投稿者: Mitsuhiro

それなりの走り方

 短期記憶は25歳ごろにピークを迎えるという説がある。また情報処理の速度は19歳ころがそれで、大学受験生がこの二つを駆使して入試問題を解くのは身体的にはもっともよい条件である時期であることになる。

 最近はこの二つにおいて劣等感しか感じない。ちょっと前のことを忘れ、それを処理する手際の良さもない。これは困ったことだ。一方で経験に裏付けされた記憶は70代まで続くらしい。つまり何らかの事情で脳に損傷を受けるまでは何とかなるという訳だ。今の私は最後の綱にすがっている状態であることが分かる。

 それでも決して諦めているわけではない。簡単なことができなかったり、過ちをしてしまうことに自分でも驚くことがある。でも、数年前までにそんな類の小さな出来事が続いたために、今は速度を落としてもやり遂げることにシフトしつつある。それが今できる戦い方なのだから。

 短期記憶はメモを取ることで補い、処理速度は機械の手を借りよう。先輩たちに比べれば人生の後半戦の助けは多い。そして、加齢を言い訳にせずに他人から見れば不格好であっても自分なりの走り方でゴールを目指すしかない。叱られても笑われてもそれしかない。そうしたことに対する耐性だけは身につけている。






枝分かれ

 この世界がいくらでも枝分かれするという理論がある。今起きていることは偶然の出来事であり、その他の可能性もあり得たということになる。

 自分の暮らす世界に関しては結果論としてしか語れない。自分の生きる世界を選ぶことはできない。そもそも世界を支配し、秩序をつくること自体、相当な困難がある。だから所与の世界で何とか生き延びるしかない。それが人生であり、運命なるものだ。

だから、自分が住む世界以外の別の世界があると想定することは本当に単なる妄想である。それでも考えてみたいことがある。少し違う世界に生きたら何が起こるのかと。それが創作の動機の一つになっている。

選挙を前に思うこと

 いつのまにか選挙は短期的な流行りを表すものになってしまった。自分が選んだ候補者なり、政党が自分たちに何をしてくれるのか。それが本当に実現可能なのかということに想いが至らなくなっているように思う。

 自公の長期政権が結局効果的な政策を展開できず、献金問題に代表される腐敗が蔓延しているのが、この問題の根本にある。ゴタゴタいうな対案を示せと豪語していた時代ははるか昔だ。今は与野党ともに現状打開の政策を打ち出せない。だから少数政党が次々に生まれ、その中には中長期的な見通しがなく、むしろ当選によって得られる利益を狙った選挙ビジネスと揶揄されるべき輩もいる。

 新政党の中には弁舌巧みなものもあり、ポピュリズムの時勢を利用している。その主張は一見正しいが、ここの発言を集めて総合的に評価するとかなり怪しいものがある。私たちの多くはその余裕がなく、出たところの発言に一喜一憂する。民主主義の弱点は史上何度も露呈しているが、現代はこの上位互換版が進行していると思われる。

 政治家の皆さんには是非、国民に分かりやすく、かつ甘言のみならず必要ならば厳しい指摘もしていただきたい。口説の徒を見抜く力は少しずつ獲得されつつある。容易に騙されることのない市民がもっと多くならなくてはならない。

七夕

 新暦の七夕は今まで梅雨の只中で星祭りとは無縁だった。しかし今年は晴れて暑い。ただ薄曇りになっているようで牽牛織女の逢瀬が見られるかは微妙だ。星の位置からしても旧暦の方がいい。一応見上げてみることにする。

水泳の思い出

 子どもの頃はプールに行った。実は入学した小学校にはプールがなく、水泳は親や親戚に連れられて行ったが泳ぎ方は分からず水浴びの域を出なかった。

 ところが転校した先の学校は水泳が盛んで泳げる距離や種目によって級が設定されており、その取得状況はキャップに付けるリボンの数で可視化されていた。小学二年生にして一等兵のみならず、上等兵や兵長クラスの同級生もいる中で私は無印であった。例えがよくないが当時の私の水泳の時間の緊張感には相応しい。

 そんな金づちを担任の先生には粘り強く指導していただいた。少しだが泳げるようになり、夏の終わりには1本線が増えたことを覚えている。私の今を作ってくださった恩師である。

 プールにはしばらく行っていない。いまも泳げるだろうか。少し心配だがいつか試してみたい気もする。

強ければいいというものでもない

 合理的なのと現実的なのは違う。自らが築いた理と、他の誰かが築いた理が異なる場合はさまざまな問題が生じる。ルールメーカーが誰なのかによって世界の状況が変わってしまう。

 柔道は世界的なスポーツになった時点で別次元に移行した。もともと体重別の概念はなく、柔よく剛を制すの理念のもとに行われていた。だから身体の大きさの違いを勝敗の言い訳にはしなかったし、小兵が大柄の相手を倒すことに理想を感じた。

 柔道がオリンピック種目になった時点で、身体的公平性が重視され、一本勝ちは勝ち方の一種になり、有効なり効果といった部分点で勝負することになった。点数の累積で勝敗が決まるのはレスリングなどと同じで、行動の数値化が勝敗の尺度となった。

日本の伝統的な勝敗観は少し違う。累積した点数の差よりは、どのように戦ったのかという質的な差違、あるいは不十分な条件の中でも戦い続けた態度なり意識が評価の対象となる。巨万の富で有能な選手を集めたチームより、独自の努力によりそれらの強敵と戦うチームの方が高評価を得るのはかようなメカニズムによる。うまく勝つのではなく、きれいに勝つことに関心があるのだ。

 だから強ければいいという訳でない。どのように戦い、どんなドラマが展開され、何が起きたのか。日本のスポーツの伝統的な観衆はそこを期待している。

震災デマ

 トカラ沖で地震が群発している。例の漫画家の震災予告と偶然近場で起きているので、気味悪がっている人もいるのだろう。

東日本大震災の後、日本各地で起きた地震の記録を見ることが暫く続いた。三陸沖の余震は数多く、中には緊急速報レベルのものもあった。その他で多かったのが熊本付近と能登付近、そしてトカラ沖だった。熊本や能登では大地震が発生したが、後付けであれが前兆だったとは言えるが、リアルタイムでは分からない、それほど日本では小さな地震が毎日あちこちで起きている。

 トカラ沖の地震は小規模なものが長く続くのが特徴だ。今回、大きな地震になっているのは珍しい。ユーラシアプレートの下にフィリピンプレートが沈み込む位置にあるのが地震多発の原因らしい。

 なのでこれが予言の結果というわけではない。もともとここは多発地域なのだ。日本で大災害が起きるからといって航空便がキャンセルされる事態になっているようだが、デマに過ぎない。

 ただ、日本はもともといつ大きな地震が起きてもおかしくない地理的条件にある。大震災は明日かもしれないし、数十年後かもしれない。日本に来る人はその点は覚悟してほしい。言えることは、地震があるのが当たり前の国では、他国より地震の被害は食い止められるということだ。

 震災デマを信じて日本に来ないのも一策だ。ただ、「その日」を過ぎても日本はいつでも地震や台風などの天災に襲われうる。にも関わらず、ここまで発展できた訳をお知りになりたいのなら、ぜひお越しいただきたい。きっとお分かりになるはずだから。

 

氷饅頭

 亡き父がかき氷のことを氷饅頭と呼んでいた。昭和のある時期、家庭でかき氷を作れる器具が流行し、我が家にもたこ焼き用の鉄板とともによく使われた時期があった。

 かき氷を氷饅頭と呼ぶのは戦前に少年時代を送った人の、主に西日本での共通体験なのだそうだ。削った氷を何と新聞紙に乗せて売っていたというから、おおらかな時代だ、そう言えば福岡市に住んでいた頃、街のたこ焼きやも新聞紙にくるんで渡してくれた。三個で三十円という破格な値段であったが、今考えると新聞紙にそのまま触れた食品を何の抵抗もなく食べていたことになる。高度経済成長が終わった頃の話だ。

 氷饅頭の話に戻る。父はその話になるととても嬉しそうだった。かき氷を目にするたびにあれは氷饅頭だと言った。変な話というと、微笑んでいた。こんなことが何度もあった。恐らく子どもの頃の思い出と結びついているのだろう。

 最近は喫茶店でかき氷を見ても食指は動かない。冷たいだけで何がいいのかと思ってしまう。氷に耐えられる身体ではなくなったのかもしれない。

半夏生

 今日は半夏生である。いわゆる雑節の一つで、農事としては田植えの終わりを示す日であるそうだ。






 東京のスーパーではこの日蛸(たこ)の売り出しがある。もともと関西の風習であった半夏生に蛸を食べるという習慣が、商機に利用されているようだ。稲が蛸の足のように根を張ってほしいという願いは、農家としては切実な願いであったはずだ。今年のように米不足で家政が圧迫されるときはなおさらである。蛸を食うくらいで悩みが解消されるのなら実行すべきである。

 今年の場合、懸念されるのは短い梅雨が齎さなかった水運と、灼熱の日々が食糧にもたらす弊害だ。節水なり何なりの環境配慮は不可欠になるだろう。半夏生という言葉が空しく聞こえる昨今の陽気だが、夏はこれからと覚悟を決めるにはいい日である。