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仕事始め

 私の職場は今日が仕事始めです。今年は仕事の仕方を本格的に変えていかなくてはならなくなる事態に至ります。

 効率もしくは生産性を下げることなく時間を削ることが焦眉の急である現実の中で必ず取らなくてはならないのが同僚とのコミュニケーションです。自分だけうまくやっても集団としての力が生まれなくては生産性は上がりません。連絡の時間を確保しながら、互いの時間を阻害しないことを第一の計画目標としなくてはなりません。

 私のような職の場合、相手に合わせて業務内容を変えることも重要です。すると自分のやりたいことだけをしていても無意味です。場合によっては計画変更が大きく起こることもあります。それでも対応できるように余裕と、常時計画の見直しとをしていく必要があるのです。

 これらを行なうための道具として、ノートとスマートフォン、さらにこのブログを使っていきます。ノートは思考の整理のために、スマートフォンは計画を持ち歩いて参照するため、そしてブログは反省と決意を示す手段として。もちろんそれだけではないのですが。少ない時間を活用するためにできることから始めていきます。

贈答禁止の余波

職場で贈答品授受の禁止が通達されました。関電の事件が影響したもので、企業側から自主的に送られたものについても断り、返品することが求められるようになりました。

 趣旨自体はよいことであり、遵守すべきだと感じています。贈答のためのコストを商品そのものに反映させた方がよいのに決まっているからです。

 ただ、少しだけ困ったことがあります。毎年楽しみにしていたきれいな写真のカレンダーやちょっと重いけれども十分に使える企業名入りの手帳などもまた禁止されてしまったことです。旅行会社のものはかなり使いやすいものでしたので残念です。

 カレンダーや手帳についてはいわゆるバレットジャーナルを始めたためにほとんど必要がなくなり、カレンダーは百均にいいものがあることを知りました。当面は問題なく過ごせそうです。ただなくなるとちょっとさびしくなる。これからこういう感情を持つことが増えそうです。

ノートの誘惑

 このブログも含めて最近はキーボードやスマートフォンのスクリーンを使って字を書くことが大半になっています。でも、定期的に手書きノートの魅力に誘われることもあります。

 私は仕事では万年筆を使うことが多いのですが、それも採点や添削など一部の業務に限られています。普通の文章を書く場合はどうしてもデジタルで行ってしまいます。書き直せることと、保存、検索が可能であるという魅力はどうしても捨てがたい。

 ただ直感的に字が書けることや、レイアウト、図などの自由性からやはり手書きの利点は大きい。いわゆるバレットノートの方法を知ってからは、日々の記録と思い付きノートは一冊にして時系列順にどんどん書きこむというスタイルにしてます。あまり整理しようと考えないことで、かえって思い付きの蓄積が保てるようになりました。何よりもパソコンで仕事をしているといろいろな業務がマルチで同時多発的に襲い掛かってきて、さらにいろいろな誘惑も一画面上で行えるため分裂的な精神状態になってしまう。紙面だと書くことに集中できるという利点があります。

 デジタルとアナログと用途によって使い分けることが大切なのは分かっています。しかし、私の場合はしばらくするとエントロピーの増大が現れ、やり方がごっちゃになり始めます。自分で決めた方針がなかなか守られない。それこそが問題なのです。時に現れる手書きノートの誘惑は、記録と思考という原点回帰を促すものとして私なり貴重なものだと勝手に考えています。