国際政治のことは詳しくはない。ただ、あくまで素人の視点で述べるに、日本も含めて最近の情勢は危うい状況にあるといえる。これは多くの人が感じていることだろう。第3次世界大戦とまではいかなくても、すでに戦争の時代に入りつつある、もしくは入っているということは確かだろう。なかなか終わらないウクライナやガザの戦争、イランに対するアメリカの参戦、アジアやアフリカで続く内戦など、その範囲は広い。
そのような状況にあって日本の中にも武装を強化し、他国の攻撃に備えるべきだという意見が次第に大きくなりつつある。抑止のために核を持つべきだという意見さえ生まれている。しかし、これは歯止めが利かない軍事化への道に進む選択である。以前、核兵器は安上がりといった不見識を述べた人がいたが、開発費も維持費も、さらにそれを防衛するための軍事費もかかる。まったく非現実的な意見であることが専門家からも指摘されている。
問題なのはこうした意見が出てきてしまうほど、戦争の重大さに対して軽視してしまう人が増えてきているということだ。自動車か家電を買うような感覚で軍事を語り、まるで日本の技術力ですべてが解決し、いまにでも軍事大国に肩を並べられるかのような幻想を持っている人が多い。それは日本に対する一方的な愛国心にもかかわる。本当の愛国者なら国民を危機に陥れるような選択をしようとは思わないはずなのに。
ある政治学者の話を伺ったとき、日本は今後、世界の超大国になることは目指せないとおっしゃっていた。1960年代以降に起きた奇跡的な展開は、今後よほどのことがない限り起きない。だから大国よりは中堅国を目指すことが現実的だと指摘されていた。確かにアメリカや中国と同じことをしようとしてもできない。人口減少や価値観の変化、妄信してきた技術大国の座もかなり危うくなっている。むしろ、今は再び地道な挑戦者の道にあることを自覚すべきだというのだ。ヨーロッパの諸国のように規模は小さくても独自の文化と伝統を守り抜いている国は多い。少なくともそれを手本とするべきだというのである。私も概ね賛成である。
その方も指摘していたが、この合理的な考え方は政治家には受けが悪いようだ。ダウンサイジングをしようという政治家は票がとれない。日本人はできる。優秀だ。大国に伍する力を持とうという方が国民の矜持を刺激することができる。でも、私たちはもっと賢くなるべきなのだろう。歴史を学べば繫栄した国家が衰退するときにおこることを知ることができる。その一つが今の栄華が永遠に続くと考えてしまうことにあるようだ。残念ながら、人類史上、永遠に栄えてきた国家はない。これを知るべきなのである。
