投稿者: Mitsuhiro

休業開始

 今日から夏休みが始まりました。こどものころは先生は長い休みがあってうらやましいと思っていたのですが、自分がなってみるとまちがいであることが分かりました。結構やるべきことは多く、超多忙な日々が、普通の労働になるといっただけに過ぎないということです。ただ、部活動の顧問としての仕事や合宿の引率などの業務が加わり、一日中勤務ということになる日もあることを考えればやはり特殊な勤務体系といえるのかもしれません。

 とはいえ、授業や生徒指導(これは完全にはなくなりませんが)からは一時的に解放されることは確かであり、その分、自分の教科に関する学習や指導方法の研鑽などに使う時間ができます。なによりも趣味の時間を設けることができるのがうれしく、私の場合は読書や美術の鑑賞、スポーツ観戦などやりたいことを少しずつできるのではないかと考えています。

 生徒には計画を立てそれを実行せよと指導します。これは自身にも適応するべきですが、なかなかそれが難しい。やりたいことがたくあんありすぎて、どれも手つかずになってしまう。それが現実です。まずは、できることから始めるというのがいまの私の課題です。

メインブログ変更

 今後はこのサイトをメインに更新することにしました。毎日1回以上、何らかの記事を書いていきます。よろしければ御再訪くださいませ。

 話題は多岐にわたりますが、古典文学や国語教育に関する内容が自然に多くなりそうです。

思い出の場所

いつまでも忘れられない思い出の舞台はなぜか時間が経過するごとに美しくなっていくようです。実際には様々な苦難とか挫折とかが伴い、ありふれた空間での出来事であったはずなのに。

恐らくそれは私たちの脳の構造によるものなのでしょう。私にはこの方面で語ることはありません。ただ、こうした過去の美化が私たちを随分救ってくれていることは確かだと考えています。生々しい過去をそのまま脳裏に保存するのなら、きっと精神は耐えきれないはずです。

都合よく整えられた過去の風景の中でも、少年時代のそれは特別な輝きを放ちます。実に大したことがないエピソードでも神話のような重みを持ちます。恐らくそれがその後の人生に多大な影響を及ぼしているからなのでしょう。私にもいくつかの思い出があり、それがいまの考え方感じ方につながっていることを実感します。

思い出の場所を再訪することは脳裏に増殖した世界をある意味リセットして、新たな想像をつけ直す機会なのかもしれません。

幻覚的な小旅行

 普段歩きなれている街でも知らないところはいくらでもあります。私たちは、少なくとも私は同じ道を歩くことが圧倒的に多く、さらにその道でも見ている先はいつも同じようなものです。同じ道を歩き同じものを見ている。そんな毎日です。

 だから、ちょっと視点を変えてみるとすでに日常とは違う世界が見えてきます。さらにいつもは通らない道にあえて踏み入れればもうちょっとした小旅行の気分になれることもあります。もちろんそれには心の余裕と時間とが必要ですが。

 私はこの幻覚のような小旅行を時々楽しむことにしています。それが忙しい私にできる数少ない楽しみです。

掌の劇場

芝居を観るのは嫌いではありません。むしろ普通の人よりは劇場に足を運ぶことが多い方ではないかと思います。演劇は想像力の世界であり、演じる方も観る方もその力を働かせ、協力しあって舞台を様々な世界に変えます。またただの役者を歴史上の人物や時には神にさえしてしまいます。日常にありながらそれを忘れ、非日常の世界に遊びます。

そういう空間は大きな劇場でなくても味わえます。もちろんスマートフォンの画面上の動画は劇場の雰囲気を伝えることができます。でも、そんなハイテクでなくても、文庫本一冊で非日常の世界は十分に動き出します。そういった意味で本は掌に載る劇場といえます。

私はこの魅力的な劇場を大切にしたいと思います本を読む余裕を忘れないでいたい。ブログを書くのはそういう世界を楽しむために言葉の力を錆びさせないための手段だと考えています。

バラの季節

町田市 野津田公園内のバラ園

 東京は今、バラの季節です。あちらこちらにバラを見せてくれる庭があるのですが、今日は町田市野津田町にある野津田公園内にあるバラ園を観てきました。かなり多くの種類のバラがあります。入場無料でここまで見られるのは驚きです。

 バラは世界各地で栽培され様々な品種があるようです。品種名もさまざまで中には有名人の名前を付けたものもありました。実はかなり手がかかる植物なのだそうですが、見事な花を咲かせていました。