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走ってみた

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 相変わらず猛暑が続くが、今日は意を決めてジョギングをしてみた。とっても近くの公園の周回コースを回っただけである。ここは近くに自動販売機もあるし、ほかのランナーもいるから安心だ。少し柔らかめの舗装にしてあるのもいい。

 暑いから走れないというものもあるが、それ以前に体重が増えすぎたのかもしれない。体が重かった。時々また走ってみようと思う。運動不足はいろいろな点でよろしくない。

そこにあるものを最大限に生かす

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私たちにはより良いものを使いたいという願望がある。便利な機能がついているものはそれを使いたい。それは自然なことだ。しかし、その便利という考えを熟慮する必要がある。それは本当に必要なのか。便利なように見えて実は不便なのではないか。

例えば新しい家電を購入するときに、様々な高機能付きの製品を選びたくなる。1万円高くてもその方がいい。店員もそれを勧めるし、情報誌にもそのように書いてある。数年使えば1万円の投資は回収できると考える。しかし、もしその機能を全く使わずにその製品を使い続けるのだとしたら無駄になる。

 こういう論法は今までにもいろいろな人から聞いた。なるほどそういうこともある。ただ、大切な問題は少し違うところにあるのではないか。高機能が保証されていればそれだけ安心感はあるし、可能性という満足感を購入したとすれば使わなくても投資価値があったともいえる。無駄とは言えない。

 問題はその高機能性に甘んじて、自分で工夫することを怠ってしまうことにあるのではないかと考える。機能がなければその分、自分で工夫をしなくてはならない。生産性が下がるかもしれないが、その中で何ができるかを考える。結果として別のやり方が生まれ、下がると考えれていた生産性はかえって向上する可能性もある。こういう努力をしなくなることの方が技術依存の問題点だと考える。

 今ある条件のなかで何ができるのかを考えることが大切であり、それが結局は既成の状況を超越するためのきっかけになる。与えられた幸福よりも自らそれを模索し獲得することの方が意味があるはずだ。

携帯キーボード

 スマートフォンでほとんどの記事は書いているのだが、やはりキーボードがあると効率が全く違う。文字をたくさん入力するときはやはり物理的なキーボードが欲しい。私が小型パソコンを持ち歩くのはそのためでもある。ただいかんせん重い。軽量のPCもいくらでもあるがそういうものは値もはるものだ。私はその一つの解決策としてキーボードだけを携帯して、Bluetoothでスマートフォンに接続している。

 私が使っているのはLogicoolのK380というものでもともとはタブレットの入力用として用意したものだ。しかし、そのタブレットが骨董品となってキーボードの方は使わなくなっていた。それをスマートフォン用の入力機器として使ってみたら非常に便利であることが分かった。

 このキーボードは電池で駆動し、3つのBluetoothを受信できる。キーバードの配列も標準的であり、Windows,iOS、androidのどれにも対応できるようにキーが作られている。重さは423グラムであり、私が普段持ち歩いているポーチに入る。これがあればスマートフォンに入力するのが非常に楽になる。

 キーが丸いのは特徴的だが特に打ちにくいということはない。打鍵音がほとんどないので周囲が静かなところでも気にならないのもいい。キーボードだけを持ち歩いてあとはスマホというスタイルでもいいと感じている。4000円弱でスマホをPC化するという言い方は大げさだが私の使用レベルではこれで十分な仕事ができる。

何を学ぶか

 37年前の今日、羽田空港から伊丹空港へ向かった日航機123便が群馬県多野郡上野村の高天原山の山中に墜落した。墜落後に御巣鷹の尾根と名付けられた場所である。死者520名は現在まで単独機事故の死者数として最大の犠牲者だ。生存者はわずかに4名。悲惨な事故だった。

 この事故の原因は墜落の7年前に伊丹空港で起こした尻もち事故のあとの修理が不完全であったことであると推定されている。後部にある圧力隔壁が破損したことで、垂直尾翼と油圧系統が破損し、事故発生から墜落までの迷走飛行したという。不安定な迷走飛行中で書かれた乗客の遺書が見つかったことは当時の大きなニュースであった。いま考えても痛ましい。歌手の坂本九さんが乗客の一人であった。

この事故の原因は先述したように修理が不完全だったことにある。ただ、修理後もかなりの時間飛行しており、その間には軽微な不具合しかなかったという。結果的にこれが事故を引き起こしてしまった。少しずつ壊れていく現象を感知することは技術的に可能であったのかどうかは素人には分からない。ただ、事例から学ばなくてはならないことはある。犠牲者の鎮魂ができるとしたら、それしかない。

 まずは技術を過信してはならないということだろう。航空機のようなハイテクでなくても身近なものであっても同様のことが言える。修理のあとのモニタリングをしっかりとしなくてはならなかった。何かが起きたときに様々な可能性を考える必要があるということだ。

 もう一つは非常時の振る舞いをしっかりと考えておくことだ。もちろん、同じ状況に立ったものでなければわからないことがある。理屈をこねても現場でなくては分からないことがあるのは確かだ。でもその前にいくらでもシミュレーションを重ねておくことはやはり大切だろう。

 墜落の直前まで操縦士は最大限の努力をしていたことはフライトレコーダーなどの記録に残っている。最後に何をするかが人間にとっては大切だ。大いに尊敬する。ただ、そのような事態になる前になにができるのか。この事故は今でもその意味を私たちに問いかけてくる。

登山の意味

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 そこに山があるから。イギリスの登山家ジョージ・マロリーのエベレスト登山に向けた情熱を述べた名言だ。彼が最終的にエベレスト山頂付近で亡くなっていることもこの名言に価値を与えることになってしまった。エベレストのような特別な人しかたどり着けない山ではなくても、人は山に登りたがる。それはなぜだろう。

 高いところへのあこがれは多くの人が共通して持つものだ。高所恐怖症の人は別にみえる。これは考えてみれば高所を特別に感じるからこその感覚であり、あこがれの表現方法が反対の絶対値に振れているのだともいえる。高い場所は日常を超越することであり、そこに快感がある。確かに山は多くの場合それを満たしてくれる。

 しかし、もう一つ大きな要素がある。山頂は限られた面積しかない。その地を占めるということに意味があるのだろう。特別な空間に身を置くことで、確かに自分が生きているという実感が持てる。山でなくてもいいが、人間にとって山頂は特別で限定された空間という意味では象徴的である。高いところならばどこでもいいかといえばそうでもない。山は少なくても人間の一生を単位に考えればほぼ不動の存在である。地質学的には山も動き、海底が山頂になることもあるというがそれは実感からは程遠い。

 エベレストは誰にとっても世界最高峰であり、富士山は日本最高峰だ。万人に共有できる特別な地は、実はそれほど多くはない。マリアナ海溝は世界最深と言われているが、超高性能の潜水艦でようやくたどり着けるかどうかだ。エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地だが、それらの信者以外にとっては面倒な歴史を持った場所に過ぎない。万人が認める特別な場所はやはり山頂だろう。特別な場所を踏むことに登山の意味があるのかもしれない。

 古代のことを研究すると山は聖地でもある。山岳信仰はいろいろなところにあるし、多くの民族に共通する。特別な場所は信仰の場所になり、宗教の対象となる。信仰の具合によっては入山禁止になるか、もしくは山頂に立つことを神に求められるようになる。これも登山する要因の一つだろう。

 さきほど生きていることの確認のために山に登るという可能性を述べたが、生きていることを感じる方法はいろいろある。その一つが死との接点に立ち、彼岸に渡らないことである。死の危険を冒しながらも、生き続けることによって生命を実感することができる。いわゆる冒険である。これができるのも登山の意味なのかもしれない。本当の高山では実際に遭難死する人が後を絶たない。しかし、低山であっても日常とは異なる世界を歩くことは一種の冒険であり、生の実感を獲得できる機会になる。

 登山には憧れるし、遭難者のニュースに接すると悲しくもなると同時にどうしてわざわざ命の危険を冒したのかと思うことがある。今回考えたのはそのいくつかの可能性に過ぎない。そこにあるから登るというだけでは説明できない何かがあるのだろう。

制約も

このブログはたいていスマートフォンで書いています。今日は違いますが。
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 おかげさまでブログを書き続けられている。WordPressを始める前から数えると今日で約13年皆勤していることになる。何事にも飽きやすい私が、これだけ続くとは思っていなかった。それなのに読んでくださる方が増えないのもおかしいけれども。

 今日から短い夏休みに入った。いつも思うのだが、ブログを書こうと思っても休みになると進まなくなる。なぜかと言えばいくらでも時間があると思うからだろう。普段は通勤電車の10分程度で文章を書く。最近はレンタル写真やアフィリエイト広告をつけたりすることも多いので文章作成にかかる時間はもっと少ない。話題を決めて一気に書く。結果として内容は薄いがとにかく継続だけはできている。

 ところが休みになると何を書こうかと悩み、ネット検索など始めると全く進まなくなる。いつでも書けると思うといつまでも書けない。電車の中ではたいていはカバンを抱え、混雑する電車に他人の迷惑ならないように身を縮めて立って片手でスマートフォンで入力する。目的の駅はすぐに着くので雑念は捨てなくてはならない。この時のスマホはネットにつながってはいるがネットは見ないただの入力用ディバイスである。だからとにかくでっち上げられる。拙速を尊ぶのである。

 制約をかけて物事を考えることも時には必要である。もちろんいつもそうであってはならない。熟考熟慮する時間があってこそ、でっち上げもできるのだから。この考え方を生かして速読と早書きの時間を意図的に持つようにしたらいい。

作り話

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 私たちにはフィクションを楽しむことができるという能力がある。これはかなり古い時代から存在する。例えば昔話というジャンルに典型的に見て取れる。

 昔話には定型がある。地域によって異なるが話の始めと終わりに決まった表現をする。もっとも有名なのは「昔むかし」で始めて、「めでたしめでたし」で終わる。これらは決まり文句であって、「昔むかし」が特定の年代を指定するものではないし、話の主人公が悲劇的な結末を迎えても「めでたしめでたし」で締める。この二つのフレーズに挟まれた部分が昔話であり、それは事実であるかどうかは保証しないということになる。会話文におけるカッコのような役割を果たしているともいえる。

 昔話の聞き手は、その内容を全くの真実だとは考えない。だから、この話のモデルは何かとか、証拠はあるのかなどと問いただすことはしない。ただ、全くの嘘であるとも考えない。現実以上の何かがあるということを想定しながら話を聞くのである。

 民俗学では昔話と伝説を区別する。伝説は完全に事実だと信じられているか、それを前提として話が進められるものである。昔々のはなしではなく、ある特定の人物の事績に典拠をもとめ、具体的なものやこと、場所が指定される。どんなに荒唐無稽であっても伝説で語られる内容はあくまで事実なのである。

 昔話を楽しむ思考環境はいまにも連綿とつながっている。フィクションはあくまで歴史とは区別されるものであり、時代の要請や移りゆく人々の願望が反映されている。創作を楽しむことはこの伝統によるものといえる。話の内容がより複雑となり、現実世界の要素が巧みに取り入れられていることがあっても、作り話は史実ではない。

 ところが、この作り話を史実と区別できなくなってしまう人がいる。特に歴史の学習が十分でないと作り話がそれと分からず、すべてが事実と考えてしまう。この錯覚が悪影響を及ぼす。まずは歴史を学ぶべきだ。どこまでが史実でどこから虚構なのかを見分け、説明できるようにしたい。史実と混同せずに創作を楽しむために。

残暑

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 立秋となり、今日からは残暑だ。毎年暦の矛盾を感じるのだが、今年の場合は梅雨、前暑、戻り梅雨、酷暑と続いて、また残暑になる。3回目の夏といった感じさえする。このあといつまで続くのかわからないほどだ。

 気が付けばもう8月が過ぎていく。本当の夏の休みはこれからだが、意味のある時間にしたいと考えている。まだ2冊しか読めていない。目標は10冊だというのに。

終戦直前の悲劇

サトイモの葉に隠れて

 中学生に教える教材としての小説に山川方夫『夏の葬列』という短編小説がある。疎開先で敵艦載機の機銃掃射に遭遇し、自分をいつも助けてくれた姉のような人を恐怖のあまり突き飛ばし、結果的に死に至らしめたことへのトラウマが描かれる。過去との決別のために悲劇の地を再訪した主人公は新たな悲劇を知ることになってしまう。掌編小説としては完成度が高く、限界状況での人間のふるまいやその後の人生観の変化などが分かりやすく描かれている。

 この小説を何度も教えてきてその都度不思議に思うのは、この小説の設定の通りだとすると1945年8月14日に連合軍(アメリカ軍)が日本の本土を空襲することがあったのだろうか、そして明らかな民間人を機銃掃射で攻撃することがあったのかという疑問である。もしそうならば戦争犯罪に近い行為であることになる。

 この件について調べてみると、興味深いことが分かった。山川方夫が疎開していたのは現在の二宮町であったという。ここはその東に平塚、西には小田原がある。湘南地方には軍需工場が多数存在していたらしく、それを殲滅するための攻撃であることは想像できる。しかし、8月14日は日本が降伏を宣言する前日であり、ポツダム宣言の受諾はほぼ間違いがないとされていた時期であったはずだ。地元の史家が収集した記録によると、小田原では8月に何回か民間人が艦載機の機銃掃射で死亡する事実があったという。特に13日には小学校が空襲にあい、教師と用務員が犠牲になっている。さらに14日の深夜、もしくは15日の未明には小田原市内に多数の焼夷弾が投下され、402戸が被災し、12人が死亡したという(一説に死者は48人)。この爆撃が伊勢崎や熊谷を爆撃した編隊が残留弾を消費するために行ったという説もあり、いろいろな意味で許しがたい。戦争はこのように非道な行為が正当化されてしまう。

 「夏の葬列」はあくまで創作であり、事実に基づかなくてはならないというものではない。でも、14日の空襲は実際にあったことだし、民間人への機銃掃射もなかったとは言えない。芋畑を無防備に歩く人への攻撃は作り話だと思いたい。残念ながらそれ以上に非道な、無差別の空襲や、原子爆弾などによる大量殺戮もあることは忘れてはならない。

 この小説は主人公が抱えた原罪の意識をどのようにとらえていくかが読みどころとなる。そこが反戦小説を超えて読み継がれている所以だろう。ただ、やはり戦争というものがもたらす限界状況が人の判断を狂わせるといういかんともしがたい事実を私たちは様々な場面でかみしめる必要がある。

スポンジ

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 振る舞い方が身につく前はどうしても不器用な動きになりやすい。自分だけならよいがそれが周囲をも傷つけてしまう。その連鎖が場合によっては深刻な人間関係の原因になる。こういう場合に大切なのはいかに緩衝材を置くかだろう。

 青春小説では社会的な立ち回りが苦手か敢えて我を通そうとする人物が登場する。それがざま問題を引き起こす。結末はそれぞれだが、多くの場合は彼らを引き止める存在が描かれる。そのブレーキが機能すれば主人公は行動を変容できる。機能しないとき、もしくはその人物がいなくなったときには暴走は止まらなくなる。よくあるパターンだろう。

 現実社会の中で緩衝材的な役割をするのは何だろう。家族がその役割を果たせるときは安心だ。ちょっとしたわがままも受け入れられる。柔軟な対応ができる可能性が高い。しかし、家族の形にもいろいろある。親子関係がうまくいっていない場合はほかにスポンジ役が必要になる。その理想の一つは友人だ。不平不満を聞いてくれる。うなずきながらも聞き流してくれる存在ならなおよい。その友人もいなければどうだろう。

 私自身もあまり人のことは言えないが自分の悩みを打ち明けられる人はほとんどいない。子どものころから弱音を吐くことは敗北を意味するものとして避けられていたし、その後適度なガス抜きは必要だと知っても、うまくそれができない。弱音の吐き方が分からないのだ。極端な行動としてヒステリックになってしまうしかない。これは周囲の人を不幸にする。

 悩みを相談できる期間は社会的に用意されている。ただ、我が国の場合、カウンセリングはよほどの深刻なものしか受け付けないという既成概念がある。そして確かに日常的な悩みまで聞いてくれる第3者は思い当たらない。ソーシャルメディアに書きつけるのは、便所の落書きと同じような心理だ。ただ落書きはほとんど見られないうちに消されてしまうが、ネットの書き込みはたちまち拡散し半永久的に残る。ストレス解散が新たな悩みの種を作る。

 スポンジ役が欲しい人は、みずからもスポンジ役になるしかない。お互いにお互いの苦しみを少しずつ受け取り、受け流す。それが本当に今必要なことであると考える。