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集中のために

 マルチタスクが苦手な私は職場のなかで少し隔絶した場所に活路を求めている。次々に起きる事態に対応できないから、しばらく別の場所に身を置くことでなんとかしようというわけである。

 少し前ならば協調性のない行動として自ら取らない選択肢であった。しかし、恐らく脳の機能的低下もあって、これまで以上に中断や作業停止に弱くなっている。一度やめたものを復帰するのに能力がかかるのである。

 だから、思い切って自席を離れて仕事することにした。言い訳の仕方もいろいろ考えた。だが、一度やってしまうとあいつはそういう人なのだ認識されて特に断りも要らない。そこでは作業に使うものだけを持っていき、それ以外はしないようにしている。

 これでもう少し仕事ができそうだ。なりふりをかまってはいられない。

プログラミングは大事だが

プログラミングを子どもに教えたいという親は多いらしい。間違いではないがそればかりであると必ず失敗する。プログラミング用のコンピューターに通じる言語を覚えることは今後さほど重要ではなくなるかもしれないのだ。

人工知能の発達でプログラミングの基本は自然言語でかなりできるようになっている、すると大切なのはまともな言葉遣いができるということになる。伝わる日本語が使えているのかが問われることになる。

さらに誰にでもできるプログラミングは専門家の力は要らないことになる。人間の思考の癖を知り、それを先回りしてプログラミングに取り入れることが大事だ。ならば学ぶべきは人間の思考のパターンである。それには文学や歴史の学習が役立つ。

 理系の時代などという人はいるが実は理でも文でもない人間に興味をもつことが何よりも大切だ。親御さんにはこのことを言いたい。もっと本を読ませ、もっと遊ばせ、もっと他人や社会と関わらせた方がいい。昭和世代が必死に覚えたことは機械がやってくれる。ただ人生の経験の厚みは補えない。子供時代にそれをやらせるべきだ。

パソコン前のメモ

 パソコンの前に置くメモ帳というものが売っている。高さがなく、横長という寸法だ。確かに狭い空間に置くのに相応しい。真似してみようと考えた。

仕事柄、いわゆる裏紙、つまり余ったり失敗したりしたコピー用紙には事欠かない。環境問題などを口にしながら、この用紙を捨てることも多い。ならば、裏面を利用して最大利用しようと思う。ただB4やA4のままではかさばるし、結局邪魔ということになる。そこで例のパソコン前サイズに切ってクリップで留めるといいことに気づいた。

 ペーパーレスと言われ、電子メモアプリも使うがやはり手書きほど便利ではない。しばらくは短冊のような紙の束のお世話になる。

教える勉強法

 学習したことを定着させるには言語化が欠かせない。私たちは受容した情報の大半を言葉に置き換えて覚えるからだ。記憶するためには言語化をいかにうまく行うかが影響する。

 言語化の方法はいろいろあるが、その一つに学んだことを誰かに教えるということがある。実際に教える相手がいない場合は架空の人物に向かって教えるのでもいいのだという。先生ごっこは実は最高の学習方法だったのだ。

 ノートに学んだことをまとめ直すのでもいいのだという。多くのノート術を説く本に、講義の後のまとめが大切だと書かれている。自分のことばにして文字として書き出すことで知識は定着する。

 言葉にするのは面倒だし時間もかかる。だが、この一手間こそ学習効果を上げる簡単かつ効率的な方法だったのだ。

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お土産倶楽部

 部活動もいろいろあるが、地方の学校にぜひ作ってほしいのが新作民芸品を創作するクラブだ。その地域を表し、なおかつ可愛らしかったり、有益だったりして買い求めたくなる。そういうお土産を創作するクラブだ。

 最終目標として採算が確保できることを前提にしたい。そのためには地域の歴史や経済、流通などの現状を把握する必要がある。地元の商店主や観光行政の責任者にアドバイザーになってもらい、実益が得られる部活動にすべきだ。中学生や、高校生が向いている。

 地域を活性化するのは若い世代だろう。アイデアは彼らが生み出す。大人たちはその実現のためのサポートをすればいい。うまく行けば地域として大きな恩恵がもたらされる可能性もある。田舎であることは不利ではないということを地域として証すべきだ。

黄砂と湿気

 今日明日は黄砂が飛来するそうだ。言われてみればなんとなく空が濁っている気がする。さらに今朝は湿度が高い。この空には大量の砂粒と水泡が漂っていることになる。

 あまりいい条件ではないが、こういうときは何か別の視点が取れるチャンスと考えたい。濁った空の下で何ができるだろうか。この気を晴らすものは何か。技術的な話になると手が届かない。生活の工夫ならばできるだろう。あるいは考え方を変えれば新しいアイデアが生まれるかもしれない。

 空が繋がっていることを再認識すれば、励ましにも警告にもなる。高湿を気をつければ今後の猛暑に備えられる。何か考え方を変えていきたい。

即時性

 現代の人々の気質として即時性の偏重がある。すぐに結果が出なければやる気にならないということだ。答えが出ないものは無価値とさえ考える。いろいろなことが即座に実行できるようになったために、結果を求めすぎる。

 私のような世代にとっては、すぐに結果が出るようなことはレベルの低いことだった。本質的なことはなかなか形にならないものであり、具現化するために様々な努力をすることこそ人生の要諦と考えた。

 だが今は違う。結論が出ないものは価値が低いと考えられがちだ。超高速のコンピューターに途中の計算をさせ、結論を急ぐ。結論の出ない問いはそもそも発問が間違っていると考える。考えてみればとても窮屈な思考回路だ。

 このような性急な環境では状況対応型の考え方しかできない。何が真実かとか、善悪の判断とかそういうものは後回しになりやすい。貧困な思想しかできない。

 恐らく私のような時代遅れの人間に出番があるとすれば、日々の判断にあくせくせず、少し引いて考えることを提案する役になることだろう。失笑や嘲笑をものともせず、真実を探る尊さを示すしかない。

 そうすればわずかに数人が気づくかもしれない。答えがあることばかりが良いのではない。むしろ容易には解答が見つからないことの方が価値が高いこともあるのだと。

先生はいませんか

 全国の小中学校で教員が不足しているという。なかには退職者を呼び戻したり、管理職が教壇に立ったりしている。原因は教員のなり手が少ないことや、病気や出産で抜けた穴を補えないことにあると言われている。

 恐らくこの状況はしばらく続くだろう。少子化が進む中、教育が成長産業とは認識されていないのに加え、勤務体系が不明瞭で過労死ラインを超える労働を課せられると考えられがちだからだ。これは必ずしも正確ではない。

 学校にもよるが退勤時間を強制的に早める措置で労働時間は短縮する傾向にある。満足いくまでとことんやるのが教員の基本的な気質だが、これは雇用者がそこまでやらなくていいと公的に伝達したことであり、大いに手抜きしていいのだ。ただ、そうは言っても理想を求めるならば優先順位を決めて、決めたものも合格水準をやや下げてやる他ない。教育は継続性が必要だ。一度限りの成功では結果的に失敗に繋がる。

 労働時間を割り切れば、次は業務分担もしくは委託で次の関門を乗り越えたい。部活顧問についてはすでに何度も述べたことがあるが、地域との連携がいる。責任の所在をしっかりさせて教員以外にも参画してもらう方が、質的向上も社会的影響力も高まる。生活指導や進学進路指導も専門職を設けて特化した方がいい。担任が全てをやる現状は一見効率的だが、効果的ではない。

 こうした整備ができればまず教員になりたいと思う人材が増えるだろう。新卒はもちろんだが、結婚や出産、転居などで退職した教員を呼び戻すことも容易になる。数学なら数学の授業に集中できるのだ。独善的な授業は困るので教授法に磨きをかけてほしい。その時間もできるはずだ。

 定年をもう少し上げることや、教員免許更新制度という意味不明だった制度のため、免許が失効していると思われている人(していません)にも再登場していただける環境も整備するべきだろう。

 教育はこの国の要などといわれながら、教員を軽んじていたつけがきている。誇り高い職場になれば、いい人材が集まり、残念な教員たちは減るはずだ。

脱ルーティン

 私は日常の大半を既定の習慣でこなしている。いちいち考えなくてもいいからだ。どこに財布を入れるのか、電車の時刻、車両、立ち位置もほぼ決めている。習慣化の恩恵は大きい。

 ただしこの方法だと臨時の対応ができなくなることがある。普段とは違う行動をしなくてはならないときに立ちゆかなくなる。これも困ったことだ。私には定期的にこの失敗があり、そのつど狼狽している。

 ルーティンだけでもだめで臨機応変の事態も対処できるようにしなくてはならない。そのためにも労力や金銭のコストをかけてもいつもとは違うことを敢えてする日を作らなくてはと考えている。木曜日はいつもと違う道を歩くなどから始めている。これも大きなルーティンといえばそれまでだが冒険の木曜日とでも銘打てば少しは脳の活性化に役立つだろう。

 木曜か金曜のブログにご注目あれ。

なかったら

 最近、これがなかったらという仮定を頭の中でよく行うようになっている。生活に欠かせないあるものを、もし存在しないとしたらどうなるのかと考えるのである。これは、新しい考え方を引き出す手段になりそうだ。

 実は短い演劇のシナリオを書こうと考えている。やり方はいろいろあるが、いま考えているのは現実から引き算した世界で何が起きるのかをテーマとすることだ。発達や発展は可能性を拡大するが、逆に他の可能性を消してしまうこともある。それを形にしてみせたい。

 普段とは異なることを考えることにはエネルギーがいる。でも、有意義なことだと思う。