実は梅雨明けは昨日だったようですが、数日前から事実上夏の暑さは始まっていました。今日も最高気温が34度と予想されていて猛暑日になる可能性もあります。ヨーロッパは寒冷な地域で40度以上になっているとのことですので、それに比べればまだましということになります。暑さなれしていない身体には厳しい一日になりそうです。
投稿者: Mitsuhiro
デザイン重視
いろいろなもののコモディティ化が進む中で重要なのが使いやすさと美しさを調和したデザインの重要性が高まっています。私はデザインを選ぶ側からする側に考え方を変えていく必要性を感じています。
おしゃれなデザインと機能性とは時に相容れず、どちらかを取るという選択を強いられました。しかし、これからはそのどちらも追求することが肝要です。使いやすさにはそれを使いたくなるという魅力も含まれるからです。
しかし、美意識やものから受ける情念は人によって異なり、自分にとって心地よいものは自分にしか分かりません。だから、私たちはデザインについて関心を持ち、自分なりに手を加えることができるようにするべきなのです。
与えられたものをそのまま使うことになれすぎている私たちにこのことは大きな変革を求めるものです。面倒でも徹底的に手をかけることが私たちのものとの関わり方を変えます。デザイン重視の考えはモノだけでは止まらない改革になります。
小さな旅

生活圏を離れて旅をすることは大切だと思います。日常の生活に倦んで新しい考え方ができなくなってしまったとき、別の町に行くことで新たな発見をすることもあるし、自分の日常を俯瞰的に見るきっかけを与えてくれることもあります。
同じことを旅行に行かなくてもできる方法があります。いつもとは異なる時間に普段は立ち寄らない場所に行き、わずかなときを過ごすのでも同様の効果が得られることがあります。自分の住んでいる街なのに見方を変えれば全然違って見えるという体験です。小旅行にでも行ったかのような感慨を得ることができるのです。
私たちは実はかなり限られた生活圏の中で、同じことを繰り返して生きようとしています。生活に道筋をつけるのは雑多で複雑な現実を乗り切るための知恵ですから視野が狭くなっていくのは当然です。狭い世界の中に自分の居場所を確実に見つけることが生きる知恵ということもできます。
それをあえて壊すときがいるということを言おうとしているのです。安住の地を捨てることで常に新鮮な感覚を保つことができます。そしてそれは高い旅費をかけなくてもできることなのです。
アイデアを出すための休息
毎日、忙しく暮らしているとルーティンワークに関しては作業効率が上がってきます。一方でその仕事に集中するあまりほかが見えてこないということがあります。やはり休息はとても大切なのです。
他の視点を持つことができるようになることはとても大切です。私は一つに入り込むと他が見えなくなってしまいがちの性格なので、常にやり方をかえることを意識して物事に取り組むようにしています。うまくいっていることでさえもきっと何か問題点があるに違いない。それを忘れないように時々方法を変えるのです。
場合によってはこれは非効率に見えるかもしれない。出来上がったものをそのまま継続した方が楽なのです。私もこれまでずっとそう考えてきました。しかし、時宜に応じて変化することこそ持続可能な在り方だと最近気がつくようになりました。本質さえ変えなければやり方はいくらでもある。そして何か一つの方法だけでやり続ける必要はないんだと。
ブログを書くことも私にとっては自分のやり方に変化をつける方策の一つです。今までとは違う何かを考えて文章にすることは、私にとっての変革の手段なのです。このブログは架空の別荘にある書斎をイメージしています。その空間でいつもと違うことを考えるための休息、日常と相対する時空を作ろうとしているのです。
ゲリラ台風
日本の南海上で熱帯低気圧が発達しながら北上しているそうです。予報では台風のレベルまで発達して日本上陸もありえるとか。もしこれが当たっているとするならば、台風発生から上陸までの時間が極めて短いことになります。近年ゲリラ豪雨という言葉が定着していますが、これはまさにゲリラ台風です。
気候変動の影響でしょうか。台風が本州の極めて近くで発生することが増えてきているように感じます。文字通りの熱帯地方で発生して、数日掛けて日本に近づくというイメージは過去のものになったのかもしれません。あるいは日本が「熱帯」になったのかもしれません。この辺りは専門化ではないのでよくわかりませんが。
ゲリラ的な台風に対する対策は情報を早く伝えることでしょう。何を準備すればよいのかを考えるべきです。周囲の人で声を掛け合うのも大切でしょう。被害が少ないことを祈るばかりです。
写真の中の人物
当たり前の話ですが写真の中の人物はすでに過去の姿です。そして現在の姿との差を感じさせるものといえます。
グーグルフォトサービスでは勝手に同一人物と思われる写真を集めてくれます。恐らくコンピュータの処理の結果なのでしょうが結構あたっていて興味深いものです。自分の写っている写真も当然ながらその中にはあって、何枚もある自分の写真が時系列ごとに並んでいるといろいろ考えさせられます。私もどんどん変わっていっているのだと。
生物学的には細胞は生滅を繰り返し、決して固定的なものはなく変わり続けているということです。私という人間さえ実は常に変化を続けているので、写真に写っている自分は今の自分とは別の存在であるといえなくもないのです。そういうことを考えさせてくれるのが写真の役割なのでしょう。
梅雨明け間近
週間天気予報から傘のアイコンが消えました。局地的な豪雨には警戒する必要があるということですが、梅雨明け間近であることは間違いありません。
気温上昇も夏本番の様相です。これまで肌寒さを感じる陽気が続いていたために体調管理が大切になってきます。まずは身体をならすことからはじめようと思います。
眩しい夏に対する期待感は年齢とともになくなってきている気がします。ここ数年、あまりにも暑すぎる夏が続いていることもあるのでしょうが、暑さの中に飛び込んでいく勇気がなくなっていることも確かです。
ボタンクサギ

自宅近くにボタンクサギという花が咲いています。小さな花が房状に集まって咲き、その様が遠目では牡丹のようにも見えます。綺麗な花なのですがその葉や茎に触れると何とも言えない悪臭を発します。触れなければ臭わないのが不思議です。臭木という名の由来はこうしてすぐに分かるのです。
実はこの花の名前を長く知り得ず何というのか気になっていました。先日、大船フラワーセンターに行き、同じ植物についていたラベルからようやく判明したという訳です。名を知るとそれ以外に見えなくなるから不思議です。
この植物は繁殖力が強いらしく、年々株を増やしているようです。臭いが玉に瑕の感じがしますが、それがまた魅力ともいえます。
ミュシャの魅力
渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで行われている「みんなのミュシャ展」を観てきました。伝統的な絵画の方法を習得したミュシャがポップアートの世界を切り拓いていく過程や、その影響を受けたアーティストたちの作品が転じされていました。
輪郭線をはっきりと描く方法は日本の浮世絵などの影響があったようです。そのミュシャの作品のモチーフは、逆に日本の画壇に影響を与えました。展示されていたのは文芸雑誌の表紙絵でしたが、それ以外でも様々な局面で影響があったようです。
ロックミュージシャンがミュシャ風の絵をレコードジャケットに用い、日本ではファンタジー系のアニメや映画のキャラクターデザインに用いられています。ミュシャの伝統はいまなお続いていることになります。
現実の混乱
京都で起きた放火事件がアニメーションの製作現場であることと、放火犯容疑者が犯行理由として述べていることとの関係とが気になります。報道されている内容によれば容疑者は幼少期から恵まれない環境にあり、犯行歴もあったとのことです。さらに友人も少なく精神的にも満たされていなかったことが想像されます。
身柄確保のときに自分の作品が盗用されたと述べていたとの証言もあります。これまでの報道では容疑者が小説などを投稿した形跡はなく、これは偽証と考えられています。そもそもアニメの制作現場を襲うこと自体が犯行目的とは一致せず、つじつまが合いません。
それでもなぜ京都アニメーションが狙われたのか。どうして自分の作品が盗用されたと思うに至ったのか。などの点は解明すべきだと思います。先日の川崎市の通り魔殺人でも犯人が死んでしまったために真相が分からなくなっています。悲惨な事件が繰り返されないための対策は必要です。