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何もしない店員

 先日、レジの前で不満を述べている年配の方がいらっしゃった。この店は何もしてくれないのか。嘆きと怒りの混ざった感情でつぶやいたことばは近くの人に確実に聞こえていた。

 日本最大手のコンビニエンスストアチェーンのセブンイレブンジャパンは、店舗のレジの無人化を進めていいる。品物をレジに持っていくと、商品のバーコード読み取りはやってくれるが、支払い方法の選択から入金、生産などは客側が操作するように機械が客側を向いている。レジ袋を断ると商品の袋詰までも客がやらねばならず、年配男性の怒りと嘆きとが生じるという訳である。

 ウイルス感染予防の対策という大義名分もあって、この流れは今後拡大するであろう。店員がやる仕事が減るのは合理的なのかもしれない。ただ失うものも多いはずだ。各店舗が個性を出さなければ完全に等閑視されることになる。いつ生まれ消えても何の印象にも残らない商店はおそらく長続きはしないだろう。

 時代の流れの中でも失ってはならない要素がある。もてなす面倒な作業を止めたとき、深刻な後悔が始まるのではないだろうか。

Jリーグ再開

 昨日、日本のプロサッカーリーグの2部3部のJ2、J3が再開しました。無観客試合という変則的な方法ですがとにかく始められたことは大きな前進といえます。

 スポーツ興行の再開は経済効果的は小さくても、社会に与える影響力は大きなものがあります。彼らが試合ができることが、精神的な勇気をあたえるほか、集客を前提とした産業全体に希望を与えると思うのです。客を集めなくては始められない商売のウィズコロナ時代でのあり方を具体的に考える契機を与えてくれるはずです。

 野球やサッカーなどの屋外でできるイベントの次はホールなどの密閉空間でのあり方を考えなくてはなりません。リモートではなくリアルな興行をどうやって成立させるのか、知恵が必要になります。

マスクの価値観

 コロナウイルス対策のためにマスクを着用するのが当たり前になる以前の話です。大手スーパーのイオンは従業員にマスクをさせないことを発表して物議を醸しました。理由は声が通らず、表情が見えないことはサービス業として不適切だというようなことでした。それが状況一変して今はマスクをしない店員は許されない状況にあります。

 マスクがコミュニケーションを阻害することは紛れもない事実です。私たちは表情で人の感情や心理といったものを判別します。マスクで覆い隠されてしまうとその情報量は半減以下となり、発音の不明瞭さも加わって伝わりにくい状態になります。またウイルスの大きさが流通しているマスクの繊維の隙間より小さいため予防効果はほとんどないとも報じられてきました。咳や嚏などによる飛沫を防ぐためのものだと説明されてきました。

 ところがそういうことはいつの日から言われなくなりました。感染予防のためにはマスクが不可欠だ。マスクをつけていない人は接近してほしくない。マスクをつけない人は社会的に問題のある人物だとされるようになっていったのです。日本人は同調性が強い国民性を持っていますので、マスク絶対主義な瞬く間に広がり定着しました。店舗からマスクは消え、高額で転売される事態が発生したのも事実です。

 慢性的に品不足であったマスクですが、いまはかなり安価に手に入るようになってきました。品切れになる店もありますが、根気よく探せば手に入ります。マスクの価値がここ数月でこれほど激変するとは。今後もいろいろな価値観が変わっていくことになるのでしょう。

人手不足であったことを忘れずに

 コロナウイルス対策のため営業自粛を強いられた企業は、雇用者を減らすことで危機を乗り切ろうとしています。しかし、人手不足であったために起きていた弊害があったことを忘れてはいけません。

 いろいろなことが機械で代替されている中で、様々な業種で業務のコモディティ化が進んでいます。価格競争で一円でも安くという方法ではその場で勝てても結局は先細りになってしまう。これからの時代に必要なのは価格だけではなく質の高いサービスです。そのサービスを提供できるのは熟練した社員であり、短期的な雇用では期待できることは限られています。

 他にはないサービスを提供できれば、顧客は価格ではなく幸福感に投資するようになります。もちろんあまりにも高額なものではだめですが、安いだけが取り柄の商法よりも上を目指すことで商機が発生します。このことを踏まえるならば人間を安く買う会社は今後かなり苦戦していくでしょう。コロナウイルスの打撃は深いですが、ここで人材を放出してしまったならば致命的な結果が待っているような気がしてなりません。

現金逆風

 新型コロナウイルスの流行によって私たちの生活はいろいろな変化を強いられています。現金のやりとりについても注目されるようになってきました。

 あらゆるところで接触行為がはばかられる今、現金の受け渡しについても配慮が必要とのことでトレイに乗せて行う店が増えています。これは手と手が触れ合うことに対する対策と考えられますが、紙幣や硬貨に付着したウイルスについにはいかんともし難い。専門家によればその都度、石鹸を使えというのですが心理的抵抗感は残ってしまいます。そこでキャッシュレスの動きが加速する可能性があります。

 キャッシュレス化については産業界の要請によって推進されています。税制上の優遇措置は周知されており、FeliCaやバーコード決済の利用者は増えています。なんとかペイの乱立はその象徴です。現金輸送コストをさげたり、サービス提供側に消費者行動のデータが残ったりするメリットが値下げ以上の効果があるようです。

 ますます現金派には逆風が吹いているといえます。

投げ銭

 ネット配信したパフォーマンスに対して少額の料金を自由に払える投げ銭システムを、Jリーグでも採用することになるそうです。

 ナイスプレイに対して視聴者が金銭的な評価をするのはプロスポーツの世界では理にかなっているように感じます。いろいろと解決しなくてはならない問題はありそうですが、基本的には面白い試みでしょう。最低価格が500円というのがやや難で、50円くらいからに設定した方が収益は増えそうです。

 子どもたちへの金銭教育をどうするのか。チームや選手への配当の透明性など説明責任も伴います。克服できればマイナースポーツや演劇やその他のステージなどでも採用できるところはやってみてもよいのではないでしょうか。関係者にはシステム利用料などを開示してほしい。

こういうときだからこそ新しいことへの挑戦も必要になります。

高くてもよいものを

 海外依存度の高い我が国の経済の弱点が顕在化しています。必要なものが自国で生産できないことからくるハンディは深刻です。

コロナウイルス流行によって産業が停滞するなかで、生活必需品も供給不足になる可能性があります。マスクなど医療品は海外依存度が特に高いようでこれが現今の混乱を招いています。

 この原因の一つに日本の企業が生産拠点を海外に移したことが挙げられます。人件費などのコスト削減を目的としたものでした。この動きは技術の流出に繋がり、ついには日本製品より安くてよいものを作るきっかけを与えてしまったことになります。

 安いものを買えることは消費者としては嬉しいことなのですが、これが国内産業を圧迫し、脱落させることに繋がっていることはなかなか実感できません。示されるのは少し品質が良さそうだけれども高価な品物です。私たちはこれをあえて選ばなくてはならない段階にあります。

 自分の共同体を守るためにあえて近くのものを買う。これがどれだけできるのかが将来を決めます。

マスク販売

 ネット上にマスク販売の予告が出るようになりました。安価なものから高価なものまで様々です。アベノマスクの影響で転売目的の人の目論見ははずれそうですが、いまだ需要に供給が追いついていない状況にあります。

 ネットでのマスク販売元のサイトを読むと、生産国が中国であると書かれていました。マスクやアルコール消毒液などの医療品を海外製品に依存している問題点が露呈しています。コスト削減のために安価な輸入品に任せていいものなのか。非常事態になると改めて考えさせられます。

 マスクの長期にわたる品不足はこの問題を考えるいいきっかけです。トイレットペーパーのように海外依存度の低いものはなんとかできても、拠点を外国にシフトしたものはいざとなるとなくなってしまう。消費者レベルで考えれば、高くても自分の安全のために国産を買うべきなのでしょう。

応援購買

 このままでは我が国の経済が立ち行かなると言うことはコロナウイルス騒動の中で可視化されています。外資に依存する国は非常事態に弱いだけではなく、自国の経済活動を少しずつしかも確実に弱体化しているのです。

 このような事態を少しでも遅らせるためには国内の経済活動を立て直す必要があります。国内生産をしている製品を優先的に購買する基調をつくる必要があります。影響力のある人にはぜひこのことを理解してほしい。どこに金が回っているのかを考えて欲しいのです。一般市民は少々値段が高くても日本製品を買うこと。不買運動はよくありません。必要なものは買うべきですが、そうでないものは生産者をみて買うべきです。

 金が国内で流通することになれば結果的に自分の懐にも届くものが増えるはずです。日本経済のことを考えた商売をしている企業を応援するものの買い方が求められています。

カジノ反対

 IR誘致に関して贈収賄があったことでカジノ誘致に対する関心が再燃しています。私はカジノの設置には反対します。

 カジノが国と自治体の主導で始められようとしているのには、多額の安定した税収の確保が見込まれるからです。造ってしまえばどんどん金が転がり込んてくるわけですから、人口減少や高齢化で苦しくなっている財政を改善する方策として効率がよいのです。統合型のリゾートと言ってもカジノの収入以外はあまり期待されていません。

 我が国はカジノの設置を認めなかったために、ギャンブルは極めて限定的なのものになりました。競馬や競輪などのスポーツや、パチンコなどのゲームなどは公認されており、税収も期待できますが、その他の地下に潜った賭け事はあくまて闇から闇に消えていきます。それをカジノ施設が管理統括すれば飛躍的な税収が期待できます。

 ただ、すでにカジノをもっている国々からの報告をみると、どこにも必ず一定数のギャンブル依存症が存在し、それが犯行にも繋がっているといいます。それが分かっていながらカジノを造ることの不誠実を考えるべきではないでしょうか。

 税収を得るための方策は別の方法で考えましょう。一度できてしまうと安易な道に深入りしてしまう。カジノ設置には反対します。