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自分以外になる方法

 自分以外になってみたいという欲望は時々起きていた。もしあの時、別の選択をしていたら違う人生を歩んでいたはずで、別の今があるはずだ。流行りの言葉で言うのなら、そういう世界線が存在すると勝手に考えることがあった。

 最近はその幻想が起きない。自分以外になるということは自分ではもはやなくなるということで、それはいまの自分を消すことに相違ない。それでは別の自分に変身するのではなく、まったく別の自分に入れ替わることになる。

随分人生に醒めてしまったのかもしれない。なるようにしかなれないし、それ以上を望むならそれなりの覚悟がいる。私の場合はその覚悟がまだ少し残っているが、果たしてどこまでいけるのだろう。

自分以外にはなれないが今とは違う自分になりたいという大きな矛盾を抱えてこの後の月日を送ることにする。

二つの夏

 夕刻蝉の鳴く声を聞いた。ここ数日は猛暑日寸前の高温傾向で、最低気温もかなり高い。かつては蝉の鳴く声に夏の訪れを感じたものだ。

 ここ最近は蝉の鳴かない夏と鳴く夏の二つがある気がする。6月の暑さは夏と変わらなかったが、蝉の羽化の季節よりはるかに前であるため、静かに暑い日が続いた。それが7月になってようやく抜け殻を捨てた蝉が鳴き出して泣き出したのである。ここから蝉のいる夏になった。

 夏の長期化は自然界にさまざまな問題をもたらしている。中には深刻な生存問題も起きているようだ。熊や猿が人里に降りて来て、人を襲うようになっているのも、気候変動との関連があるのだろう。

 自分が子どもの頃に過ごした夏とは違う夏を今は生きている。いまの若者は昔の夏の風情を理解できるのだろうか。想像力の問題というレベルではない、ダイナミックな季節の変化が起きていることに対応していかねばならない。

ポピュリズムの利用

 ポピュリズムをうまく利用することが今回の選挙の鍵になっている。実現可能か、副作用がないのかといった検証を飛ばして、今の窮状を何とかしてくれそうな甘言をいう政党が支持されている。

 この背景には既成政党の怠慢と無策があるのは事実だ。自公政権は結果的に日本の政治を減衰路線に導いており、ヤミ献金問題に象徴的に示されているように緊張感のない政治を蔓延させてきた。結果として多くの成功の機会が奪われ、国民をミスリードしてきたと言える。

 でもそれに代替する政策を展開できる政党がない。野党は多極化し、それぞれの権益を主張しているが、政権交代をしようとする気概が感じられない。だから、次の内閣を任せる選択ができない。

 このような現状ではポピュリズム政党が台頭しやすい。個人の知名度によって成り立つ政党が乱立し、その中で一部がぎりぎりで当選するという段階があった。それが個人のタレントではなく、スローガンの魅力によって支持を集めるフェーズに変わった。そのスローガンは曖昧だが魅力的に映るものだ。今回ならば日本人ファーストなる言葉だ。自分は日本人だから尊重してくれるのだろう。最近、外国人ばかりで何となく怖い。ここは排外主義に一票投じた方が良さそうだ、と思わせてしまう。

その外国人の多くが低賃金で働いてることを、その職の中には過酷な条件で働いてることをどれだけの人が理解しているのだろう。彼らを解雇するとその穴を埋める日本人を用意しなくてはならない。そういう人がこれから必要になりますとなぜ言わないのか。その辺に不誠実を感じてしまう。

何か現実感のない論法が当たり前のようになってしまったのは恐らく社会の仕組みに問題があるのかもしれない。私たちは誰かが作った情報に頼るのではなく、個々人が自分の置かれている現状を評価する方法を身につけなくてはならない。これが曖昧なまま日々を送るようになったことが問題点であると考える。

初めての料理

 初めて料理をしてそれを作って食べたときのことを覚えているだろうか。それがレトルト食品の解凍でもいい。何らかの調理を施し、食べられるものができたという感覚を記憶しているだろうか。

恐らく父と作ったお好み焼きや雑炊の類が私の最初の料理なのだろう。自力だけで料理をしたのは父親が単身赴任し、その任地に母が手伝いに行ったときだった。結果的に子どもは残され、自炊を余儀なくされたのだ。

外食の選択肢は当時は考えなかった。子どもだけで行けるのはハンバーガーショップくらいだと考えていたし、そもそも経済的事情もあって自分で作った方が安いと考えていたのである。

当時は親子丼と魚の焼き物を交互に食していた。その他のものも時折混ぜていたが、自分のレパートリーが増えるまでは単調な繰り返しだった。ただ親子丼の味付けは日々磨かれたし、レトルト以外の料理もできるようになっていった。

初めての料理は学校の家庭科の時間であったはずだが、自宅での調理といえば目玉焼きにキャベツの千切りで、それにソーセージをボイルして添えるくらいのものだったはずだ。それでも満足できたし、満腹になった。いまは贅沢になってしまったと思うのである。

古くはないフルヤノモリ

 昔話に何よりも怖いものとして語られるフルヤノモリの話がある。聞き間違えの話は口承文芸には類型として存在する。雨漏りは確かに面倒だし、痛切な困難である。笑い話で済むならよいが当事者にとっては何よりも厄介な問題であろう。




 この話は現代には違う形で復活しそうだ。駅舎に雨漏りが発生している箇所をしばしば目にする。メンテナンスが追いつかなくなっているようだ。技術者の減少と必要以上の人材削減とがこのような形として具現化されている。駅舎のみならず、あちらこちらで起きているように思う。

 昔話の古屋は相当な代物であろうが現代のそれは一見何でもないように見えて、肝心なときに機能不全を出来する。昔の建物と異なり、現代建築は高度な技術でできている分、相応のメンテナンスを要求する。それに対応できるシステムや人材が次第に欠けつつあるような気がする。

 フルヤノモリの話は現代にバージョンアップして人間を恫喝するものになっている。その他のインフラに対する保善も大丈夫なのかと不安になる。

それなりの走り方

 短期記憶は25歳ごろにピークを迎えるという説がある。また情報処理の速度は19歳ころがそれで、大学受験生がこの二つを駆使して入試問題を解くのは身体的にはもっともよい条件である時期であることになる。

 最近はこの二つにおいて劣等感しか感じない。ちょっと前のことを忘れ、それを処理する手際の良さもない。これは困ったことだ。一方で経験に裏付けされた記憶は70代まで続くらしい。つまり何らかの事情で脳に損傷を受けるまでは何とかなるという訳だ。今の私は最後の綱にすがっている状態であることが分かる。

 それでも決して諦めているわけではない。簡単なことができなかったり、過ちをしてしまうことに自分でも驚くことがある。でも、数年前までにそんな類の小さな出来事が続いたために、今は速度を落としてもやり遂げることにシフトしつつある。それが今できる戦い方なのだから。

 短期記憶はメモを取ることで補い、処理速度は機械の手を借りよう。先輩たちに比べれば人生の後半戦の助けは多い。そして、加齢を言い訳にせずに他人から見れば不格好であっても自分なりの走り方でゴールを目指すしかない。叱られても笑われてもそれしかない。そうしたことに対する耐性だけは身につけている。






七夕

 新暦の七夕は今まで梅雨の只中で星祭りとは無縁だった。しかし今年は晴れて暑い。ただ薄曇りになっているようで牽牛織女の逢瀬が見られるかは微妙だ。星の位置からしても旧暦の方がいい。一応見上げてみることにする。

氷饅頭

 亡き父がかき氷のことを氷饅頭と呼んでいた。昭和のある時期、家庭でかき氷を作れる器具が流行し、我が家にもたこ焼き用の鉄板とともによく使われた時期があった。

 かき氷を氷饅頭と呼ぶのは戦前に少年時代を送った人の、主に西日本での共通体験なのだそうだ。削った氷を何と新聞紙に乗せて売っていたというから、おおらかな時代だ、そう言えば福岡市に住んでいた頃、街のたこ焼きやも新聞紙にくるんで渡してくれた。三個で三十円という破格な値段であったが、今考えると新聞紙にそのまま触れた食品を何の抵抗もなく食べていたことになる。高度経済成長が終わった頃の話だ。

 氷饅頭の話に戻る。父はその話になるととても嬉しそうだった。かき氷を目にするたびにあれは氷饅頭だと言った。変な話というと、微笑んでいた。こんなことが何度もあった。恐らく子どもの頃の思い出と結びついているのだろう。

 最近は喫茶店でかき氷を見ても食指は動かない。冷たいだけで何がいいのかと思ってしまう。氷に耐えられる身体ではなくなったのかもしれない。

半夏生

 今日は半夏生である。いわゆる雑節の一つで、農事としては田植えの終わりを示す日であるそうだ。






 東京のスーパーではこの日蛸(たこ)の売り出しがある。もともと関西の風習であった半夏生に蛸を食べるという習慣が、商機に利用されているようだ。稲が蛸の足のように根を張ってほしいという願いは、農家としては切実な願いであったはずだ。今年のように米不足で家政が圧迫されるときはなおさらである。蛸を食うくらいで悩みが解消されるのなら実行すべきである。

 今年の場合、懸念されるのは短い梅雨が齎さなかった水運と、灼熱の日々が食糧にもたらす弊害だ。節水なり何なりの環境配慮は不可欠になるだろう。半夏生という言葉が空しく聞こえる昨今の陽気だが、夏はこれからと覚悟を決めるにはいい日である。

六月尽

 半年が終わったことになる。毎日いろいろなことが起きて一喜一憂しているのに、それを一括りに纏める力をいつの間にか儲けてしまった。

かつて半年の消化は、節目と考えられ、水無月の祓えなどが行われた。今は単なる通過点で、今年のように猛暑が既に始まっているとなるとますます存在感がない。

自然と乖離する生活を続けるうちに何か大切なことを忘れそうである。