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星座アプリ

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 星座アプリの存在は前から気になっていたが七夕を間近にして関心が高まりダウンロードしてみた。アルタイルもベガも同定することができた。

 位置情報の技術を星座表に組み込むことでダイナミックな星座ガイドになっている。現実の夜空に向かって星座の位置を探すのであるから、一種の拡張現実が現れることになる。星座の絵まで表示されるのはプラネタリウムのようだ。

 昼間にこのアプリを空に向けると見えないはずの季節外れの星座が現れる。地面に向けると南半球でしか見えないはずの星座も見えてくる。本当はありえないものを見せてくれる。

 東京の空のような2等星くらいまでしか見えない夜空にこのアプリは楽しい時間を提供してくれる。しかし、見えないものを見えることにしてよいものなのだろうか。再びVRやARの問題を考え始めてしまう。

 

夜の野生動物

 かなりの人口を抱える街でも意外な動物を見かけることがある。今年は蛇の脱走が話題になったが本来いないはずの動物が繁殖してしまう例は多いようだ。

 先日、近隣の街角で犬でも猫でもない動物が道路を渡るのを見た。ハクビシンではないかと思ったがよくはわからなかった。住宅地の中を平然と歩いていた。

 おそらく誰かに連れてこられた動物がこの列島で命をつないでいる。招かれざる客と思うなかれ。我々人類も同類も知れないのだ。

 葛は万葉集に秋の七種に数えられたのが縁で秋の季語である。ただ、強い生命力で斜面を覆い尽くすような繁殖力が目を引くのは今頃の季節であり、梅雨空の救いにもなっている。

 古典和歌の時代から観察し続けられてきた葛は、様々な表現方法があるがそれ以外のものがないかと探したくなる吸収力がある。蔓草のちなみで言えばその歴史にぶら下がり、さらなる蔓を伸ばしたいと思うのだ。

 毎日見る緑にも様々な魅力がある。

 駅に隣接する100円ショップの入り口に燕が入ってくるかもしれないので注意してほしいという内容の注意書きがあった。近くに巣を作った親鳥が迷い込むことがあるらしい。すぐに出ていくので待ってくださいともある。

 燕は遥か南方から渡って来るという。小さく細い体躯からどうしてそのようなパワーが生まれるのか謎だ。さらに敢えて人間の出入りの多い場所をなぜすみかとするのか。それも不思議なものだ。燕は多くの虫を捕食するから人間にとっては都合がよい鳥だ。燕自体は食材にはならないから、燕は人から襲われない。共生が成り立つ条件が揃っているからこのような関係ができたのだろうか。

 燕が家屋などを営巣地とするには長い歴史が前提になっているはずだ。その流れを尊いものだと考える。

葉桜

 ソメイヨシノはあらかた散ってしまった。これからの状態を葉桜というが、実はこの方が桜の木としては普通なのだ。

 葉桜は残念なという意味がその初期には被されている。落花した後のさびしさと重ねられることも多い。しかし、この葉こそ魅力的なものだ。若葉の鮮やかさも、夏の日を遮るたくましさも、病葉も痛ましさも、花以上に鮮やかな紅葉もみなこの葉のもたらすものだ。

 かつて庭のある家を借りたとき、玄関前の桜に大量の毛虫が発生して慌てたことがある。桜はいろいろ手をかけていかなければならない樹木だ。それも含めて愛しい。

 今朝の東京は薄いフィルタが入ったように霞んでいる。体感できるほどなので何かが起きているのだろう。恐らく大陸からの黄砂の飛来ではないか。

 通勤電車内では鼻をすする人がいつもより多い気がする。アレルギー症状が出ているのかもしれない。日本にも遠い砂漠の影響があることを考えると、世界観が変わらざるを得ない。

黄砂

 今年は黄砂の量が多いとのこと。花粉症の私にとってはまた防がなくてはならないものが増えた。緊急事態宣言は解けるようだが、別の意味での緊急事態は暫く続く。

 黄砂は中国などの砂漠地域の砂塵が風に飛ばされたものという。その総量は計り知れない。一点に絞れば微量だが、人体にも機器などの人工物にも甚大な被害を及ぼす。

 自然の循環の一つではあるが、人智では制御できないものがあることを思い出させてくれるものでもある。

霜柱

 通勤電車が通過する河川敷の風景はこの辺りでは珍しい霜柱である。地表の水分が表層の地面を押し上げるもので、様々な条件が重ならないと発生しない。

 私の生活圏には露面が少なく、アスファルトで覆われている。霜柱は立ちようがない。たとえわずかな空間にできていたとしてもそれに気づく余裕が失われているのだ。

 子供のころは空地にできた霜柱をわざわざ壊してまわった。その感触と音が子どもにとっては魅力だったのだろう。この季節になるとそれを思いだす。

木星と土星

木星と土星が接近

 日没直後に木星と土星が接近して見えていた。望遠鏡なしでも2つの星が見分けられるがかなり近いことは確かだ。手持ちの携帯電話のカメラでははっきりとは写せなかったが。実際には2つの星はかなり離れているのだが、地球から見ると重なって見えるというだけなのだが、やはり珍しい光景にはちがいない。多くの人が気づいていないようだったので、教えて回りたかったが、興味のない人にとってはなんの意味もないことなのだろう。

小さな地震

 このところ有感地震が続いている。日本では毎日どこかで地震が発生しており、それ自体は不思議なことではない。ただ、最大震度が大きな地震が頻繁していることが少々気になっている。

 わたしたち日本に生活する者は地震にはかなりなれている。少々の揺れでは動揺しない。また、小出しに地震が起きたほうが大地震に繋がらないことも知っている。だから、地盤のストレスがその都度解消されたことに安心すら覚えるのだ。

 だが、この先何があるのかは誰にも分からず不安であることは変わりない。この列島に住むものの宿命だ。