旅をする意味はいろいろある。今日のように旅が娯楽の一つになり、移動することに苦難を要することがなくなると、旅とは訪問先での体験のことを指すようになっている。だから、移動時間はある意味空白の時間であり、寝て過ごすことも多い。
目が覚めると目的地に着いていることもあるならば、もうそれは点と点の移動と言える。目的地の点から少し行動範囲を広げて面にしていくことはあっても、それは極めて限られた図形になる。そこでは予めするべきことが決まっており、それに応じたサービスが提供される。それを買えば満足できる。かける資金が多ければ満足の度合いが高まると考えられている。
もちろん、現代社会において旅は観光化されていることはことさらにいうべきことではない。大事なのはそれだけが旅ではないということなのだ。一覧化された旅のメニューを消費するだけではなく、むしろそういうものがなくてもおのずから得られるものがあるのが、旅の本来の魅力ではないか。
日常とは異なる空間に身を起き、その地の醸し出すものに触れることや、その地に暮らす人々の生活や、彼らの心情に思いを致すことで、別の視点や思考が引き出される。その結果、自分自身を見直すことにつながるのである。その意味では旅は自分を見つける手段ともいえる。
最近、私は旅先の観光地訪問や、豪華な食事、様々な土産物よりも、その地で得た何気ない経験や人との出会いの方が印象に残る気がする。
