようです。非常事態が予告されて出るとというのは形容矛盾です。どうも、政治的意味合いが強いものらしく、切迫した言葉としては響きません。軽症者が多い病といって油断するな、感染者を隔離していたら病床がなくなる。まずは己の身を慎ましくして人に迷惑をかけるな、ということを「民主主義的」に表現するとこうなるということなのでしょう。

 日常生活が営めないことから起きる心身の不調を保全することは、私だけではなく昨今の緊急課題なのです。