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典型的な日本人とは誰のことなのか

日本人の代表を選ぶとしたら誰だろう。予め言っておくが、最も優れた人を選ぶという訳ではない。リーダーとしての人材でもない。日本人らしさの代表である。大谷翔平も橋本環奈もその意味では選ばれ得ない。

 ならば、もっとも日本人らしい人は誰か。とたんに難しくなる。そんな人はいないというのが正解かもしれない。でも、敢えて一人を選ぶとしたらという問いに答えることはできるだろうか。

 平均顔というものがある。日本人の顔のバランスを数値化し、平均を取ると出来上がるものらしい。信憑性は分からないが合成された顔を見ると、悪くない。むしろ美男美女と言えるものになる。これは合成された顔が左右均等でバランスのいい配置になりやすいことからおこるらしい。出来上がった平均顔はどこにでもいそうで決してどこにもいない顔だ。

 性格や言動も平均が取れるとして、まとめ上げたらやはり理想的なキャラクターになるのだろうか。興味深いがそんな人物も限りなく気味が悪いものになる可能性がある。やはりこれこそ日本人だと言える人物は存在しないのだろう。

 時代を越えて好まれるのがいわゆる日本人論と呼ばれるテーマである。書店に行けば必ずこの手の本があるし、一定量売れるようだ。そして定期的にベストセラーになる書が現れる。日本人は自国民がどのような存在なのかに関心が高いようだ。

 何を持って国民を論うか。実は極めて曖昧で恣意的な問題だが、それに対する関心は捨てられない。平均顔の写真を見ていろいろ思うのと少し似ている気がする。

値上げの10月

 今日から生活用品や郵便料金等が値上がりする。困ったことに必需品が多い。それに見合った賃上げが必要だが追いついていない。

 首相が変わってどのような政策が展開されるのだろう。世間ではリベラル寄りの思想で増税がなされるとの観測がある。ただ、自民党としてできることは限られており、現状維持が基調になるはずだ。慌てて株を売った個人投資家は見事に術中にはまった。

 現状維持ならばこの低成長もしくは停滞を切り抜けなくてはならない。まずはほどほどに金を回すことは大事だ。デフレは貧乏意識と富裕層の海外逃避にある。いい意味での愛国心を期待するしかない。国内の経済が潤えば彼らにこそ利益がもたらされる。目先の利益にとらわれず、同胞の幸福に投資をする人が増えてほしい。羨ましいが我慢することはない。それが未来の一層の利益を齎す。

 持たざる者にもやるべきことがある。好きなことには金を使うこと。そして他者の幸福に繋がることをなんでもいいからやることだろう。今のところ庶民にできることは少ない。ただ従前の振る舞いは日本人の国民性には向いているから達成可能だろう。

 値上げの10月はこれで最終回ではない。政府と財界には利他的な精神をそれぞれのポリシーに付け加えていただきたい。日本という国が世界の範例となることを切望している。

 

月の面を見ることは

 今晩の月は中秋の名月にあたるという。もっとも月齢は15ではなく、満月は明日だ。太陰太陽暦の15日が今日に当たるため、実際の月齢との差が生じている。これは歴史的には普通であり、むしろ名月が満月であるときの方が少ないようだ。

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 竹取物語には満月を見るのは忌むべきことという件がある。かぐや姫の昇天を前にした場面の話であり、その分割り引かなくてはならないが、おそらく古代のある時期までには月を直接見ることは避けるべきだという考え方があったに相違ない。禁忌と崇拝は紙一重である。おそらく月に対する信仰が頂点に達すると月を見てはいけないという考え方に結び付いたのではないだろうか。

 月のない夜を闇夜というのはずいぶん詩的な表現に感じるが、人工的な光がない場所に行けば月光の明るさはとても頼もしいものに感じる。月光への依存はすぐに神格化につながり、それがやがては月光を直接見てはならないという禁忌につながることは容易に推測できる。

 月の満ち欠けを暦として使っていた時代の人々にとって、月齢は農事暦と直結する。月が生活を支えるものと感じられるのは自然の成り行きだろう。現代人はこの点についてはすっかり忘れてしまった。月齢を気にしているのはそれが記されている暦かムーンページメントのついた時計の持ち主くらいだろう。おそらく月見の行事は貴族が発見したとしても、それを真剣に伝えたのは農民たちだと考える。収穫への感謝や来年への豊作祈願の思いがこの行事を下支えしてきたのだろう。

 今晩月見ができるかどうかわからないが、この異常気象の中で何とか生活を保てていることをまずは感謝しようと思う。






党首選挙

 自民党の総裁選挙にはどれだけの候補者が出るのか。政策で競っていただくのは大いに結構だが、なくしたという建前の派閥がまた影で力を発揮するのだろう。そのまま首相になることになる人材だから、全うな方になっていただきたい。

 立憲民主党も代表選をするらしい。野党としては存在をアピールする手段として行うのだろう。政権交代が可能と国民に思わせることが必要だが原状はそれを感じない。公明党も代表交代のようだ。連立与党の存在価値をアピールしたいのだろう。

 民主主義には選挙は不可欠だが単なる話題づくりならば意味がない。先日の都知事選のように売名や商売の機会に過ぎないものを繰り返していると確実に衆愚に陥る。分かりやすく意味のある主張をしていただきたい。

 

八咫烏

 日本サッカー協会のシンボルマークの八咫烏(ヤタガラス)が記紀神話に基づくものなのか、「淮南子」などに登場する三足烏に基づくのかでちょっとした論争になっているという。私見ではどちらも正解であり、不正解でもある。この話には日本文化の本質に触れる問題がある。

 自国のアイデンティティを自前のものにしたいという心理はわかりやすい。でも日本という国名自体が輸入された漢字とその字音でできている。ちなみに中華人民共和国の人民や共和国は明治の日本人が作り出した翻訳語だ。アイデンティティの中核に当たる名前自体が借り物でできている。

 それは決して価値を落とす要因にはならない。文化というものは交流の中で発展するものであり、そこにルーツの正当性を競っても意味はない。私たちの文化には多数の異文化がすでに溶け込んでいる。それを切り離したら、存在すらできない。

 八咫烏がどこの生まれなのかを考えるより、なぜ3本足のカラスが瑞兆とされたのかを考えるべきだ。なぜカラスなのか。なぜ奇形とも言える形態なのか。そして日本がなぜ他国の感性を取り入れたのか。

 他国の文化を取り入れ、和風化することに長けた我が国の文化的風土は、結果的に独自の文化を常に創出し続けている。寛容かつ着実な文化への意識がある限り、次の展開も期待できる。保守は大切だが適度な革新も忘れない。それが日本文化の強みだと言える。だから、八咫烏は中国由来であり、日本由来でもある。そのどちらかではない。

中身は変わっても

 先日、鶴岡八幡宮に行ったとき、例の境内の銀杏がかなり育ってきていることに気づいた。台風で倒壊したときは歴史の終わりのように感じたが、よく考えてみれば、公暁が隠れた木そのものは、それ以前にも倒れていたのかもしれず、結局そのままのものが残っていたという保証はない。

 法隆寺や薬師寺のように木造建築がそのまま残っている文化遺産もある。ただ、これらの建造物も何度も修復作業を経ていまに至っているという。コンクリートより素材の劣化が遅いことや、部品の組み換えが可能なこと等が長寿の原因だ。

 物質的なものはいつかは亡失する。大切なのはそのものの価値を忘れず、どんな形であれ守り通すという意志を持ち続けることなのだろう。中身は変わっても、価値観は変わらない。そういうものが古典とか伝統とか言われるものなのだ。

 私たちが何を大切にしているのか。それを知ることが歴史学なり民俗学なり、文学なりの目的の一つだ。表面的には激変しているように見えて、その奥にあるものは変わらないといったものはいろいろある。

終戦記念日に思うこと、今何ができるのか

 終戦記念日である。79年も前に日本が連合国との戦争に降伏した。人の一生涯ほどの長さの年月が流れ、戦争を体験した人は年々少なくなっている。亡父でさえ終戦時には小学生であり、その時の体験はあまり話さなかった。目前で焼夷弾が炸裂したときの恐怖を何度か聞いたことがある。原爆の標的候補だった町で育った父が生き残ったのはある意味偶然であった。

平和への祈り

 私も当時の感覚で言えば老齢の域にあるというのに、戦争体験という点においては皆無であり、父以上に戦争について語れることは少ない。日本が平和である限り今後ますます戦争とは何かが分からなくなり、観念的になっていくはずだ。それは当然のことであり、そうでなければならないことでもある。ただ、戦争が実感のないものになると誤った道に進む確率も上がる。国際摩擦を武力によって解決しようとする者が必ず出てくる。現に世界中の各地でそれが起きている。

 戦争の恐怖と悲惨さ、無意味さをどのように伝えていけばいいのだろうか。核兵器はいうに及ばず、それ以外の手段でも戦争において多数の人を殺害する技術は年々高まっている。遠方からミサイルを撃ち合い、無人機でピンポイントの攻撃をする。病原菌を拡散し、地雷を瞬時に敷設して人の住めない大地にしてしまう。それらがリアルに起きる可能性がある時代になってしまった。

 戦争で勝ち取った領土や資源は、侵略された側からすれば恨みの対象となり、いつか再び所有権の強奪がなされることになる。その時、その場所に住むわずかな人々の利益のために、広範の地域の住民が犠牲になる。場合によっては地球そのものが傷ついてしまう。

 終戦記念日があることがせめてもの救いかもしれない。この国が経験した悲惨な経験や、加害者として多くの人たちを傷つけ、自らも傷ついてきたことを思い返すきっかけにはなる。焼夷弾を怖がった父の話だけでも伝えることができたなら、私が曇天のため原爆を投下されなかった町に住んでいた小学生の子どもであることを伝えられたら、少しは役に立つのかもしれない。

盆踊りの意味

  地域の夏祭りに遭遇した。いわゆる盆踊りである。東京音頭に炭坑節、大東京音頭といった新民謡が音源を再生する形で流され、それに和太鼓数台をかぶせて打つという形だ。マツケンサンバⅡも加わっていたのは驚いた。ただしその振り付けは伝統的なもので、最後に両腕を上げる所作がそれらしい。おそらく都下のほとんどの地域が同じようなことをやっているのだろう。地域によっては荻野目洋子のダンシング・ヒーローが踊られるところもあるという。

 京都の松ヶ崎の涌泉寺で題目踊りというものを見たことがある。盆踊りのルーツと呼ばれるもので、南無妙法蓮華経の題目を唱えながら櫓の周りをまわりながら踊る素朴な踊りである。五山送り火の日に行われることからもこれが先祖送りの一連の行事として行われてきたのは確かだ。全国に広まった盆踊りにも基盤に盆行事がある。先祖の霊を迎え、ともに過ごして祭りが終わると祖霊を送る。各家庭でそのような行事が行われなくなったいまでもどこかで継承されている考え方ではないか。

 今年の陰暦7月15日は新暦では8月18日だという。猛暑続きで毎日消耗する日々だが、8月も後半になるとわずかに秋の気配が出てくるはずだ。旧暦で7月は秋の始まり、その最初の満月が中元として盂蘭盆会の行事がおこなれる日となっている。日本ではわかりやすくひと月遅らせて新暦8月15日を盆とする地域が多い。盆は多くの日本人が夏休みを取得する日であることから、里帰りした地方出身者が郷土に集う日でもある。その中で行われる盆踊りは、祖先とともに子孫たちがともに踊る晴れの日と考えられたのだろう。

 東京では盆の時期を少しずらして行われることが多い。帰省のシーズンを避けて参加者が増えることを期待したものだろう。祖霊信仰は弱いが、希薄になりがちな地域の精神的連帯を促すきっかけにはなっている。

 海外でも盆踊りのようなものが行われているところがある。マレーシアでは仏教由来の行事であるとして参加を自粛するようにとの声があったのにもかかわらず、多くの人が行事に参加した。日本のような多神教の国では宗教的制約はさほど問題にはならないが、イスラーム教徒にとっては障害を乗り越える必要がある。宗教性よりも行事のもつパワーの方が勝ったということなのだろう。

 盆踊りの本来の意味を忘れるなという人もいれば、時代とともに移り行く行事の役割を容認すべきだという声ものある。日本文化の歴史からいえばおそらく後者の考えで今後も形を変えて続いていくのだろう。マツケンサンバやダンシング・ヒーローで驚いてはいけない。なんでも取り入れ、そして時代に合わせて変えていく。それがこの国のあり方なのだから。

ご主人のためなら

 主君のために命を惜しまないというのは美徳として語られる。心情的には忠義の精神には感動することが多い。でもよく考えてみると、主従関係が自らの人生にまでかかわるのは異常ともいえる。なぜ、主のために自己犠牲ができるのか。

 社会を大きな家族として考え、年長者を敬い、主人に真心を尽くすという儒教的概念は日本文化の底流にある。この考え方では個人の生き方より、社会として組織が成立することを重んじる。だから、主の考え方に家来が従うのは当たり前であり、そこに疑問はない。そういう思想的背景があるのだといえる。

 日本人に限って言えば、島国のなかのさらに小さく分断された村の中の限られた人々のなかで人生の大半を過ごすために、そのなかで対立することなく調和して生きることが選択されてきたといえる。そのためには個々人の利益より村社会全体の存続が重視され、その中で出来上がった組織が絶対化されたのであろう。

 こうした社会風土では個々人の意思決定の機会は限られ、むしろ何をするのかを勝手に決めないことの方がよしとされる。個人は精神的に他者と融和することが求められ、結果として自分では何も決められない民衆が発生することになる。この状態は現代の私たちにとって耐えがたい社会の在り方だが、案外、近代以前の人々にとってはすんなりと受け入れられていたのかもしれない。だから苛烈と思われる時代でも反乱がおきずにかなり長い期間継続することもあった。

 日本の軍記物などを読むと個々人の個性はあっても、生死を分ける場面となると非常に単純化してしまうように思う。勝敗を分けるのは戦力の優劣があるが、それと同じくらい主君の感情の在り方が左右する。どんなに優勢でも主人の気持ちが曇るとそれが瞬く間に臣下、軍勢に影響し、大逆転を許してしまう。組織の構成員の精神状態がリーダーの感情に同期してしまうのだ。近代的な個の誕生以前の人心の動きというのはそのようなものであったのだろう。

 現代社会でもこのような現象が生まれつつあるのかもしれない。いわゆるインフルエンサーと呼ばれる人の言動を無批判に受け入れてしまう。これはもしかしたら、前近代的なものの考え方が復活しているのではないかとも思えてしまうのである。リーダーとなる人がいわゆる聖人であれば問題は起きないかもしれないが、利己的な考えを持つ人が影響力を獲得したときの悪影響は計り知れないものがある。

 

悲恋の文学

 かつて万葉集を研究していたころ、相聞には悲恋もしくは不如意の恋愛模様が描かれていると諸学者が述べている著述に接した。

われはもや安見児やすみこ得たり皆人の得難えかてにすといふ安見児得たり

 のような恋愛の成就を高々と歌うのは例外で、大抵はかなわぬ恋、離別、死別、旅による遠距離恋愛の思いなどが歌われている。「孤悲」という万葉がなが使われている例もあり、確かに悲恋は文学になりやすい。

夏の野の繁みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものそ

 という坂上郎女の歌のようなものが圧倒的に多いのだ。

 この伝統は時代が下っても引き継がれる。王朝和歌でもほとんどが悲恋もしくは相手の不誠実を嘆く歌が大半だ。百人一首は43首の恋歌を含むが、これもほとんどすべてが悲恋の様相である。

嘆きつつひとりる夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る

 藤原道綱母の恨みがましいほどの恋情の訴えは「蜻蛉日記」で描かれた背景を知ると一層味わい深いものになる。恋歌は読者の同情を呼びやすい。恋愛感情は人間にとって共通の思念であるからだ。でも、同時に恋愛は個々別々のものであり、きわめて個人的なものでもある。すべてが違うがその根本に共通するものがあるというのが特徴だ。

恋の行方を知るといへば 枕に問ふもつれなかりけり

 室町時代の「閑吟集」の歌謡も「つれなし」の感情を歌ったものである。こうしたことはいまだに引きずっていて、いわゆるポップスの歌詞もほとんどがうまくいかない恋を歌っている。

もう一度さ 声を聴かせてよ めくれないままでいる夏の日のカレンダー 
ただいまってさ 笑ってみせてよ 送り先もわからない忘れものばかりだ
ココロが壊れる音が聴こえてどれだけ君を愛していたか知って
もう二度とは増やせない思い出を抱いて 生きて… (「幾億光年」Omoinotake

 軽快なリズムと展開の多い楽曲に乗せて歌われる最近のヒット曲も歌詞だけ読むと未練の歌である。こういう内容の歌を私たちは自然に受け入れてしまうのだろう。古典文学を読んでいるとその深奥に本質的な要素を発見することがある。これをもっと考えることが必要だ。