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LEDの色合い

 講堂の照明が従来の電球方式からLEDに置き換えられました。シャープでちらつきのない光は少し違和感がありますが、いずれなれていくのでしょう。

 照明を変えただけでかなり見え方が変わるのは経験的に知っていますが、最近のLED換装の動きの中で根本的な光の効果に思い至っています。私たちはどのように視線を置くかによって違ったものを見ているのです。

 違う光のあて方をすればまた別のものが見えてくるはずだということを私たちは忘れてはなりません。自分がみたことがすべてだとは短絡しないようにしなくてはならないのです。

アウトプット

 脳の機能を低下させないためにはアウトプットも必要だといわれています。ただ受け入れるだけではなく、自分の言葉で表現することが大切だというのです。

 テレビを見続けるよりも読書の方がいいとは昔から言われていることです。読書の方が文字からイメージを作るまでの過程で脳がはたらく機能が多いからのようです。書いてあることから意味を構築するまでには抽象化や具体化、映像化、音声化などの作業が入っているので脳の様々な機能を使うのでしょう。

 自分の見たこと聞いたことを言葉にすることはさらに脳の別の機能を使います。本来ものごとは言葉ではなく個々の現象が総合的に起きているのであって、そこにある道筋を立てて表現することが言葉にするという作業です。筆舌に尽くしがたいという表現がありますが、本来すべての現象は話したり書いたりすることが難しい。それをある方法で表現していくことこそが人間の営みだといえます。

 アウトプットに力を置くことはとても重要です。そして、その過程には様々な失敗もある。言ってみたけれどうまく言えない。誤解を与えてしまう。上手に書き表せない、などといった葛藤の連続の中でも継続する習慣が必要です。それは努力もいりますし、周囲にそれを許す環境も必要なのでしょう。

 言いたいこと考えていることをとりあえず表現してみるという試みを私はこのブログを通して実践してみたいと考えています。