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参院選その後

 参院選は予想通り与党の敗北に終わった。自民党が両院において少数与党になるのは初めてらしく、新たな歴史の幕開きとなりそうだ。

 新しい考え方が実現するのは大いに歓迎だが、野党側の党利主義がどこまで実行されるのかが懸念される。必要なのは国民の福祉であり、党の利益ではない。少数党の乱立は利点も欠点もある。欠点が強調されると政治的な衰退を齎す。戦国時代なら亡国の予兆だ。

 現在の日本は今すぐその事態には至らない。ただ、油断すれば何も決まらず何もできない国になり得ない。政党の構成は変わってもしたたかに生き抜く日本風だけは維持してほしいと祈るのである。

梅雨よ終わるな

 まだ6月が終わっていないのに梅雨明けした地域がある。降水量が著しく少なく、今後の水需要に耐えられるのか心配だ。

 九州地方や四国などの一部で梅雨明けした可能性が高いことが発表された。異例の早さである。関東地方の週間予報でも雨の降る日はありそうだが、梅雨と呼ぶには傘マークが並ばない。恐らく暑い日中と突然の豪雨という日々になるのだろう。気候変動と言われれば打ち消すことは難しい。

 恐らく若い世代の人たちに梅雨の情緒を理解してもらうことは難しい。霖雨が何をもたらしてきたのか。もうデータ上の出来事になっているのかもしれない。

 雨の季節は憂鬱なものだったはずだ。それがこうなると惜しく感じられてしまう。

失敗を許容する度量

失敗しても構わないという助言は有効かも知れないが、さほど相手の心には響かない。誰しも失敗はしたくないし、してもいいと言われても困惑するばかりだ。

 大切なのは失敗したときに相手にかける言葉であり、許容しさらに助言する寛容さだ。先に述べた構わないと言う人の中には本当に失敗し、損害が己にも及ぶとなると豹変する。巧言令色には仁は少ない。

 この国が現状打破するためには新しいことにも取り組まなくてはならない。そのためには試行錯誤はつきものだ。それを寛容する度量があるか。挑戦者を生み出すためにはその周囲の人たちも同じく挑戦者でなければならない。

読み上げアプリの間違い

 動画サイトなどでしばしば読み上げアプリを使う例がみられる。その中でかなりの確率で読み間違いがあるのは残念だ。文字入力をするだけで読みの検証を怠っているのだろうが、もしかしたら発信者自身が読み方を知らないのかもしれないと疑っているのだ。

 入力された文章を音読する機能はほとんどのコンピューターで実行可能だ。OSに備わっているものが多い。ただ、それは意味とは無関係に文字を音声化しているので、文脈に応じた読み分けはできない。「いきもの」も「せいぶつ」も「生物」と表記できるが、明らかに使用の場面は異なる。表音と表意のハイブリッドである熟語は意味が分からないと読みが決まらない。

 現段階の読み上げアプリにはその判断ができないらしい。ならばそれを作った人間が読み分けを指示するしかない。それができていないのかもしれないのだ。現在の情報環境では文字を自ら書いたり読んだりする機会が減っている。読み間違いは他者とのコミュニケーションを通じて訂正される。その機会が失われると修正ができないのだ。

 憎悪は「ぞうお」であり、険悪は「けんあく」だ。この使い訳ができなくなっている。もっとも、輸入は本来「ゆにゅう」ではなく「しゅにゅう」だ。詩歌も本当は「しか」だったのが「しいか」と読まなければ間違っているといわれてしまう。傑作なのは捏造が「でつぞう」なのに「ねつぞう」だとされていることで、これこそ捏造そのものだ。読みは不安定なものなのだが、それでも最近の読み上げアプリの読み間違えはひどく、若い世代の国語力をさらに低下させてしまっている気がする。

七草

 新暦の七草が実態に合っていないことは明らかである。でも、いまはハウス栽培の七草もあるし、フリーズドライやレトルトの七草粥もある。新芽の生命力をいただくという主旨からは外れるが格好はつくのだ。七種類がなにであるのかを気にするより、多種の新芽を食して自らの命の糧とすることに意味がある。自然に感謝し、この厳しい季節を乗り切りたい。

今年のニュース

 この時期になると発表がある10大ニュースという企画がある。読売新聞が発表した読者が選ぶ10大ニュースは、


石川・能登で震度7
大谷 初の「50⁻50」
パリ五輪 メダル日本45個
新紙幣 20年ぶり
闇バイト 続発
衆院選 与党過半数割れ
自民新総裁に石破氏
日航機・海保機 羽で衝突
ノーベル平和賞 被団協が受賞
「紅麴」サプリで健康被害

となっている。
 元日の大地震には驚いた。しかもその翌日に羽田の航空機事故があり、なんという年明けだと誰もが思ったはずだ。死者が出た海保機は能登への救援に向かう途中だというから、なんとも残念でならない。能登は9月にも大雨の被害があり死傷者が多数出た。重なる不幸を痛ましく思うとともに支援を考えなくてはならない。
 経済の分野ではGNPの順位が落ちたことが話題になった。円安に少子高齢化による構造的な問題もあり、この傾向は続く、ドル建てにした一人当たりの名目GDPでは韓国に昨年度から抜かれていたことが発表されている、日本の経済停滞は大問題であり、今後いろいろな問題が噴出する可能性が高い。
 政治の分野で自民公明の与党が衆院で過半数を割り、少数与党に転落したのは裏献金問題が直接の原因だが、経済政策に対して効果が得られなかったことが影響しているのだろう、いわゆるアベノミクスで一時的に衰退をごまかせたが、成長はできず結果として今の事態が起きている。野党は政権交代だけではなく、国民の利益になるような提案を起こして頂きたい。海外ではアメリカやイギリスなどで政権交代が起き、ウクライナやパレスチナの問題は一向に終わらない。被団協がノーベル平和賞を受賞したことも世界的な平和へのメッセージを送りたいということなのだろう。
 スポーツの世界では比較的明るい話題が多かった。オリンピックでのこれまであまり振るわなかった種目での活躍はめまぐるしかった。プロスポーツでは、バレーボールや、バスケットボールなどでの日本代表が国際大会でも勝てるようになってきた。サッカーはアジア大会ではかなり安心して戦えるようになっている。野球はMLBの大谷選手らの活躍が連日報道され、暗い話題が多い中で多くの人たちの救いになっていた。
 闇バイトなどのネットを利用した犯罪集団が多発しているのは残念だ。様々な不安定さが新たな犯罪を生み出す精神的な闇を生み出さないか。来年もそのことには注意しなくてはならない。

雑種文化

 雑種文化というとかなり抵抗がある。ただし、それを独自の文化といえばかなり違った印象にになる。多くの識者が説くように日本の文化は複数の文化の融合からなる。これも言葉を変えれば雑種であり、少しかっこよくいえばハイブリッドである。

 純日本風という言葉は色々な意味で解釈が難しい。日本独自のものはないが、日本にしかないものはある。トートロジーのようだがそれが現実だ。日本の文化が先行する要素を取り入れながら、その本筋は変えず、したたかに現実に合うように変更していく。それがこの国の伝統であり、我が国独自の性質である。

 この事実は実は時代を先取りしていた。グローバルな時代では自分のアイデンティティは他国他民族との対比の中から芽生える。他国とは違う何かを見つけたとき、それが自国文化を語る物差しとなったのだ。それを在来の文物、制度の中に織り込んでゆくことで和風が常に生成されている。

 柔軟性を忘れると活力が失われる。これは本当の生物のあり方にも似ている。

政権交代は夢の夢なのか

 衆議院選挙は大方の予想通り、自民党が大きく議席を減らすことになりそうだ。立憲民主党や国民民主党等がその分議席を獲得することになる。ただこれは積極的選択の結果ではなく、自民への失望が野党へ流れただけだ。

 近年の自民党のあり方からすれば政権交代もあって当然なのに、それが起きない。これはいかに野党の力が弱いかの証だろう。果たして彼らに政権運用ができるのか。その不安の方が大きい。前回の民主党政権では東日本大震災というアクシデントもあり、十分に能力を発揮できなかった。リベラル政権の宿命として、どこか中途半端になりやすい。背景の勢力からの圧力もあろうが是々非々で進めてくれなければ政権を託すことはできない。

 政権交代はその後の交代も含めた概念だ。政党が緊張感を持って政策にあたることこそ民主主義の根本だ。自民党は長期政権でその緊張感を失っているし、野党は政権を本当に取りたいのかと思われるほど、単なる反対党になっている。

 日本がこういった政治家たちでなんとかなっできたのは奇跡というしかない。どう考えても衰退の兆候が打ち消せない現状に明るい希望を与えてくれる政治をしてくれる党がほしい。

典型的な日本人とは誰のことなのか

日本人の代表を選ぶとしたら誰だろう。予め言っておくが、最も優れた人を選ぶという訳ではない。リーダーとしての人材でもない。日本人らしさの代表である。大谷翔平も橋本環奈もその意味では選ばれ得ない。

 ならば、もっとも日本人らしい人は誰か。とたんに難しくなる。そんな人はいないというのが正解かもしれない。でも、敢えて一人を選ぶとしたらという問いに答えることはできるだろうか。

 平均顔というものがある。日本人の顔のバランスを数値化し、平均を取ると出来上がるものらしい。信憑性は分からないが合成された顔を見ると、悪くない。むしろ美男美女と言えるものになる。これは合成された顔が左右均等でバランスのいい配置になりやすいことからおこるらしい。出来上がった平均顔はどこにでもいそうで決してどこにもいない顔だ。

 性格や言動も平均が取れるとして、まとめ上げたらやはり理想的なキャラクターになるのだろうか。興味深いがそんな人物も限りなく気味が悪いものになる可能性がある。やはりこれこそ日本人だと言える人物は存在しないのだろう。

 時代を越えて好まれるのがいわゆる日本人論と呼ばれるテーマである。書店に行けば必ずこの手の本があるし、一定量売れるようだ。そして定期的にベストセラーになる書が現れる。日本人は自国民がどのような存在なのかに関心が高いようだ。

 何を持って国民を論うか。実は極めて曖昧で恣意的な問題だが、それに対する関心は捨てられない。平均顔の写真を見ていろいろ思うのと少し似ている気がする。

値上げの10月

 今日から生活用品や郵便料金等が値上がりする。困ったことに必需品が多い。それに見合った賃上げが必要だが追いついていない。

 首相が変わってどのような政策が展開されるのだろう。世間ではリベラル寄りの思想で増税がなされるとの観測がある。ただ、自民党としてできることは限られており、現状維持が基調になるはずだ。慌てて株を売った個人投資家は見事に術中にはまった。

 現状維持ならばこの低成長もしくは停滞を切り抜けなくてはならない。まずはほどほどに金を回すことは大事だ。デフレは貧乏意識と富裕層の海外逃避にある。いい意味での愛国心を期待するしかない。国内の経済が潤えば彼らにこそ利益がもたらされる。目先の利益にとらわれず、同胞の幸福に投資をする人が増えてほしい。羨ましいが我慢することはない。それが未来の一層の利益を齎す。

 持たざる者にもやるべきことがある。好きなことには金を使うこと。そして他者の幸福に繋がることをなんでもいいからやることだろう。今のところ庶民にできることは少ない。ただ従前の振る舞いは日本人の国民性には向いているから達成可能だろう。

 値上げの10月はこれで最終回ではない。政府と財界には利他的な精神をそれぞれのポリシーに付け加えていただきたい。日本という国が世界の範例となることを切望している。