
動画サイトなどで再編集して必要なところだけをつなぐことを切り取りというらしい。日常的な言葉なので新鮮味はないが、あきらかに新しい用法だ。かつてならそうは言わなかった。
葉梨法相の発言が問題になっている。法務大臣の仕事は死刑許可のハンコをおすだけだと言ったと報じられた。これに本人は反論して自らの発言のテープ起こしを披露し、「法相になり3カ月になりますが、だいたい法相というのは、朝、死刑のはんこを押しまして、それで昼のニュースのトップになるというのはそういう時だけ、という地味な役職なんですが、」と述べ、後段で外務省の仕事と比較しながら(武井俊輔副外相のパーティーでの発言だった)法務省の仕事も国家を支える仕事でありながら、集票には結び付きにくい役職という共通点があるので、支援していただきたいと述べているという。
この釈明を聞くと、死刑の認可という業務の重さに対しての認識がないことを再確認してしまうのである。犯罪者といっても人権を有するものであり、場合によっては冤罪の可能性もある。その最終チェックを司法を通過して行政に任されているというのは、それほど国家が人に死を与えるのには重大な意味があるということなのだろう。話の枕として置くこと自体が不適当であり、特に言葉によって人の行動を規制する法務の代表にはふさわしくない発言だったと言える。
政治的な問題は私には分からない部分があるので、想像で述べるのはここまでにしよう。切り取りの話題に戻れば、これだけほとんどの言動が動画や音声で記録される時代において、立場ある人が公的な場で発言する場合は、どこを切り出されても問題がないように配慮した発言が求められる。これには論法の工夫がいるのかもしれない。本当に言いたいことと、言いたいことをいうための材料が明らかに区別できるような言い方をしなければ、発言者の真意は届かない。また悪意ある者に利用される可能性がある。
