投稿者: Mitsuhiro

後継ぎ

 毎年お世話になっている宿は、代替わりをしつつあるようです。今までのご主人はまだ健在ながら、要所にはそのご子息が出ていらっしゃるようになりました。その若社長にはお子さんがいて早くも接客の真似事をしています。

 親と同じ仕事をすることはかつては当たり前だったようです。しかし、逆に現代はかなりまれな境遇といえます。同じ仕事を継続できるということ自体が難しい時代になってきているからなのでしょう。大企業の傘下に入れば、家系相続は難しく、個人経営で大資本に伍して戦うのはよけい難しい。だから親の職を継ぐというのはよほど特殊な条件がそろわない限りできなくなっているのです。

 親と同じ仕事をすることに若いころはずいぶん抵抗がありました。努力をせずに地位を確保することが許せないと思ったこともありました。しかし、今は全く逆です。親の仕事を継続する方がよほど困難であり、努力を要する。それにあえて挑戦する人に敬意を感じます。

精進湖の富士

精進湖から見た富士山

 いつもこの日は精進湖に来ます。今日も東京では猛暑とのことですが、当方は少しだけ気温が低い。とっても日中は29度もあり、涼しいとはいいがたいのですが。

 掲載した写真は今朝の富士山です。朝は雲が少なく山容が見えやすい。その後、次々に湧き上がる雲で山は隠れてしまうことが多いのです。山越えの時に雲が生まれることを実感できるのが精進湖から見た富士山です。

 道端に咲く額の花は盛りは過ぎていますがそれでも優しく咲いていました。

交流は続けるべきだ

 韓国では市民を巻き込んだ反日的行動が起きているようです。日本製品の不買運動や日本への旅行取り止めなどが起きているといいます。日本は同じことをするべきではありません。

 いわゆる嫌韓の機運は潜在的にあることは確かです。隣国に対する愛憎がはっきりと現れるのは宿命的な減少であり、まして歴史的な経緯も絡めば様々な問題が生じるものです。

 ただ日韓の間には共通する文化基盤があり、理解しやすい面が多い。日本には朝鮮半島の文化に対する羨望もあります。魅力的なものに関しては政治的な関係とは無関係にアクセスをするべきなのです。

 不買運動の必要はなくよいものは買っていくべきです。

縄文のデザイン

先史時代の博物館の展示を観ていろいろなことに気づきました。特に縄文時代の土器や土偶には不思議な魅力を感じたのです。生活の具という次元を超越した芸術性です。

縄文人は遺伝子的には周辺民族とは異質であり、それが現代日本人にも受け継がれているとのことです。謎の多い人たちですが、残した道具から私たちへ多大なメッセージを送ってくれているように感じるのです。

考古学的な知見はこれから学ぶことにしますが、まずは土器や土偶から受けるインスピレーションを大切にしたいと思います。

分断の世界情勢

 日本が韓国に対して輸出品の優遇措置をとる特例を廃止したことが大きなニュースになっています。日本側は日本が輸出した原料や製品が韓国を通して国際情勢上対立している国や、紛争中の国家に輸出され軍事利用されていることを容認できないのがこの措置の理由だとしています。韓国側も報復処置として優遇措置を停止したとのことです。日韓の摩擦は従軍慰安婦問題や徴用工の問題がその発端と考えられます。

 アメリカと中国の関係も関税の掛け合いで悪化するばかりであり、英国はEUからの脱退に向けて動いています。どうも最近の国際情勢は分断分裂が基調になっていて不穏です。それもこれも自国優先主義が蔓延しているからでしょう。自分の国さえよければそれでいいという考え方は、今日の世界情勢では取ってはならない方策です。世界は相互依存関係にあり、一国だけでは立ち行かない。それなのに自国のみに利する方策をとれば必ず無理が生じてくるのです。

 この現状を止めるのは誰なのか。誰が国際社会に落ち着きと現実的な解決をもたらすのか。今の各国のリーダーの中にはそれができそうな人物がいそうもないのが大変気がかりです。

短冊

スマートフォンを掲げる姿は短冊を持つたたずまいと少しだけ似ています。短冊は筆で書くものであり、長さもあるので実際はかなり異なるのですが、持ち歩いてその場でしたためるという行動には共通点があります。

思いついたことをすぐに文字にするという文化には歴史があるという訳です。ただゲームに興じる大人たちの存在を故人が知ったならばさぞかし驚き、時間の浪費を嘆くことかと想像するのです。

現代人の日常生活風景が未来の人たちにどのように映るのか。少々興味があります。

筆記の効果

文字を書く行為の生産性に注目しています。非効率的ではなく、極めて効果的かもしれないのです。

このブログはパソコンやスマートフォンの画面で読み書きされています。どこでも書け、いつまでも読める。検索可能でいつでも取り出せることは便利です。文字で書く場合はそうもいきません。紙と筆記用具がいり、書きちらした内容は編集が難しい。どこに行ったか分からなくなる。

しかし、様々な報告によると手書きの情報の方が印象に残りやすく結果として効果的なのだとが。また、検索することを割り切ってすべてを時系列で並べれば、つまり内容ごとの整理をしなければ探している情報にたどりつくことはできるというのです。

最近、私も目的別にノートを分けることなく1冊のノートにすべてを書くようにしています。整理が苦手な私には向いているようで続いています。

手書きノートを活用することの意味を再確認してみたいと考えているのです。

潰しては困る

 先の参院選でNHK解体を公約とした政党の議員が選ばれてしまいました。さらに、不適切な言動で所属の党から除籍された議員がそこに合流するという事態が発生し、日本の民主主義の劣化を印象付ける事態になっています。

 NHKに敵意を向ける理由は、受信料の一律徴収に問題があるということでした。また、過去にはNHKの歴史的報道が左翼的であることを問題点として挙げたこともあります。後半の見解については後付けらしく論理的な一貫性に欠けています。恐らくは票集めの手段であったのでしょう。

 この不思議な候補者に投票した人たちはおそらく現在の政治に対して無関心なのか、虚無的な気持ちになっている人に違いありません。また、情報が一見無料で手に入るかのように錯覚してしまうインターネット時代の錯覚がもたらしたものとも言えます。NHKがなぜ受信料を徴収するのかを考えることができない人たちでしょう。

 東日本大震災発生直後にまともに事実を報道できたのはNHKしかありませんでした。民放の多くは非常時の対応ができず、ローカルネットとの連携もお粗末でした。非常事態の発生時に報道が果たす役割は大変重要であり、震災の国難に国民が冷静に対処できた原因の一つに安定した公共放送の存在があったことは自明です。この一点をもっても公共放送の存在は大切であり、我が国の強みの一つです。それを壊せという意味が理解できません。

 言論は自由であり、理解を超えた意見があるのは当然のことです。ただ、それが国政選挙で議員を獲得するとなると事態は深刻です。大局を見られず、身近な不満だけで行動してしまう人が一定するおり、今後も増えるのではないかと懸念されるのです。