疑問と反語

 反語という文法は疑問の中の一部であり、実際に使われる場面ではまったく同じ形を取ることも多い。何者かに答えを問うことを前提にしているのが疑問であり、それが自分自身の場合は反語であり、それ以外は疑問ということになる。

 反語は自問自答であり、あらかじめ否定的な回答を発問者が用意している。ならば、問う自分と答える自分が別々に存在しており、それらを使い分けていることになる。よく考えれば高度な思考形式だ。その不自然さ故か、反語には強調表現としての役割がある。

 現代語にもさまざまな反語表現があり、多くの人が使いこなしている。感情の深層を表現するときにもよく使われる。人に聞かせることを前提としていなかったのにも関わらず、実際には第三者に強い影響を与えるものになっている。

 自分に対する問いかけという行動を獲得できたのは人間の進化の大きな成果だ。しかるに、自分の考えを尊重せず他人のことばかりを気にし、常に多数派であろうとする現代人の傾向はやはり危険性をはらんでいる。反語表現どころか疑問も持たなくなったときに、人の運命は岐路を迎えるのだろう。

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