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粘り強さ

 自分にかけているものを数えあげていると憂鬱になるほど時間が掛かりそうですが、その中の最たるものの一つが粘り強さであろうと自覚しています。これは多くの事柄に通底する大切な能力でしょう。

 すぐには解決しないことを考え抜きやり抜くことは容易ではありません。しかし、それができることこそ成功の鍵なのだと考えます。便利な検索機能を使えば何でも分かったつもりになれる環境がかえって考えぬく習慣を奪っているのかもしれません。私たちはインスタントな知見で満足せず、その上を目指さなくてはならない。そのためには未知の領域に踏み込んで迷っても、簡単には諦めない強さがいるのです。

 粘り強さを生み出す精神力は机上では生まれないのかもしれません。いろいろな経験を積むことが大事なのでしょう。

創造心

 何かを新しく作るということには様々な魅力があります。それは希望でもあり夢でもあります。

 まったく新しいものなどは作りようもありませんが、せめて自分なりのアレンジをして結果的に少しずつ変化させ結果的に新しいものにたどりつくということを考えています。そのためにはいつも現実に向き合って妥協をしないという態度がいるでしょう。

 何になるのか分からないけれど気になることは気にとめ、場合によっては記憶しておくという習慣が必要です。その意味でノートや手帳、このブログのようなデジタルデバイスを活用すべきでしょう。

 次のためにいろいろな下積みをしておくことは新しいものをつくるためには大切なのです。

集中できる場所

 自室では仕事ができないという人の気持ちはよく分かります。生活のための空間という位置づけができてしまうとそれを変えるのは難しいのです。

 仕事をする上で図書館やカフェにわざわざ出かけてやった方が能率が上がるという人がいます。私もそうでうるさくて仕方がないはずのコーヒーショップの方が読書が捗ります。恐らくいまはこれをやるときという割り切りが場所の移動によって自覚できるからでしょう。場所と意志とは連動するのです。

 わざわざ金をかけて他人の空間を借りるよりも、遥かに高い家賃を払っている自宅の方が使用されるべきであることは理屈では分かっているのです。しかし、気分というものは簡単ではありません。

 自分が集中できる場所を探すことが何かを成し遂げるには不可欠であるとつくづく考えているのです。

すべて一期一会

 自らの体内組織が刻々と変化している現実を考えるならば、感知した現実もまたその時限りのものということになります。すべてのものが一期一会なのです。

 自分という視点が不動の座標軸の原点であると考えることができれば、かなり単純な数式で世界が捉えられるかもしれません。また日常的にはそのように考えています。時空を目盛において起きた現実を同一の平面に投影しようとします。大体のことはこれで事足りるのです。

 ところが実際は原点自体が常に移動しており、揺れながら対象を見ているのです。手ブレを補正するカメラのように巧みに対象を見続けてもその限度を超えるともはや同じものを見ているともいえなくなる。私たちの見ている世界はこのように変動的なのです。

 変わってしまうことを前提として物事を捉える視点を私たちは常に忘れてはなりません。昨日そうだと確信しても明日は違うかもしれません。そういう心の余裕と、世界観はこれからの現実を生きる上でかなり重要だと感じるのです。

色のイメージ

 国旗に使われる色にはそれぞれ込められた意味があるといいます。フランスやイタリアなどのように色彩に託されている意味が深いものはそれを知ると強い説得力を示します。

 ただ色彩が惹起する印象が民族によって異なるのも確かです。欧米の一部の民族では緑に嫉妬心を読み取るのだそうです。この感覚は私にはありません。見ているものが同じでも感じることは異なるという事実はいつも意識していなくてはなりません。

 色の分節についても共通していると思いこんではいけないようです。日本の古代では青の指す範囲はいまより広いようですし、虹が何色かという国際比較にも興味深い結果が出ています。通時的にも共時的にも色彩の区分は様々です。細かいことを言えば色覚の個人差も考える必要があります。同じ世界を見ているというのは幻想なのかもしれません。

 色分けは日本語では分類そのものを表す言葉でもあります。その色分けが極めて個人的な判断によるものである事を再認識しておきたいのです。

仕事始め

 私の職場は今日が仕事始めです。今年は仕事の仕方を本格的に変えていかなくてはならなくなる事態に至ります。

 効率もしくは生産性を下げることなく時間を削ることが焦眉の急である現実の中で必ず取らなくてはならないのが同僚とのコミュニケーションです。自分だけうまくやっても集団としての力が生まれなくては生産性は上がりません。連絡の時間を確保しながら、互いの時間を阻害しないことを第一の計画目標としなくてはなりません。

 私のような職の場合、相手に合わせて業務内容を変えることも重要です。すると自分のやりたいことだけをしていても無意味です。場合によっては計画変更が大きく起こることもあります。それでも対応できるように余裕と、常時計画の見直しとをしていく必要があるのです。

 これらを行なうための道具として、ノートとスマートフォン、さらにこのブログを使っていきます。ノートは思考の整理のために、スマートフォンは計画を持ち歩いて参照するため、そしてブログは反省と決意を示す手段として。もちろんそれだけではないのですが。少ない時間を活用するためにできることから始めていきます。

長く続けるために

 かつては55歳が定年だった時代があります。それが60になり65になり、やがては70歳もしくは定年制度そのものがなくなるかもしれないとのこと。私たちはまだ走り続けなくてはなりません。

 定年延長とはつまり扶養家族にならないということです。社会保障の対象にならずに自立しなくてはなりません。それなりの収入が必要になります。高齢者が企業にどの程度貢献できるのか。あるいは若い世代への影響を考えるとキャリアの後半は低賃金になることも覚悟しなければならない。そういう考え方に早く適応しなくては立ち行かなくなりそうです。

 こうした事態においては自分のポジションを確保しておくこと、時代の流れに敏感であることなどいくつものクリアしなくてはならない条件があります。その中でも最も重要なのは健康でいることなのでしょう。長く走り続ける選手であるためには乗り越えなくてはならないハードルがたくさんあります。今回は義務表現を何回使ったことか。こうした状況を好機と考えることにしたいと思います。

変わらないことへの感動

 一つの仕事を実直に続けている人をみるとさまざまな感慨に包まれます。どうしてかくまで情熱は絶えることがないのか。何が彼を動かすのかと。

 一つのことを継続することは年々難しくなっています。社会の変動が激しく、その影響に飲まれてしまうからです。とどまりたくてもとどまれない、大きな流れの中に私たちは置かれているのです。だから変化しないのは停滞ではなく、かなり能動的な行為であることになります。

 変化していないかのように振る舞い、変わらないための懸命の努力を怠らないことこそ、人を感動させる何かを醸し出す源泉なのかもしれません。

学び直し

 教員の役得の一つとして、近くにいろいろな教科の教員がいるということがあります。これを利用しない手はない。そこで学び直しといくことにしました。

 教材は生徒諸君が卒業時に残していった問題集や参考書がありますので、それを使えます。なぜかほとんど使った形跡すらないのはなぜかわかりません。でも報われなかった学びの本たちに活躍の場を与えてあげることにしたのです。

 継続できるように学びの記録はスタディプラスというサイトにつけることにしました。問題集単位の記録なので何をどこまでやったのか分かりやすいのがよいところです。いつまで続くのかお立会。

 生涯学生と考えていますがそれを形でも表わそうということです。最近読んだ脳科学の本によれば高年齢者の脳も学習次第で活性化するのだとか。真偽のほどはさておくとしてとりあえずやってみたいと考えています。

前を向くこと

 何番以内、平均点以上、そんなことより別の目標を考えようよ。それが今の私の口癖です。

 生徒諸君の関心事は順位や偏差値ばかりです。これは他人との比較です。他人と比べるだけでは自分の努力はなかなか報われないように見えます。周りの人たちも頑張っているときには相対的な位置は簡単には向上しないし、場合によっては下がってしまうこともある。努力は報われないように見えます。

 果たしてそうなのでしょうか。明らかに前回より頑張ったはずなのに成績が出ない。やっても無駄なんだと短絡する前に他人との比較ということの意味のなさに気づくべきなのです。比較する必要があるとしたら、それは過去の自分と現状との比較であり、努力の量が増えているならばそれは立派な向上と言えるのです。

 結果はすぐには出ないこともある。出るのが相当後になることもある。ただいつかは何らかの成果が出る。その出方が人によって違うのです。遺伝的には私たちは実に不平等な環境にあると聞きます。違う車に乗っているのに速さだけ競っても意味はない。むしろどれだけ前に進もうとしたかを自己評価するべきなのです。

 そのためにはやはり横を見るのではなく、前を見ることが大事なのでしょう。目指したい目標は何か。どのような人生を送りたいのかをそのつど考えていく必要があります。進んでいくうちに目標が少しずつ変わっていくのは仕方がない。そのつど何かに狙いを定めて取り組んでいくことに意味があるのです。